D ライバル

 花見の場所取りは営業二課の奴らがやってくれていて、一課の俺は部長補佐の名前さんと買い出しにきていた。
 大型スーパーで籠にどんどんアルコールを入れていく名前さん。 二人きりだと思っていたら、当たり前の様に片岡さんが姿を現した。まじでこの二人いっつもー諸にいるじゃん。
 上機嫌どころか超絶不機謙だけれどそれを顔や態度に出す程子供じゃねぇ。並んで籠を押す二人はまるで恋人を通り越して夫婦の様にすら見えなくもないけれど。
「なんだ、二日酔いか?勇征」
 片岡さんが俺を見てそう言う。え、顔に出てたかな?
「いえ、全然元気です。そういや片岡さん名前さんと同じマンションなんですね」 
 この人は昨日、俺にマウント取って来たのか、見栄を張りたかったのか、名前さんを家に泊める発言をした訳で、ポケットに手を突っ込んでアイス売り場に向かう俺の横に片岡さんがやって来るなりそう聞いた。
「あ一聞いちゃったんだ。てゆーか勇征さ、名前のことありなの?」
 そんな不安そうな顔、するんすね。仕事じゃ敵なしって顔なのに今俺の目にいる片岡さんは元カノを誰にも取られたくないって感情が前面に出ていて、さすがの俺もそれがすこぶる見えてしまう。それは俺が名前さんをそういう目で見ているからってのもあるかもしれないけど。
「まさか、まさか。片岡さんとライバルになんてなれませんよ」
 そう思っているのは本当だ。けれど俺の感情はそれでも名前さんを追っているというのに、何でかこの時の俺はついそんな事を口走ってしまう。クソ馬鹿野郎な俺のその言葉はちょうど二個目の籠を取りに行った名前さんが俺達を見つけて駆け寄ってきた彼女の耳に届いてしまったはず。
 背中を無数の冷や汗が流れる感覚があった。涼しい顔した名前さんは絶対に聞こえているはずなのに変わらない笑顔で「アイスボックスも買っちゃお!名前、ピノ食べたい」ふわりと優しく俺の腕に触れた。下から俺を覗き込むその顔は文無しに可愛いのに漂う香りも俺の鼻腔を直接刺激してくるというのに、こんなにも胸が痛いのは初めてで。
「どうした?八木も好きなの買っていいのよ。経費で落とすから。ここは全部直人持ちだし」
 俺への呼び方も、片岡さんへの呼び方も変わっいてどうすりゃいいのか全然分かんなかった。

「え、機嫌悪い ? 」
 半咲きの大きな桜の樹の下、受付嬢の中でも超上級モテ女、朝海さんが俺の横にちょこんと座り込んだ。うわ、脚ほっそ。折れそうだな握ったら。あんまちゃんと話したことないけど、顔を合わせれば挨拶ぐらいはするその程度の仲だ。そして何よりこの朝海さんは名前さんと仲がいい。プライベートでもよく飲みに行っているって噂も耳にする。故に、謎るような気持ちで朝海さんの耳元に顔を寄せて小さく嘆く。
「気になる人ができたんすけど、フラれそうで諦めたくないんすけど、どーすりゃいいですかね?」
 俺の質問に朝海さんは、面白いもの見つけたって感じに舌舐めずりをしたんだ。

「…なるほどね」
 腕を組んで話を聞いていた朝海さんは、さっきまでの面白そうな顔から一変、ほんのり苦笑いを零す。あれ?協力してくれるんじゃないかと思っていたものの、うーん…と、首を傾げてしまった。
「え、なんかアドバイスとかくれないんすか?」
 俺の言葉に朝海さんはゴクリと手にしていた瓶ビールを何口か飲む。胡座をかいて座りなおすと小さく息を吐きだした。
「うーんまぁ、直人さん、ストーカー並にしつこいから。名前さん、直人さんの事だけははぐらかすんだよねぇ。だから本当の所、二人がどうなのかは私にも分からないの。あぁ直人さんが未練たらたらなのは別としてね。私は直人さんから少し離れていいと思ってるんだけどね。まぁ元カレって色んな意味で色々楽だからずるずるする気持ちも分からなくはないんだけど」
 まるでそこに誰かを思い浮かべている様だった。
「朝海さんも元カレとずるずる派?」
「まさか!私は、私だけを見てくれる人と大恋愛するよ」
 自信に満ちた表情は綺麗だ。この人を抱きたいと思っている男は多いだろうけど、何だかするりと腕の中から擦り抜けていきそうな人だと思えた。
「名前さんと話してこようかな、俺」
 意気揚々とその場を立った俺に、朝海さんは「あ、ゆせくん!」わざわざ呼び止めてとんでもない事を言ったんだ。
「名前さん酔うと誰にでもちゅーしちゃうんだよ」
 あの夢の様な時間がガラガラと音を立てて落ちていくのが見えた。だから「私もだけどね〜」って朝海さんの言葉は俺の耳には入ってこなかった。Color me