ギロクル
固く閉ざされている扉を無理やりこじ開けてクルルのラボの中へと入り込んでいく。
一番大きなモニターに煌々と明かりが灯り、椅子の下から足が覗いているのを確認して脇目も振らずに椅子の方へ向かっていく。椅子をくるりと回してこちらを向かせれば目を細めて眉を顰めたいかにも嫌そうな顔が現れる。
「そんなにいきなり来られても、俺様天才だからどっかのおっさんみたいに暇じゃないんですけど」
どうせモニターで確認していたくせに、あたかも来ることを知らなかったような顔で、よくもまあそんなにも思いつくものだと感心したくなる程につらつらと文句が重ねられる。飛んでくるいつもの嫌味には耳を塞いで持ってきていた紙袋を膝の上に置けば眉の間に寄せられていたシワが消えて切れ長の瞳が丸く変わる。
「何すかコレ」
「今日はホワイトデーだろう」
ちらとモニターに視線を向けたクルルの目線の先を追えばよく分からないアルファベットの羅列の横に小さくカレンダーが表示されていた。
「今年は隊長がホワイトデーの作戦考えてこなかったから忘れてたぜぇ、さんくー」
早速、と紙袋の中から包みが出され、真っ白の箱がクルルの膝の上に乗せられ、代わりに今まで膝の上に乗せられていた紙袋が地面へと下ろされる。箱が開けば辺りには独特のカレーの香りが漂いはじめて嗅覚を刺激する。クルルが以前に素直に美味しいと褒めていたパン屋のカレーパンはお気に召したようで、笑顔がこぼれている。
「色気より食い気かよ、まあアンタらしいけど」
「もう一つ入ってなかったか?」
気に入ってもらえたようで嬉しいのは嬉しいが、一番悩んだ肝心のプレゼントが一向に袋から出てこない。カレーパンに関しては気に入って貰えるかどうかの心配をしていなかったが、もう1つの方は気に入ってもらえるかどうかが分からないのでどうにも落ち着かない。
「にょ?入って……る」
地面に下ろしていた紙袋をまた膝の上に戻して中を覗き込むクルルの姿は贔屓目に見なくても可愛い部類に入ると思うのだがイマイチ同意が得られた試しはない。些か乱暴気味に包装紙が剥ぎ取られて細長い真っ白な箱が現れる。無遠慮に箱が開けられて中身が顕になったところで、指先が止まる。
中に入っているのは赤い石のついた小さな指輪のネックレスだ。店にいた優しそうな女性店員に指輪にしようと思うと相談したら、サイズやデザインの好みの関係があるので一緒に来店を、と勧められたのでネックレスに変えたのだが、俯いてほんの少しだけ眉を寄せた表情だけではそれで良かったのか判断出来ない。
どう言葉をかけていいものかと少し悩んでから疑問形の言葉を吐き出す。
「その……お前に似合うと思ってな、嫌だったか?」
「ク、こういうのは女にプレゼントしろよ……」
「クルル子になった時に欲しかったのか?」
何が言いたいのかイマイチよく分からない。クルル子という女のアイドルをしていた事もあるにはあったが、極稀になるだけで普段はラボのどこかに他の侵略兵器と一緒に眠っているはずだ。そもそも俺がプレゼントを贈りたいのは素直じゃないが可愛いクルルにであってアイドルのクルル子にではない。
「は?何でそういう事になるんすか、アンタの大好きな日向夏美にやれって言ってんすよ」
「夏美は関係ないだろう、俺はお前に渡したい」
本当に何が言いたいのか分からなくなってきた。どうせ俺がまだ夏美を想っているとかそんなくだらないことを考えているのは分かりきっているが、一体何度お前だけだと言えば分かってもらえるのだろうか。
夏美の事は勿論嫌いではないし、好きは好きだが以前のような恋愛感情としての好きではなく、あくまで地球人としての好きだ。一個人として好いているが同じようにケロロやドロロの事も友人として好きだし、他にももっと嫌っていない好きな人はいる。だが全て恋愛対象としての好きではないし、今現在そういう感情を持って接しているのはクルルだけだ。
「クク、まあ大事にゴミ箱の底にでもしまっときますよ」
「そうか、大事にしてくれるのか」
「今のはそうじゃな……」
「気に入って貰えたならそれでいい」
「……アンタってホントありえねぇ」
みるみるうちに赤く染まった頬を隠すように指先で口元を隠してしまう邪魔な手を奪って握りしめる。瞳を覗き込んでじっと見つめれば小さくやだ、と抗議の声が上がる。
視線を合わせる事を極端に嫌がるクルルに小さくため息をこぼして、手と視線を外す。
