マリヒュ/モブ視点








今日もいつもと変わらない1日が始まる。
朝起きて、身支度を整え、昨日の売れ残りの果物を切って、皿に盛り付ければ完成の簡単な朝食を口にする。売れ残りが余りにも多い日にはジュースにする事もあるが、面倒なのとそれだけの時間がない事の方が多いので、実行することのほうが少ない。
その簡単な朝食を三人分用意し、食べたのを確認してから夫と子供を送り出す。朝一から回していた洗濯機が停まっていたので、ベランダまで運んで干しておく。今日みたいに天気のいい日なら乾くのも早いだろう。
庭に出て花たちに水をやる。庭、といってもそれほど立派なものではなく、家の傍で少し育てているおまけのようなものだ。その日に何が咲いているかに合わせて小さなブーケをつくり、やっている果物屋の片隅に、果物と一緒に並べている。ブーケを作るために花を植えているわけではないので、花屋には負けるが贔屓目に見ても個人の趣味としては悪くない、と勝手に思っている。ブーケがない日もあれば、たくさん並ぶ日もあるが、これが意外と好評で、思いのほかよく売れている。今日はダリアとバラが綺麗に咲いているのでそれぞれをメインにした2つのブーケを作っていく。ダリアに合わせてアイビーを、バラにはかすみ草を、バランスを考えながら切っていく。長さを切り揃え、下の方に付いている邪魔な葉をむしり落とす。下の茎の部分を紐で縛り、もう一度全体のバランスを確認しておく。あとはブーケ用に買い置いている包装紙で綺麗にラッピングすればできあがりだ。私の可愛い、第2の子ども達。時計を確認すれば普段家を出る時間の5分前で、慌ててブーケを袋に入れた。
ここから先が私にとっての本番だ。
よし、と声に出して気合いを入れなおし、ストラタの商業区にある小さな果物屋へ向かう。そこが私だけの小さな根城だ。そこでだけは私は母でもなく、妻でもない。ただの果物屋のおばちゃんになる。
「いらっしゃい、お兄さん!ひとつどうだい?」
いつもと変わらない毎日。客は入れ替わり立ち替わりくるくる変わるが“客”であるということに変わりはない。最も今の旦那は元“客”なので一概に変わらないとは言えないが、もうこれ以上どうなるというようなこともないだろう。
「すいません、りんごを6つ、とバナナを4つお願いします」
一目見てすぐに軍人だと分かった。ストラタの商業区に店を構えている以上ストラタの軍人を目にする機会も多いし、なんなら買い物にだって来てくれる。自分が住んでいる国の軍人さんの服装位はいくら私でも知っている。
年はそれほど重ねていなさそうで、それでいてどこか大人びた、少年というには育ちすぎているし、大人というには幼すぎる。クリッとした目と、短すぎるくらいに切った短髪がより少年の風貌に近づけさせているのかもしれない。ちょうど今年で16になる私の息子と同じくらいの年齢だと思うのだが、こんな年から既に仕官しているとは驚きだ。一般兵とは着ているものが違うので、あの年にして階級を駆け上がったのか、それとも親の影響を受け、功績だけ与えらているのか。物腰が柔らかく、年に似合わない丁寧さを鑑みれば後者でもおかしくないような気もする。
対してその青年の横に立つ男性は青年とは全く別の服装で、お世辞にもストラタ軍人には見えない。年齢は私とそう変わらないように見える。30代後半か40代前半くらいだろう。刀を背負っているくらいだから警護される側でもないし、かといってこんな街中の魔物も寄り付かないような場所で、それも軍人が傭兵を連れて歩いている姿はあまり見かけない。年齢差からいって親子でもおかしくはないがそれにしても似ていない。青年と一緒になって笑いながら、後はアレが必要だとか、コレを買うのを忘れている、と話す姿も、仲睦まじい親子のように見える。それにしては青年の方が敬語で接しているのが気になるが、最近は親子でも敬語で話すのが流行っているのだろうか。
日がな果物とブーケばかり売っていると、来る客の方にばかり意識がいく。見た目や雰囲気、話し方や姿勢でその人がどんな人かを想像するのが、もはや私の趣味といってもいい。チンケな響きではあるが人間観察、というやつだ。
長年こういう客商売をやっていれば、常連もできて見知った顔が多くなるが、今後会うことのなさそうな旅の人もいれば、定期的に見かける商人や、街の住人もいる。
人の顔を覚えるのは得意な方だが流石に月に一度は顔を見ていないと印象に残らず、よっぽどの事がないとそのまま記憶の片隅へと追いやられてしまう。
男が結婚した相手の女性の連れ子がこの青年で、長い年月をかけてようやく父親と子供として接することができるようになってきた……というところまで考えてから流石に話が出来すぎていると思考を打ち切った。親子、というには無理があるのかもしれないが叔父と甥のような親戚関係にはあるのかもしれない。
考えをくるくる回らせながら、手はちゃくちゃくとリンゴとバナナをつめていく。
ふと、考えが口をついて出た。
「ふたりは…家族なのかい?」
すぐにしまった、と思った。人には踏み込んではいけない場所があり、赤の他人がやすやすと踏み込んではいけない話題というものがある。ちょうど今みたいに。
