A 可愛い人

 外回りから戻ると片岡部長の隣の席で苗字さんが忙しそうにしている。
「名前、なんかあった?」
「ナオ」
 ぎゅっと無意識なのか、苗字さんのネイルのついた綺麗な指が片岡さんの腕を掴む。そんな事慣れっこって感じの片岡さんは苗字さんの腰に腕を回す。…は?この二人どう見ても付き合ってるよな。片岡さんの気持ちは分かったけど、女って好きじゃなくても男の腕掴むっけ?俺の腕を掴んだ女はみんな抱いてきたからなぁ。
 呑気にそんな事を考えていた俺に片岡さんが振り返って名前を呼ぶ。
「勇征商談の日時被ってた?」
 え?そんなわけねぇ…
 慌てて手帳を見返すと、ちょうど今日の15時から別の商談の名前が書かれていて「すいません俺…」脳内真っ白だ。血の気が引くって言葉は本当で、動揺なんてしたくないのに目が乾いて瞬きを繰り返す。
「すいませんっ」
 頭を下げる俺の腕をポンと叩くと「後は俺に任せろ。名前、一緒についてきてくれ」デスクに置いた鞄をしまうことなくまた手に持つと、颯爽と社内から出て行った。
 放心状態の俺の所に、出て行ったと思った苗字さんが戻って来て俺の腕を掴んだ。
「八木、悔しかったらついておいで。自分のケツは自分で拭いてこそ一人前だよ。ナオには私から言うから」
 仕事なんて適当でも構わないと思っていた。でも俺は一人前ってやつになりたいと思ってしまった。苗字さんの後をついて片岡さんの所まで行く。
「片岡さん自分も一緒に行かせて下さい」
「仕方ねぇな。名前に感謝しろよ」
 こんな時なのに、まるで自分の女いい女だろ…とでも言っている様に聞こえるなんて。

 ◇◆◇

「お疲れ様〜」
 三人でブッチした商談先に謝りに行き、そのまま直帰していいと言われて、片岡さんの「飲みに行く?」って言葉に俺はちらりと苗字さんを見ると飲む気満々で、「行きます」即答した。
 片岡さんがよく行くって所に連れて行って貰った。
「はぁ〜あのエロじじぃに触られた所きっしょ」
 出てきたおしぼりで腕まで拭く苗字さん。どうやらお気に入りらしく、しつこくディナーに誘われていたのを片岡さんが尽く断っていたのがウケた。
「毎度悪いな。助かったよ名前」
「ふふ。名前の有難みがわかった?」
 頬杖をついて微笑む苗字さんにふやけた様に笑う片岡さん。
「一人称名前なんすか?苗字さん」
 俺の言葉にハッとした様に目を見開く。
「やば、気ぃ抜いてた…忘れてー八木くん」
「や、可愛いっす。俺も名前さんって呼んでもいいですか?」
 自分でも何言ってんだって思う。これじゃまるで俺が口説きたいみたいじゃん。仮にも上司の想い人なのに、目の前のこの人は。
 仕事中と違ってくだけたように笑う名前さんから目が離せない。
「八木くんに名前で呼ばれたらドキドキするからだめ!」
「え、なんで?俺なんかにドキドキしてくれるんですか?」
「するよ、そりゃ。あーでもそんな事言ったらセクハラかな?どーしよナオ」
 コテンと片岡さんの肩に頭を擡げる。だからこの二人…
「まぁセクハラだな。訴えられたら俺が助けてやるけど」
「ふふ、頼もしい。そんなに名前が好き?」
 にーって笑う名前さんはまだカクテル一杯しか飲んでいないのにほんのり頬を赤らめている。あれ?もしかしてこの人もう酔ってる?
「ばーか、うるせぇわ」
 絶対満更じゃないって分かってるけど、片岡さんの想いをあえて冗談にしている様にすら見えた。それでいてスキンシップが多いのはちょっとずるいよね。
「セクハラ大歓迎っす、名前さんなら」
 小首を傾げて名前さんに微笑む俺に、片岡さんの肩に寄り掛かったまま、ふわりと微笑んだ名前さんは、「じゃあ名前も勇征って呼ぶね」胸がドクンと脈打ったなんて。Color me