満たされていく心と、消えた焦り
勇征と向き合うことを決めてから、私たちは何度も食事に出かけた。いつもは仕事の話しかしなかった二人だけれど、カフェの窓際や少し暗めの居酒屋のカウンターで向き合ううちに、自然とプライベートの話をするようになった。
勇征はストイックに自分を鍛える人だと知っていたけれど、実は甘いものに目がなかったり、休日は神社仏閣を巡るのが好きだというモデルという職業からは想像もつかない一面を知った。そのたびに、私の中に新しい勇征のイメージが積み重なっていく。
何度目かの帰り際、マンションのエントランスで勇征は不意に私を強く抱きしめた。
「今日も雪乃さんの隣にいられて幸せでした」
そう言って一瞬で私を離す。その抱擁は、直人さんがくれた後悔と自責の念が詰まった「壊れそうな抱擁」とは全く違っていた。
勇征の抱擁には、純粋な喜びと、私を大切に思ってくれている優しさが溢れていた。その温かさに、私の心のひび割れた部分がゆっくりと修復されていくのを感じた。
勇征との時間がいつの間にか自然なものになり、隣に勇征がいてこそこの淋しかった日々が満たされていくのだと、そう思えるようになっていた。
一方で、社内での勇征の人気は相変わらず凄まじかった。
ある日の昼休み、美月とランチをしていると、話題は必然的に勇征になるわけで。
「雪乃さん、聞いてないよね?企画部のエースの田中さんが、勇征に告白して見事に撃沈したらしいって」
美月は目を丸くして、興奮気味に私に囁いた。
「また?勇征、本当にモテるね」
「それが、勇征くんの断り方がすごいらしくて。『自分には好きな人がいて、その人を幸せにしたいから』って、ハッキリ言ったとか。超絶美形なのに一途って完璧すぎだよね!」
美月はため息をつきながら、私に顔を向けた。
「で?雪乃さんの気持ちは、どうなの?」
「気持ち?」
「直人さんのことを恋しいと思う日々はあるとしても、前みたいな焦りはなくなった?早く結婚したいだとか、女の幸せだとか、そういう焦り」
美月の鋭い質問に、私は静かにティーカップを置いた。
確かに、直人さんが結婚を決めてから、私の中にあった「三十路を超えた女性の焦り」のようなものは、すっかり消えていた。直人さんの嫁かのように尽くす仕事上の態度は変わらない。時折、直人さんを恋しいと思う感情はまだ残っている。
けれど、それはまるで遠い星を眺めるような、手の届かない憧れのようなものに変わっていた。
「焦り、はない。勇征が傍にいてくれるから、かな」
勇征が私に注いでくれる愛情、そして何よりが私との未来を真剣に考えているという事実に、私は女としての存在価値を再認識させてもらった。直人さんへの想いを断ち切って、私自身が幸せになってもいいのだと、勇征が教えてくれたのだ。
隣に勇征がいることで、私は初めて自分の人生を生き始めた気がした。それでも直人さんを想ってきた年月には敵わないと、どこか心の中で一線を引いてしまう、臆病な自分がまだいるのだけれど。
そんな私に、勇征は今度の週末イルミネーションを見に行こうと誘ってくれた。