ギロクル






「クルル、今空いてるか?」
「……1時間くらいなら空いてますケド、何スカ急に」
普段は用事がない限りはギロロがわざわざラボに足を踏み入れる事はない。本部に提出するために纏めていたデータをモニタから消して、振り返ればギロロが手を差し出す。
「ついてこい」
「ホイホイ」
少しだけ悩んで、モニタの電源だけを落として椅子から降りるが、差し出されたギロロの手は取らない。ギロロよりも先にラボから出て外で待っていれば、不機嫌そうに眉を寄せたギロロに手を掴まれて引っ張られる。
わざわざ振り払う程の事でもないのでそのまま引っ張られるのに任せて、後をついていけばギロロのフライングボードの前で手を離されたが、自分の物はラボの中に入れてあるのでここにはない。流石にそれは分かっているようで、手招きだけでフライングボードの上へと呼び寄せられる。
「後ろに乗れ」
「そもそもどこに行くんすか」
「すぐそこだ」
行き先を明かそうとしない事に少しだけ不満を覚えながらも、渋々ギロロの後ろに乗って、わざとべったりとくっついてみたが体温の高いギロロの熱が、冷房で冷えきった身体には暑苦しく、すぐに身体を離す。離れようとすれば、ギロロに腕を掴まれて、腰に腕を巻き付けられた。
「しっかり掴まってろ」
ニヤリと笑うギロロの口元からは鋭い犬歯が覗いていて、獣じみたその視線に食われそうで肌がヒリヒリとする。情事の最中に求められている時の表情によく似たソレは身体の中に欲望の火種を灯す。
掴まっていろなんていうのだから余程遠くまで行くのかと思っていれば、本当にすぐそこで、日向家の屋根の上に着陸したフライングボードから一緒に降りた。肌寒いというほど低くもなく、汗ばむほど高くもない気温は、外で過ごすには丁度いい温度で、時折吹いてくる風が心地いい。
屋根の上に胡座をかいて座り込んだギロロが太ももをポンポンと叩いて膝の上に誘導されるが、嫌がらせを兼ねてわざと横に座れば、ギロロがまた不機嫌そうに眉を寄せた。じりじりと距離を取ろうとすれば、簡単に抱き上げられて半ば無理やり、膝の上に座らされる。こうなるだろうと予想はしていたが、思っていた通りになってしまえば途端に面白くない。
「で、この超ビジーな天才を連れ出した理由は?」
「あれだ」
真後ろに声をかければギロロの腕が真っ直ぐあげられて何かを指差す。指を辿っていけば月が見えるが特に変わった様子はない。少し赤みがかって見えるような気もするが、普段から月なんてゆっくり見るような生活をしていないので、普段と何が違うのかは分からない。
「月がどうかしたんスカ?また新しい侵略作戦とか?」
黙って顔をしかめるばかりで、何の説明もする気のなさそうなギロロから理由を聞き出すのは諦めて、携帯を取り出して6/9 月と入力した。関係のなさそうな株や就職情報を飛ばして眺めていれば、ストロベリームーンの文字が目に入る。ストロベリームーンがイチゴの収穫期に因んでつけられた名前だという事は把握できたが、わざわざギロロに連れ出された理由が分からないまま、取り敢えず記事を読み進める。
真後ろから携帯の画面を覗き込んでくるギロロが肩に顎を乗せ始めて、重いからやめろと声をかけるが微かに頬を染めながららいいから続きを読めと促された。1番下にオマケみたいに書き添えられた、好きな人と一緒に見ると永遠に結ばれるという一言に手が止まる。
「先輩」
「どうしてもクルルと見たかったんだ、忙しいのにスマン」
溜息を零しながら後ろを振り返り、声をかければ月の光に照らされて暗いはずのギロロのはにかんだ笑顔がやけに眩しい。
「……俺も先輩と一緒に見れて良かった」
ギロロの視線から逃れるように月に視線を戻すが、似合わない言葉に顔が赤くなっているのが自分でも分かって、言葉が出ない。
「忙しいならもう戻るか?一緒に月を見れたからな、もう大丈夫だ」
名残惜しそうにしながらも聞き分けのいいふりをするギロロに少しだけ腹がたつ。普段はどんなにやめろと言っても聞かないくせに、こんな気を使って欲しくないときにだけ気がきく。名残惜しいのが自分だけだとでも思っているのか、とひとりごちながら頭の中でやらなければいけない事とそれにかかる時間を計算していく。少し余裕を持って作業していたので、少しくらい遅れたところで、全体に影響はないし、どうしても間に合わないようならケロロから頼まれている次の侵略作戦用の装置の完成を少しだけ遅らせれば問題はない。ギロロは怒りそうだが元々納期があるわけでもなかったし、進んでいない侵略作戦が1日くらい遅れた所で、支障はないだろう。
「もうちょい見ていく」
「そうか?」
嬉しそうな声に思わず笑みが溢れる。ギロロの指に指を絡めて、今夜の月によく似た色の男を見上げた。冗談めかしてなら幾らでも言える言葉は、こんな時に限って出てこない。
「先輩、今晩空いてる?」
「もちろんだ」
何とか絞り出した言葉が、ぎゅっと握られた手のひらに伝わるギロロの熱に溶かされていく。ちゅっと髪に落とされたキスでは物足りず、唇にキスを強請れば唇だけではなく頬や首筋にまでキスを落とされる。腰の辺りで怪しげに揺れる手の甲を抓ってギロロの唇を奪った。
「続きは先輩のテントでな」
ギロロがう、と苦虫を噛み潰したような顔で呻き声を上げるが、すぐにここがどこかを思い出してくれたようで、立ち上がる。流石にこんな誰が来るかもわからなければ、遮蔽物もないような場所では我慢が出来るくらいには理性が仕事をしていて安心した。
「行くぞ、今行かないなら辛抱してやれん」
差し出されたギロロの手を、今度はとって歩き出す。
夜はまだ終わらない。






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