授業が終わり、サリエルはノートを閉じ顔を上げると気がつけば放課後になっていることに気がついた。
(集中していたとはいえいつの間に…)
荷物をまとめて席から立ち上がろうとしている一成を慌てて呼び止め、サリエルは自分の家の場所と家族について尋ねた。
案の定、一成には「今日は一段と頭が寝ぼけているな」と怪しまれたが彼はサリエルの問いにちゃんと答えてくれた。
自分は養子として引き取ってくれた人にこれ以上の迷惑をかけない為に今一人暮らしをしている。
その養子として引き取ってくれた人の名は…
「言峰綺礼ッ!?」
「ああ」
「言峰ってあの外道神父のことか!?」
「外道とは言いすぎだろう。仮にもお前のお義父上だぞ?」
「じ、じゃあ…私の名前は…」
「”言峰サリエル”。今日は本当にどうした?お義父上と何かあったのか?」
会わないようにしようと決め込んだ矢先に見事フラグを回収してしまった。
まさか自分があの言峰の養子だなんて思いもしなかった…というかそんなの考えつくものか。
どんなご都合主義設定だ。
言峰にはカレン・オルテンシアという娘がいるはずだ。それなのに何故?
「さ、最悪だ…」
幸い、ポツリと呟いた言葉は一成に聞こえなかったみたいだが項垂れているサリエルを見て彼はチラリと教室の時計を見る。
「サリエル、そろそろ俺は生徒会室に行かねばならないんだが…」
「あっ…ご、ごめん。教えてくれてありがとう」
「…本当に大丈夫か?」
「えっ?」
「前に言っていただろう。10年前に起こった冬木大火災…あれに巻き込まれ言峰神父に救ってもらってから偶に記憶が曖昧になると」
「……」
「帰宅時間が遅くなっても構わないなら家まで送っていくが」
「…大丈夫だよ一成。ありがとう。多分一人で帰れる」
「しかし…」
「本当に大丈夫。ほら、早く生徒会室に行かないと。一成は生徒会長だろ?」
平気だという意味を込めて笑えば一成は少し納得のいかなさそうな顔をした。
生徒会室に行く彼と途中まで行動し、下駄箱が見える場所で別れるとサリエルは「また明日」と言って手を振った。
その言動に一成は軽く手を上げると返事を短く返し歩いて行く。
誰もいない昇降口に各部活をしているであろう生徒達がいる校庭。
彼方はその光景を見ながら事前に教えてもらった自分の靴箱の前に立つと中の物を取った。
自分が暮らしているというアパートの地図は一成が一応と言って書いて渡してくれた。
これで迷うことなく帰れるのは確定だろう。
(でも……)
サリエルは少し顔を俯かせると靴を履き替え学校から出た。
アニメで見たことがある道。自分の知らない細々とした構図。
不思議と人は自分しかいない。
着た覚えなど一ミリもない制服のポケットに手を突っ込めば鍵と言峰が付けている物と似た十字架のネックレスが入っている。
サリエルはそのネックレスを手に持つと首に付けた。
意味など特になかったが手つきは何故か手慣れている。
今日はいろいろありすぎた。
帰宅途中なのにどっと疲れが出てきてしまったサリエルは思わずよろけてしまうと体が車道側に傾いてしまった。
クラクションの音が鳴り響き、視界に映った車に気づくも、もう遅い。
近づいてくる死を悟ってしまったサリエルは静かに目を閉じるともしかしたらこれで戻るのかも知れないと思った。
自分が元いた世界に、慣れた日常に帰れるんじゃないかと思った。
きっと次に目を開けた時には何もかも戻っている。
友人がいて、家族がいて…先ほどまでのは全部夢だったんだって笑って安心する。
夢から現実へ覚めるんだ。
そう思った矢先、誰かに手を引っ張られ引き寄せられた。
目を閉じていた彼方には何があったのか分からず、自分を包み込むように下敷きになってくれているものを見ると目を見開いた。
サリエルに怪我をさせまいとギュッと抱きしめていたのは彼女が好きなエミヤの元となる人物…衛宮士郎だった。
士郎は閉じていた目を開け、ゆっくりとサリエルを見ると体を起こし少し大きな声を出して怒った。
「自分の身を投げ出すなんて…何考えてるんだ!危ないだろ!」
まるで自分の命を粗末にするなというように説教をしている士郎はサリエルの知るあの『衛宮士郎』だ。
腕を掴んでいる彼の手が熱くて少し痛い。
ああ、本物だ。本物の正義の味方だ。
サリエルはその温もりと痛みにやはり夢ではないのだと痛感すると目尻が熱くなった。
好きな作品の世界にいるはずなのに悲しい。
好きなキャラクターに助けてもらったのに嬉しくない。
ダメだった。自分は元いた世界に戻ることができなかった。
本来の帰るべき場所へ帰れなかった。
「どうして…?」
溢れ落ちた涙に士郎の口が止まり固まる。
自分が今どんな表情をしているか分からないが彼の困惑した表情を見る限り、きっととても醜い顔をしている。
サリエルは士郎の腕を振りほどいて立ち上がると助けてもらったお礼も言わずその場から走り去った。
後ろの方からは彼の呼び止める声が聞こえてくるがサリエルは走る足を止めない。
申し訳ないことをした。
人として最低なことをした。
分かっていても彼方は立ち止まれなかった。
立ち止まることができなかった。
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