最高のパートナーと、最悪の告白

 ​勇征と別れ、私は頬に残る涙の冷たさを拭いながら、打ち上げ会場へと戻った。少しでも笑顔を作ろうと努めたけれど、心臓はまだ、非常階段で勇征くんがくれた言葉に打ち震えている。彼に言われた「好き」という言葉は、私の心をチクリと刺し、同時に張り裂けそうなほどの痛みを和らげてくれた。

 ​会場に戻った私を、直人さんが待ち構えていた。彼は私の姿を見つけると、少し高揚した面持ちで、まっすぐにこちらへ歩み寄ってくる。
 
​「雪乃、どこ行ってたの?探したよ」
 
​ 直人さんは、私が泣いていたことなど微塵も気づいていない。それがかえって、彼の純粋な優しさとして私の胸を苦しめる。彼は自然な動作で私の肩に腕を回し、そのまま社員たちの輪の中に引き入れた。彼の体温がすぐそばにあって、一瞬心臓が跳ね上がる。この体温にどれだけ焦がれてきただろう。
 
​「今日の新作発表会、本当に最高だった。この成功は雪乃がいたからこそだ。雪乃に大きな拍手を!」
 
 直人さんはそう言って、私の肩を抱き寄せたまま、会場全体を見渡すように力強く言った。
 
​「雪乃は俺にとって、誰よりも信頼できる最高のパートナーだ。俺が一番動きやすいように、いつも一歩先を読んで準備してくれる。本当に感謝している。そして、お疲れ様」
 
​ 最高のパートナー。感謝。労い。直人さんの言葉は、私に向けられた最大の賛辞だった。胸が躍り、長年追い求めた答えが今、ここにあるように感じた。
​ けれど次の瞬間、私の頭上から一生忘れられない、どん底へと突き落とすような直人さんの告白が降ってきた。
 
​「みんなに報告がある。自分事で恐縮なんだけど……先日、プロポーズが成功しました。片岡直人、来年、結婚することにりました」
 
​ 瞬間、目の前が真っ暗になった。カラフルな照明と賑やかな話し声が、まるで遠い異国の雑音のように聞こえる。頭の中が真っ白になって、直人さんの隣に立っている自分の存在だけが世界から浮き上がってしまったように感じた。
​ 婚約者がいた?いつから?恋人がいる素振りなんて一度も見たことがなかった。それなのにしっかり相手がいて、しかも結婚。今日という日を迎えるまで、直人さんの一番近くにいたのはこの私のはずなのに。
​ 喉の奥がツンと痛む。気を抜いたら今度こそ大粒の涙が溢れ出してしまう。既に離れたものの、直人さんの腕の温もりががまだ私の肩に残っていることが、今はただただ残酷だった。
 ​その時、横から素早い動きで美月が私の背後に回り込んだ。
 
「雪乃さん大丈夫?飲みすぎた?元々体調悪かったもんね。風に当たりにいきましょ。少し外の空気吸ったら楽になるよ」
 
 美月は流れるような嘘をつきながら、私を直人さんの腕の中から引き剥がし、会場の外へと連れ出してくれた。
​ エレベーターホールまで来て、私は美月の腕の中で崩れ落ちた。
 
​「雪乃さん、大丈夫…」
「美月……直人さんの…恋人の話、知ってた?」
 
 震える声で尋ねると、美月は悔しそうに顔を歪ませた。
 
「私も今初めて聞いたよ。直人さんそんな素振り一度も見せたことないよ…」
 
 ​人前で一度も泣いたことのなかった私が、今日、二度も涙を流すことになるなんて。
​ 直人さんの思考が広がる様にと、自分の趣味とは違っても直人さんの作る服を着て着飾ってきたのは、少しでも彼に綺麗だと思われたかったからだ。直人さんのためだけに生きてきた今日までの自分が、あまりにも可哀想で、情けなくて、涙が止まらない。

​ 私は、直人さんの仕事のパートナーで満足しているフリをして、本当は直人さんの人生のパートナーになりたかったのだ。その夢が、音を立てて砕け散った夜だった。

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