非日常なんていらない
カーテンの隙間から溢れた日の光が瞼の裏を差す。眩しくてゆっくりと目を開けると、余計に眩しくて目を細めた。お腹あたりに絡む腕の重たさに苦しみつつ、逃げるようにもぞもぞと反対側に顔を向ければすやすやと気持ちよさそうな寝顔が目に入る。
可愛いなあ。思わず笑みが溢れて目の前の胸板に擦り寄ると、だらんと乗っていただけのはずだった腕にぐいっと抱き寄せられた。
「おはよう」
「……はよ。眠ぃ」
「まだ早いし、寝れるよ」
「おー…」
寝ぼけた様子の彼の反応はとても鈍い。それにまた笑って、再び目を閉じた。
「おはよう」
「……おはよ」
次に目が覚めた時、彼はしっかり起きていた。逆に寝ぼけているのは私の方で、頭がボーッとする。
「京平」
「ん?」
「もう一回寝よ…」
「残念ながらもう無理だ。諦めて起きろ、#名前#」
無情にも布団を剥がされ、あとちょっと、と引っ張り返す。子供のような争いを繰り広げてもちろん負けた私は、平和な朝だなあとベッドを降りた。
支度をして街へ出る。池袋というこの街は常に人で溢れている。見慣れたワゴンを見つけ、人混みをくぐり抜けたところでようやく呼吸ができたような気がした。
「ドタチン!#名前#っちー!」
「朝から元気だね」
「全くだ」
ぶんぶんと手を振る絵理華、遊馬崎、渡草とほぼ毎日顔を合わせるメンバーが揃っているのを見て安心する。
ふあ、とあくびが溢れたところで京平の手が頭に乗った。
「そんじゃ、またあとでな」
「そっか、ドタチン今日仕事だっけ」
「残念っスねー今日は電撃文庫の新刊発売日だっていうのに!」
「それ、お前ら用のだろ」
「いってらっしゃい」
がんばってね、と仕事がある京平を見送り四人になる。
すると絵理華と遊馬崎にじろじろと見られて首を傾げた。
「なに?」
「いやあ、相変わらず門田さんに大切にされてるっスね!」
「は?」
「まさに理想のカップルって感じ?」
「待って、どうしたの急に」
「否定しないところがまたいい!」
堪らず渡草へ助けを求めるも、ほっとけと車の手入れを始める始末。さっき見送ったばかりだけど戻ってきて京平。
「……京平がいたら叩かれてるよ」
「だから今言ってるんじゃん!」
威張って言うことじゃない。
「まあでも、気をつけるに越したことはないっスよね」
「あー、やっぱりゆまっちも気づいてた?」
話しながらもちらちらと視界に入る黄色に顔を顰める。
私は基本的に一人で行動することがないのだが、それは京平といつも一緒にいるからだ。今日のように仕事がある日でも必ず途中まで送ってくれるし、仕事帰りに待ち合わせてご飯に行く時でも迎えに来てくれる。その理由を絵理華たちは理解していて、心配ないとでも言うように平然としているのが心強い。
そこでふと、ある男の子の顔が浮かんだ。
「……そういえば、正臣も高校生か」
「もうすぐ入学式?紀田くんも大きくなったねー!」
「いやいや、その台詞は本人に言ってあげるべきっス」
「今度会ったらお祝いしなきゃだね!」
また盛り上がり始めた二人を眺めながら、渡草の隣に腰を下ろす。車の手入れは終わったようだ。
「ガキのくせにいらねぇもんまで背負おうとしてんだろうな、あいつも」
「正臣はいい子だからね」
自分のことは自分で背負うのに。
そう呟いた私の言葉をどう受け取ったのか、渡草はちげーだろと強く否定した。
「お前のことは俺らが背負う。だから今度会った時はガツンと言ってやれよ」
「どうしよう、渡草が男前に見えるよ」
「馬鹿。もちろん一番は門田だっての」
くしゃり。少し乱暴に頭を撫でられて、考える。
お荷物になるんじゃないかなんて余計なことを思うのはやめた。私もみんなを守りたいのだ。私にはもうそんな力はないけれど、できることはなんだってやる。
「ま、大丈夫だよ」
この街には平穏なんてないのかもしれない。
だけど、私たちのこの日常だけは。
「#名前#っちー!お昼何食べる?」
「ラーメンに一票!」
いつまでも日常のままであってほしいと、願ってしまうのだ。
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