「それにしても……なんかマーキングみてぇ」
じっ、とネックレスの先についている赤い石のついた小さな指輪を見ながらぽつりとこぼしたクルルの言葉の先をじっと待つ。
「アンタの色だろ、コレ」
小さな指輪に唇を寄せて悪戯めいた笑みを浮かべるクルルに視線が吸い寄せられる。
そんなつもりで選んだわけではないが、そう言われれば確かにそうかもしれない。
「嫌だったか?」
「悪くない」
不意に溢れる笑顔が余りにも綺麗で、ゾッとした。
そんな笑顔を俺以外の誰にも向けて欲しくない。
先ほど開けられたばかりのネックレスを手渡され、どうしたものかと思案していれば、上に羽織っていた白衣を肩まで落とし、こちらに背中を向けて早くつけろと急かすその仕草に頭が痛くなる。いつの間にかボタンを外していたようで、普段は隠れている肌が大きく露出する。
「頼むから他の奴にそんな顔を見せるな」
こちらを振り返って クル、と首をかしげて眉を寄せる姿は愛くるしい。クルルに対して独占欲や所有欲がないとはとてもじゃないが言えない。相手や性別を問わず誰かと楽しそうに話している所を見かけるとイライラするが、見えない所で楽しそうに話しているのかと思うともっとイライラする。
元々男が好きなわけではない俺が好きになったのだから、クルルの分かりづらい性格を理解してしまえばきっと誰だってクルルの事を好きになる。だから誰とも話して欲しくない、誰にも触れさせたくない、それが自分勝手なエゴだということは重々承知しているが思う事はやめられない。
急かされるままに真っ白な肌をなぞり、首へとネックレスをつける。触れた肌の冷たさに驚くが元々体温が高い方ではないので本人からすれば冷たくはないのだろう。
大きく開いた首元に赤い石が光る。
首元だけではなく一糸纏わぬ姿まで幾度となく目にしているにも関わらず、首元だけを大きく露出させたその姿は、本人にそのつもりがなくてもどこか官能的で興奮を誘う。
「似合う?」
「ああ、似合ってる」
「センパイ、」
「ん?」
いきなり胸ぐらを掴まれたと思えば、手繰り寄せられ、先に待っていたのはクルルの唇で、いつもは奪うばかりの唇が珍しく奪われる。
「さんきゅ」
言葉を聴き終わったと思えば、突如として消えた地面の中に吸い込まれて、咄嗟にクルルを抱きしめる。何が起こっているのかは分からないし、クルルが原因かとも思ったが本人が巻き込まれている以上可能性は薄い。運が良かったのか落とされた先は柔らかな地面で衝撃があるが痛みはない。クルルを庇うようにして落ちたので怪我はないと思うが暗い穴の中を落ちてきたので確証が持てない。
「大丈夫か!?」
「アンタが一人で落ちてればもっと大丈夫だったんスケド……折角落としたのに一緒に落ちてちゃ意味ねえじゃねえか」
「……お前の仕業か」
薄暗い穴の中でため息を付けば、クルルが俯きながら恥ずかしかったんすよ、と小さく溢す。
「それにアンタが俺を庇うとは思ってなかったんすケド」
「それは……つい」
「つい?」
「怪我をさせたくなかった」
「……ッ、何だよソレ」
真っ赤な顔を隠すわけでもなく素直にありがとうと言いながらこちらにしなだれかかってくるクルルの姿に我慢が出来そうにない。己の欲望に従ってクルルの服の中へ手を差し込んで滑らかな肌の上を滑らせていく。
「ちょ、センパイこんなとこで……」
クルルが腕を掴んで自身の体から引き剥がそうとしてはくるが本気で抵抗しているようには見えない。
「嫌か?」
耳元に頬を寄せ、耳に息がかかる程近くで囁く。
「……嫌、じゃねえけど」
「ならもっと甘い声を聞かせてくれ」
「チッ、仕方ねえな……期待はすんなよ?」
額に触れるだけのキスが落とされ、クルルの腕が首に回される。好きにしていい、という事だろうと腰に這わせたままだった手を腰から下へと下げていくが一切の抵抗はない。
さっきつけたばかりのネックレスが首元で揺れている。首に消える事のない痕を残すだけではなく、身体中に所有の痕を残すまでがセットだとばかりに服をはだけさせてはその真っ白な肌に痕を残していく。吸い付くたびに身体を震わせながら必死に声を堪えているクルルの頬を撫でれば欲望に濡れた視線が向けられる。
俺たちの夜はまだ始まったばかりだ。
2017.03.14
White day
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