眼鏡の青年の顔が曇る。心を閉ざして、何事もなかったふりをして、笑っている。無味無臭の乾いた笑み。
私が当初危惧していたような、本当の親子ではないという背徳感や違和感、嫌悪感ではなく、どちらかというと親子に間違われたことに拒否反応を示しているように見受けられる。家族に間違われたくない、というのであれば私が考えていた仲良くなってきた義理の親子とはまた違った関係なのかもしれない。義理の親子なら、親子と間違われて怒ることの方が少ないだろうし、壮年の男性もおもしろがったような顔はしないだろう。仲が悪そうならともかく、あんなにも仲が良さそうだったのだから尚更だ。
人と話すのはどこかで読んだあらすじしか覚えていない本を探すのに似ている。どの本が正解なのかは実際に読んでみないと分からない。膨大な量の本の中からこれだという一冊を手探りで探していくのだ。天気の本から探す人もいれば、自分の得意なことに関連した本から探していく人もいる。私のように何も考えずにただ一番近くにある中で目に付いた本をぱらぱらとめくってから考え始める人もいる。
どんな人にでも突かれたくない心の路地裏があり、トラウマがあり、語りたくない話題が存在し、聞きたくない単語というものが存在する。それは人によって様々で、本当に素敵だと思った服装を褒めたら嫌がった人もいたし、仕事帰りですか、と声をかけただけで怒って帰ってしまった人もいる。それが他人にとってどんなにつまらない事、他愛のないことでも当人にとっては大問題で一大事なのだ。私はそんな話題や単語が原因で入り込んでいしまった、人の心の仄暗い、攻撃的な部分を心の路地裏と呼んでいる。
そんな心の路地に迷い込んでしまった後にはいつも何を話していいのか分からなくなってしまう。心の路地はいつだって荒んでいて、ひとたび迷いこめば待っているのはあからさまに向けられる鋭い視線だ。間違っても入ってくるな、ここで何をしている、ぎょろりとたくさんの目が無言で攻め立ててくる。額から冷や汗が流れるのが分かった。少年の、無言の、抵抗。
「まぁ、そんなところだ」
壮年の男性が口を開いた。眉を片方だけ寄せて、言葉もなくなぁ?と話しかけている。頑なに心を閉ざしていた青年の顔つきが変わった。
きょとんとして、どこか理解し難いといった表情を浮かべるがすぐにナリを潜めていく。次に浮かんでくるのは多分怒り。眉を寄せて、眉間にシワが少しだけ寄っている。一体何を怒る事があるのかは分からないが、その根本にあるのがこの青年の心の路地裏なのかもしれない。
「どうせ僕は子供ですよ!“おじさん”はもう中年なんですから、もっと食べ物に気を使ったらどうですか!」
青年がこちらに、ではなく男性に対して怒りながら、足早に立ち去ってしまう。男性の方は呆れたようで、でもどこか嬉しそうな顔でこちらに向き直る。
「悪いな、気難しい年頃なんだ」
「いえ、こちらこそ不快な思いをさせてしまったみたいで……すいません」
「いくらだ?」
「……あっ、1400ガルドになります」
心の路地裏に迷い込んでしまった時に、それでも品物を買っていく人は珍しいので少し戸惑ってしまう。渡されたガルドを確認すると、少しばかり額が多い。
「お客さん、ちょっと多いよ」
「いいんだ、それはそこのブーケの分だ。バラの方を貰っていいか?」
「えぇどうぞ。今袋に……」
「いや、すぐに渡すからそのままで良い」
笑顔でブーケと紙袋を抱えて走り去った男性に遅れてありがとうございました、と呟いたがおそらく本人には届いていないのだろう。
今の表情を見て考えが揺らぐがそんなことはありえない、筈だ。
仕事帰りに奥さんに花を買っていく男性、彼女にどれがいいか一生懸命選ぶ男性、今から好きな子に告白しに行くんだと笑顔で語る少年。そのすべての人物と全く同じ、愛しい人への贈り物を選ぶときの顔。
そんな顔を浮かべていたあの男性はいったい誰にブーケを贈るのだろうか。男性が走り去った方向に視線をやり、目だけで追えば、良くも悪くも目立つ風貌故に、目的の人物はすぐに見つかった。その目線の先では男性がブーケを青年に手渡していた。距離があるので会話の内容までは分からないが、青年が顔を真っ赤にしている。その真っ赤な顔を隠すように顔に手をやったあと、何か喋っている。男性の方が嬉しそうに笑顔をこぼし、青年の肩に手を回しながら歩き出すが、すぐに青年にその手を払われている。一風変わった二人組はそのまま人ごみの中へと消えていってしまった。似ていない親子や親戚ではなく、恋人だったのだろうか。
「まさか……ね」
そんな事、あるはずがない。……のだろうか?
「おばちゃん、桃ちょうだい!」
「はいはい……」
私の好奇心を駆り立てる、一風変わった二人組のことは記憶の引き出しにしまいこんで”客”の相手をする。私のいつもと変わらない日常の非日常が、終わってしまった。





今日のブーケはダリアとバラ。
花言葉は『友情』と『愛情』










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