ピオジェ
君の口唇に触れるまでまであと3cmとちょっと
【男女痴情】
手で簡単に銃の形を真似た。
形作ったそれをそのまま自分の頭に強く押しつけると伸ばしっ放しの爪がくい込み痛みを知らせた。
「ばぁん。」
嘯くように笑う。
「何やってんですか?」
「んー」
問い掛けに返すのは意味などどこに見当たらない呻き声にも似たそれ。
「陛下、」
咎めるような目付きでこちらを見る男に銃の形を真似たそれを突き付けた。
「陛下、お戯れもほどほどに…」
「わかってる。」
きつくきつく握り締めるように真似た銃の形をいとも容易く解き去る。
おどけたように両手を顔の少し上でひらひらと降って見せれば呆れたふうに零れる溜め息に押し潰されそうになった。
「なぁ、ジェイド。」
「なんですか?」
呼び掛ければ意味を問う返答。
「ジェイド、」
「だからなんですか、と…」
「愛してる。」
澱みなく繰り返すどこまでも黒くくすんだ愛の言葉を吐き出せばどこか馬鹿らしくて。
「陛下、言う相手を間違えてますよ。」
わざとらしくも他の大臣や軍人達のできの悪い模倣のように『血筋を絶やすな』と暗に伝えてくる。
「可愛げのない事ばかり言いやがって、少しは可愛げのある事を言ったらどうだ?」
「誰かさんによると私は『可愛くない方のジェイド』だそうですから仕方ないんじゃあないんですか?」
どこかいじけたようにも聞こえるその言葉に無視を決め込み何もなかったかのように。
「それにしても退屈だな。」
「それなら陛下の机の上にある書類の山を片付けてはいかがですか?」
「それだけはごめん被る。」
途端零れる笑い声は小さく小さく。
「笑うなよ。それより何か用があるんじゃないのか?」
「あぁ、陛下があまりに頭の悪そうな事をしているので忘れていましたよ。」
「お前なぁ。いくらなんでもひどすぎるだろう。」
「そうですか?」
心外だ・と言いたげにしながらも本来の目的であろう書類をこちらに放る。
ちらりとそちらに目をやれば後は署名をして判を押すのみとなっている。
インク瓶の蓋を開ければ独特の香りが匂った。
開けたばかりのそれに羽ペンを浸して適当に署名をし、判を押す。
「ほら、できたぞ」
まだ乾き切っていない署名と判の部分にふー・と息を吹き掛け十分に乾かしてから放り返してやる。
ヒラヒラと舞っては落ちるいささか掴み難そうなそれをジェイドが器用に受け止める。
「ありがとうございます、陛下。」
「なぁ、ジェイド。」
「何ですか?先に言っておきますけど『愛してる』なんて戯言は聞きませんよ。」
にこりと笑うその顔は絶対零度の。
「愛してる。」
「だから…いえ、もういいです。」
「なんだ、今日は自棄に素直だな。」
「そうですか?」
あぁ、と感嘆にも似た声を零せば帰ってくるのはなにもなくて。
「それでは失礼します。」
沈黙に負けたのだろうか(そんな事は必ずしもありうる事などないというのに)ジェイドが自棄に重々しい扉を開いた。
「ジェイド、愛してる。」
返事は無かった。
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