B 秘密
「明日花見だからそろそろ帰るか」名前さんはあんまり酒に強くない事が分かった。2杯半で片岡さんの肩でスヤスヤと眠ってしまって、その後は片岡さんとサシ飲みって感じで仕事の話をしていた。
今日みたいなケアミスがないように努めるやり方やら色々とノウハウを教わる。実現できるかは俺次第ってとこだ。
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
名前さんを起こさない様に微動だにしない片岡さんの目線だけが俺を捉える。
「なんだよ改まって」
「付き合ってますよね?どう見ても、お二人」
どう答えるだろうか。グラスを握る手に力が入っているのが分かる。片岡さんは一つ息を吐き出すと片手でスーツのネクタイを緩めた。
「5年も前の話だよ、俺達がそーゆー関係だったのは」
「え?じゃあ今は付き合ってないんですか?」
「まぁな」
そう言う片岡さんの声は少し低めで、大事そうに名前さんの髪を優しく撫でた。
「片岡さんは今でも好きですよね?名前さんのこと」
「どーだろな」
苦笑いというかは失笑だった。カランとワインの最後の一口を飲み干した片岡さんは複雑そうに笑う。自分でもどうなのか分かっていないってことか?
どっからどう見ても愛してる様にしか見えないのに、それでも伝えないのは、名前さんにその気がないから?それすらも俺には分からない。
「もし名前さんにやり直したいって言われたらどうしますか?」
「言われてみねぇと分かんねぇよ、そんなこと。勇征はどうなの?モテんだろ、めちゃくちゃ」
はぐらかされた様だ。結構飲んでたけど、態度に出ねぇのすげーな。
「俺は…愛とか恋とか、正直分からないです。寝てくれる子はいますけど、だからって付き合いたい訳じゃないっていうか…」
聞かれるとどうにも素直に答えちゃうのはある意味俺の短所であって。都合のいい相手がいるって事に目の前の片岡さんは顔を顰めた。
「お前さーもっと自分を大事にしろよ」
「ドラマの台詞みたいっすね」
何だか照れ臭くてそう言えば、片岡さんは溜息をついて氷の溶けたコップに入った水をごくごくと飲む。
「後悔するって絶対。ちゃんと向き合える人探してちゃんと付き合えよな」
向き合う?ちゃんと付き合う?それって楽しいの?目の前の片岡さんは後悔ばかりに見えるっていうのに。
「名前。そろそろ帰るから一回トイレ行って来い」
漸く片岡さんの手が名前さんをお越すと、名前さんは薄っすら目を開けてこくりと頷く。
今の話、聞いてた?パチっと目が合うとスッと俺に向かって手を出した。
「え?」
「連れてってーゆーせー」
は?なんだよ、…可愛い顔して…。伸ばした手で名前さんの手首を掴むとふわりと俺の隣にきた。
「あるけー」
完全に酔っ払ってる名前さんはいつもより遥かに距離が近い。
「セクハラだいかんげーよね?」
「え、まぁ」
「じゃあ触るー」
ぎゅっと俺の腕に絡みついてよたよた歩く名前さんは、普段は絶対に見れない。一緒に飲むのが片岡さんだからここまで素でいられるのかと思うと、なんでか心の奥底がモヤモヤした。
俺は名前さんの歩幅に合わせてゆっくりと歩く。
「ゆーせーあのねー名前のことーすきになっちゃだめだよー」
ふわりと髪が揺れて金木犀の香りが鼻をつく。
「なんで?」
食い下がってそう聞けば名前さんはにっこり笑って「名前、誰も好きになれないからー」なんて言うんだ。んなこと言われたら試したくなるじゃん。まぁこの人今酔ってて明日には忘れてるかもしれないけど。
「なら俺がその概念ぶっ壊してやるよ」
「え?」
ぎゅっと名前さんの腰に腕を回して抱き寄せると俺は名前さんの頬に手を添える。潤んだ目で俺を見上げる名前さんの甘そうな唇を指でなぞれば、名前さんが目を大きく見開く。
「八木く、…んっ」
数時間後には忘れてもいい。忘れたらまたするだけだと、俺は名前さんの生温い口内を舌で舐め回す。抵抗するかと思ったらちゅるりと舌を絡ませたのは名前さんの方だ。
やべ、勃ちそう…「んっ、名前さんっ」俺の声に目を開けた名前さんは頬に手を添えてちゅっとリップ音を鳴らした。
「ナオには秘密だからね」
「…はい」
――この日、片岡さんに言えない名前さんとの恋が始まった。Color me