お披露目と決戦の夜

 新作のお披露目会は、大成功に終わった。直人さんの研ぎ澄まされた才能と、STUDIOSEVENチーム全員の努力が結晶した素晴らしいコレクションだった。会場を去る直人さんの表情は、安堵と達成感に満ちていて、その横顔を見つめるだけで私の胸は熱くなった。
 
 ​その日の夜、本社ビルの一室で社員向けの打ち上げが開かれた。私は秘書として、ケータリングの手配から会場の設営まで、最後の最後まで気を配る。それは、直人さんが「最高の打ち上げだった」と言ってくれることを願って、そして—―今夜、この場所で、私の12年間の想いを伝えるための準備でもあった。
 
​「雪乃さん、お疲れ様です!このシュークリーム、最高に美味しい!」
 
​ 美月が目をキラキラさせながら私のそばにやってきた。美月は美味しいものを食べている時だけは、仮面を脱いだ無邪気な子どものようになる。
 
​「美月ありがとう。たくさん食べてね。はぁ〜緊張する…」
 
 自分から告白なんて何年ぶりだろうか。うまく伝えられるだろうか。いざ目の前にしたら何も言えないかもしれない、そんな一抹の不安ばかりが頭をよぎっていく。美月はそんな私の気持ちを察してそっと肩を叩いてくれる。
 
「大丈夫だよ雪乃さん。振られたって、明日も明後日も直人さんは雪乃さんのそばにいるんだから。思いの丈ぶち撒けてきて!」
 
​ 美月の言葉に少しだけ勇気が湧いた。直人さんのいる方向を見た。彼は社員たちに囲まれ、ビールジョッキ片手に笑顔を振りまいている。ちょっと反応を伺いに行こうかと、そう思った矢先だった。
 
​「よーし!勢いがついてきたな!カラオケ大会だ!」
 
​ 直人さんが突如立ち上がり、設置されたばかりの簡易カラオケセットのマイクを掴んだ。さすが我が社のCEO。やることがドラマティックだ。数曲、賑やかな曲が続いた後、直人さんはマイクを、輪の少し外側に立っていた勇征くんに手渡した。
 
​「勇征!お前、歌がうまいんだから、頼むぞ!」
 
 彼、八木​勇征くんは、STUDIOSEVENの専属モデル。甘いマスクと超絶美形で、社内にもファンが多い。私よりも年下で、ストイックな努力家で、何より直人さんが彼を気に入っていた。
 
​「え、俺ですか!」
 
​ 勇征がマイクを握り、誰がいつの間にか入れていたのか分からないけれど、どこか懐かしい曲調に視線を画面に向けた。
 
​《私が綺麗じゃないって事は誰より私が知ってるから〜せめていつも笑ってようと思ったけれどごめんねごめんね涙止まらない》
 
​ 大画面に流れる歌詞の一つ一つが、あまりにも今の自分とマッチしていて、息が詰まる。愛した時間は12年。けれど、愛された時間はゼロだ。直人さんに「親友」として公言され、ポツンと一人取り残された女。
​ 勇征の穏やかで、けれど芯の強い歌声が、私の胸を抉る。一番後ろで、私は膝から崩れ落ちそうになり、慌てて会場の隅、非常階段へと続くドアを開けて外へ出た。
​ 冷たい階段のコンクリートに座り込み、膝を抱える。どうしてこんなにも切ない曲が流れるのだろう。直人さんに告白する前に、もう既に振られたような気持ちになって、込み上げてくる涙を抑えられなかった。
​ ふと、頭上から声が降ってきた。
 
​「雪乃さん」
 
 ​顔を上げると、そこに立っていたのは、勇征だった。打ち上げの熱気から抜け出してきた彼は、少し息を切らしている。歌い終えて歓声に包まれる中、私を見つけ出して追ってきてくれたのだ。
 
​「なんで…勇征が」
「歌ってる最中、雪乃さんが席を立ったの見えました」
 
​ 勇征はそう言って私の目の前にしゃがみ込むと静かに口を開いた。彼の目は、照明の届かない非常階段の薄暗さの中でも、まっすぐに私を捉えていた。
 
​「今、雪乃さんが泣いてる理由…俺には関係ないってわかってます。でも俺は…雪乃さんが、直人さんを好きでいるのと同じくらい、雪乃さんのことずっと見てきました。好きなんだと思います。俺じゃ駄目ですか?」
 
​ それは、告白まがいな言葉。突然の告白に、泣いていたことよりも驚きが勝り、私は思わず首を横に振った。
 
​「ごめん勇征。今はそんな気持ちになれない」
 
 ​彼の真剣な想いを、今は受け止められる状態ではなかった。勇征は一瞬、顔を曇らせたが、すぐに優しく微笑んだ。
 
​「…わかってます。でも覚えておいてください。俺は雪乃さんがどんなに誰かを想っていても、ずっと待ってますから」
 
​ そう言って彼は立ち上がり、私の背中を押すように軽く叩いた。勇征の突然の告白に吃驚し過ぎて気づけば涙も止まっていた。「さ、戻りましょう。風邪ひきますよ」私は勇征の存在に感謝し、涙を拭って打ち上げ会場に戻った。

top  buck