ピオジェ/学パロ
ひとつ、ふたつ、咳が零れる。風邪でもひいたかと思いながらも黒板に描き出される奇妙な文字の羅列をノートに模写していく。自分の席よりも遥か向こうでふらふらと同じところを歩き回りながら黒板をぱしぱしと叩いて何事かを大声で叫ぶように説明している生え際のかなり危ない中年の男。頭に霞がかかったように意識が朦朧としてうまく理解できないので諦めて取りあえず前を見ておく。目の前でちらつく金色がふと消え失せて瞳に写った青色に奪われる視線。
「ジェイド これやるよ、ってお前どうかしたのか?顔色悪いぞ」
机に上にころりと転がったキャンディを視線で追いながら頭の中で何度も言葉をかみ砕き、反復させてからようやく自分の体調の是非を問われているのだと理解し平気です、と言葉を滑らせた。そんなことなどまるで気にしていないかのように熱は、と額をくっつけようとしてくる彼。急に近付いてきた顔に驚いて目を伏せれば期待しているのかと揶揄される。違う、と言おうとすれば今度はその口唇をふさぐように覆いかぶさる彼の口唇。いくら席が一番後ろで人目に付きにくいからといってまったく見えないわけではないというのに、彼にはまったくこまったものだ。
肌と肌が触れた途端、彼は驚いたようにぴくりと眉をつり上げいつもよりももう一つ低い声色でこの馬鹿野郎、と小さく呟いた。普段からそれこそ自分何かと比べるとかなり活動的な彼はすぐに前で未だにふらふらと同じ場所を徘徊している中年男に何かを言っているかと思えば来い、と手を引かれた。文句を言うことも出来ずにそのまま手を引かれる。
「まったく、どうして熱が出てるのに学校に来るんだよ。体調が悪いなら家で休んでればいいだろう」
少しばかりの怒りと呆れがおり混ざったような声色に何も言えずに俯いて下唇をかみしめた。
「ああもう、悪かった。俺が悪いからそんな顔するな。」
「すみません。」
「お前が謝ることないだろう。」
「でも、」
「でもはなし。」
反論をいとも容易く蹴散らされ成す術もなくなりまた同じように俯いて彼に手を引かれるままに後を追う。いつもは温かい彼の手は今日は冷たいのか、と思いながらも自分のそれとは全く別物の少しだけごつごつとしたほんの少し見ただけでもすぐに男の物だとわかる指先に視線を這わせ、逆の手に握られた二人分の荷物になんて用意周到な男なんだろうと呆れさせられる。
ああ、てっきり保健室にでも放り込まれるのかと思っていたのだかどうやら違ったらしい。(この方向にあるのは保健室なんかではなく下駄箱だ)教室とはうってかわって冷たい空気の充満して居る廊下を歩けば教室にいたときと比べれば随分と頭がすっきりした。
思考回路が徐々に冴えを取り戻し、そういえば彼は教室をでるまえに担当の教師に何を言ったんだろうかと思う、あの時間は記憶が正しければ古文の授業でこの学校の古文の担当の教師は頭の堅い頑固者揃いだと生徒の間では定評がある。(なにせ熱が出ようが体調が悪かろうがそれこそ生死に関わらない限り教室から出してくれないのだ)(それはそれで教師として問題があると思わなくもないが)だがどれだけ考えても分からないものは分からない。しかもそれが人の心理何かであれば尚更それに拍車がかかってくる(所詮他人の事など分かりっこないのだ)
「ピオニー、一体どうやってあの授業を抜け出して来たんですか?」
「秘密」
ああ、なんていじわるなおとこ!(そんなあなたの思考も心も分からない!それにしてもわからないことだらけで嫌になる!)
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