H 独り立ち
今度は名前さんと二人で夜桜が見たいな…ってラインで送れば、既読スルーされた週明け。「この案件勇征がやってみないか?」
片岡さん、もとい、直人さんからそう言われた俺。部長室に入った俺を待っていた直人さんからのその言葉に「はい」一つ返事で答えた。
スポーツジムの機械からウェアやその他諸々色んな物を手掛ける我が社。今回直人さんが持ってきた案件はサウナハットだった。サウナは勿論のこと、身体を動かす事の好きな俺は社内に備え付けのジムによく通っている。
「デザイン部と一緒に作る所からやっても構わないし、できた物を営業かけるだけでもいいし」
「最初から作りたいです」
食い気味な俺の言葉に直人さんは笑って「だろうな」頷いた。それなら話は早いと、その場でデザイン部にミーティング日時を取り付けてくれた。デスクに手を置いた直人さんは不服そうな顔して真っ直ぐと俺を見つめる。
「今回は仕方ねぇ、名前もサポートにつけてやる。この案件がうまくいったら勇征も独り立ちとして、補佐を一人つけて営業一課に貢献して欲しいと思ってる。今から補佐は目星つけておいた方がいいぞ。まぁお前に付きたがってる女はいっぱいいるだろうけど」
そうか、ここで名前さんは選べないのか。それなら別に補佐なんていらないよなぁ。
綺麗に整理整頓された部長室。隣に名前さんのデスクもあるけど生憎今日はまだ顔を見ていない。目を泳がせる俺に直人さんは更に不服そうな顔で続ける。
「ちなみに名前なら今日は休みだ。珍しく体調崩してる」
「え?じゃあ俺、お見舞いに行きます」
「ばーか、仕事しろ」
既読スルーは体調悪かったからか。大丈夫かな、名前さん。
部長室から出た俺は一服しに社内の喫煙ルームへと行く。ラインを開いて名前さんのトークページに【風邪大丈夫?】と送ると直ぐに既読になった。もしかして名前さんも俺にメッセージ送る所だった?
【熱下がらないから病院行ってくる】
全然大丈夫じゃないじゃん。正直な所今すぐ名前さんの所に飛んでいってあげたいけど、ミーティングが入ってる。
【帰りに寄っていい?】と聞けば【だめ】と即答。まぁそういうだろうって思ってたけど。
【何味のゼリーが好きか教えて】そう送って俺はラインを閉じた。だめと言われても行くつもりだ。好きな女の弱った時こそ傍に居てあげたい。一人暮らしを初めて具合の悪い時の不安感たらない。
後ろ髪引かれながらも俺はミーティングの準備として資料作りに神経を集中させるべく、営業一課のデスクに戻った。
「勇征、補佐探してるって聞いたよ」
どこから聞いたんだろうか、そんな言葉を飛ばして俺の肩に手を置いたのは先日のミサキだった。デザイン部とのミーティングを終え、それを纏めていた俺に甘ったるい声でそう言うミサキに内心溜息をつく。
「まだ先だけどね。とりあえず今抱えてる案件の事しか考えてないから」
ミサキには悪いが、名前さんと仕事以外に今は興味がない。
「あたし立候補したい。考えといてよ」
「あーうん分かった」
手を止める事なく画面を見ながら適当な相槌を打つ俺にミサキは屈んで耳に顔を寄せた。まだ何かあるのか?と仕方なく聞き耳を立てる。
「後さ、今日二人で飲みに行かない?」
「ごめん、これ終わらせたいんだ」
「あたし、デザイン部顔きくからいつでもミーティング呼んで。本当は今日デザイン部の人に誘われてるんだけど、なんか急に勇征とサシ飲みしたくなっちゃった。遅くても大丈夫だよ、行こうよ」
俺の腕を撫でる様に触る感触すら今は嫌悪しかない。面倒そうにわざと溜息をついた俺は振り返ってミサキを見る。
「ごめん俺、気になってる人いるからさ。ミサキちゃんモテるから俺以外にもいっぱいいるでしょ?」
「いるけど、あたしは勇征がいい」
思いの外ハッキリ言われてしまい脳内で苦笑い。少し前の俺なら食いついていたかもしれない。
「まじでその人しか、ないから。ごめんね」
立ち上がった俺はミサキの頭を撫でるとポケットから煙草を取り出して「一服してくる」逃げる様に出て行く。
当然ながら戻ったらもうミサキはデスクにいなかった。ただ一つ、パソコン画面で作成していた資料のファイルが形なく無くなっていた。
「はっ!?まじかよっ」
精魂込めて作った資料が跡形もなく無くなっていてがっくし肩を落とした。Color me