ギロクル
まずちょっとこい、と呼ばれてついて行ったのがいけなかった。入り浸っているわけではないが普段から出入りしているギロロのテントの中で、膝の上に座らされ、後ろから抱きしめられた辺りから雲行きはおかしかったのだが絶対にありえないことではないからと見て見ないふりをした。
普段からよく付けているヘッドフォンを首に落とされ耳が露わにされると少し肌寒さを感じる。一体何の用だと責めるように後ろをむけば目と鼻の先に左目を跨いで傷の走った男らしい顔が見える。
嫌な予感がする。
すぐに視線を逸らして前を向いたがもう遅い。
「クルル、好きだ」
「は?」
「愛してる」
冗談にしてはやけに真剣な眼差しが肌に痛い。
「罰ゲーム?」
「そう思うか?」
隊長ならともかく先輩はそんな下らない罰ゲームに嬉々として参加するタイプではない。
「じゃあ何で」
「好きだ」
「止めろって」
「愛してる」
「止めろ」
「クルル、愛してる、離したくない」
声が聞こえないように両耳を手で塞いで背を向ける。そのまま立ち上がって立ち去ろうとしたがいつの間にか伸びてきていた腕が腰に回されて膝の上に縫いとめられる。
「は……なせっ!」
精一杯の努力も虚しく、腰に回された腕は押しても引いてもびくともしない。
「どこにも行くな」
「うるさい」
「好きだ」
浮ついた言葉を繰り返すばっかりで話にならない。とにかく男の膝の上から離れたいが抵抗すればするほどに腰に回された腕に逃がさないとばかりに力がこもる。力でかなわない事は分かっているので、腕力だけで逃げられるとは思わないし、暴力に訴えても状況は変わりそうにない。泣き落としも考えたがそんな事ではいそうですかと引き下がってくれるような男なら戦場の悪魔等と呼ばれる事はないだろう。
言葉を重ねるたびに頬が赤くなるのが自分でも分かっているので余計にイライラする。愛とか恋で真っ赤になって可愛いのは女だけだから、冷静になれと必死になって自分に言い聞かせる。
「愛してる」
「うるさい」
ヘッドフォンの代わりに耳を塞ぐ右手に触れる手は暖かいが、手を無理やり降ろそうとしてくる所は全く暖かさを感じない。力で勝てるはずもなく手のひらは地面につけられて、その上から指の間に指を差し込んで手を繋がされる。普段の嫌がらせの意趣返しかと思ったがそうでもないようで、向けられる視線がまっすぐすぎて心が痛い。
耳元で囁かれる愛の言葉は心地いいがどこかむず痒い。目をギュッと固く閉じて、背中を丸めて膝の間に埋めて小さくなる。
「好きだ」
「いい加減にやめろ」
怒りを露わにしながら振り向けばすぐそこにあった顔が近づいてくる。好きだと小さな声で呟きながら、唇が重ねられたが別に減るものでもないので無視を決め込むが、調子に乗って舌が差し込まれてきたので男の厚い唇にに噛み付いた。切れた唇の端を舌で拭いながらさっと引いて行くが男の瞳には情欲の炎が灯っている。誰に何を吹き込まれたのか知らないが迷惑だからさっさとやめてもらいたい。こんな事になった原因も元凶も後で突き止めて倍以上にして返せばいいだけだ、今は先輩の腕の中から逃げるのが最優先事項だ。
血に濡れた唇をまた近づけてくる辺り全く懲りていないようなので、遠慮なく空いていた左手でギロロの顔をあしらいながら前に向き直る。腰に回されていた手が動き出し、解放されたと思ったのも束の間、右手に続いて左手もギロロの手のひらに射止められる。
「逃げねぇから手、離せ」
逃げようとしての言葉ではあるが、本気だと思ってもらわないとまた延々と好きだの愛してるだのを延々と聞かされ続ける羽目になる。お願い、となるべく可愛くしなを作りながら上目遣いで口に出して見れば両手を繋ぎとめている手から力が抜ける。なるべく刺激しないように繋がれていた手をそっと引き抜いてギロロの足の上で膝立ちになる。首に手を回して甘えた声で先輩、の目の前の男を呼ぶべば、子供みたいに体温の高い男の手が腰から服の中に入ってきて危険を感じる。早く逃げないと本当に逃げられなくなる。
ゆっくりと顔を近づけて鼻と鼻が触れそうな距離で一旦動きを止めた。
吐息を吐き出してから逞しい肩を思い切り突き飛ばしてテントの出口まで走り抜ける。後ろから聞こえてくる制止の声は聞こえなかった事にしてラボに戻るためにポケットの中のリモコンを弄る。間一髪のところで後を追ってきたギロロの手から逃れられたが、この後基地の中を通ってラボまで足を運ぶのは目に見えて分かっているのでラボには向かわずに、隊長たちには内緒でこっそり作っておいた部屋へと逃げ込む。ポキポキと指を鳴らして伸びをしてから設置してあるPCの電源を入れた。先輩からの余りにも真っ直ぐな愛の言葉は嬉しいがどうにも照れ臭くてそのまま受け入れる事は出来ない。
どこの誰が一体どんな理由で先輩を煽ったのかを調べて倍にして返すまでは、俺の1日は終わりそうもない。
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