ピオジェ
この国の問題児兼皇帝は普段なら仕事など放り出して様々な場所をふらふらと放浪しているというのにどうやら今日は珍しく真面目に仕事をしているらしく、慌しい人探しの声も聞こえないしどこにいるのかと尋ねに来る人影もない。先日から誕生日だ誕生日だと騒いでいたものだからてっきりまた仕事を放り出してくるものだと思っていたのだがどうやら違ったらしい。
元々本日は休みだったのだが皇帝勅令などと称して呼びつけられたのだ。仕方なくこうして来てみたものの特にすべき事もなく、ソファに腰を落ち着けて暇つぶしがてらに適当な書物を埃まみれの本棚から引きずり出してきたのだがこれがまた面白くない。もう勅令など放り出して帰りたくなってきた、第一わざわざ休日に人を呼び出しておいて自分は仕事だなんてわざわざ呼ばれた意味がまるでない。
いい加減だらだらと意味もなく過ごす午後に辟易してきた頃、部屋の片隅の陛下ゾーンががたがたと揺れ、急な来客を告げた。
いい加減に人の部屋にはいるときはきちんとドアから入ってこれないのだろうか、あの人は。わざわざ呼んだくせに長時間人を待たせておいた腹いせついでにドアから入ってこない事を責めてやろうかと重い腰をあげ、おまけに先ほどまで目を通していた対して面白くもない本を手に出入り口(もちろん正式に作られたものではない)に足を向けた。簡素な蓋がひらかれて金の髪がひょこりとあたまを覗かせた事をいいことに手にした本をその頭めがけて振り下ろす。まるでもぐらたたきのようだと思いながらも嫌味たらしくにこりと笑った。
「まったく、貴方はドアから入れないんですか。」
「なんだ、ばれてたのか。せっかく驚かせてやろうと思ったのに」
「すみませんねー、そんな隠す気もない気配に気づかないほど間抜けじゃなくて」
「そんなことよりも、だ。ハッピーバースデージェイド!」
ぱんという破裂音と降り注ぐ色とりどりの紙くず、とそれからとびきりの笑顔に火薬独特の香り。何が起こったのか一瞬戸惑い、瞬時に訪問者の手に握られた小さな紙筒が全ての原因だと理解すると同時に馬鹿らしくなり、本来の出口へと足を進めた。
「帰ります。」
「ちょ、待て!」
痛いほどに掴まれた腕を払いのけ、その腕の持ち主へと向き直る。
「なにか御用ですか、へーか?」
「キモいからその口調はやめろ。それと勝手に帰ろうとするな」
「もしも本日の予定が祝っていらないと散々言った誕生日祝いなら帰らせていただきます、私も陛下のお遊びに付き合っているほど暇ではないので」
「全く、お前はすぐにそうやって可愛くない事を…。とにかくだ、お前は祝ってほしくないかもしれんが俺は好きな奴の誕生日を祝いたい。」
真直ぐな視線に射抜かれる。流石に真顔で言われると断りきれないのは、きっと私がこの人を嫌いになれない事と変わらない理由からなのだろう。
「夕食まででいいならお付き合いします。カーティスの方のお義父さんに食事に誘われましてね、断りにくいんですよ」
「善処しよう。」
「返す気ないでしょう」
「まあ、な」
ぐちゃりと浸食され、原形を失っていく細工がぼたりと落ちた。男が乱すまでは美しく真っ白な肌をさらしていた洋菓子は今は褐色に犯され、元の姿など想像もつかない。男はその乱雑に分断された洋菓子を手掴みで唇の前に差し出し、終いにはあーんなどと言い出した。
自身でさえ忘れていた誕生日などという日を、はっきりといらないと言ったのにケーキまで用意して、挙句の果てには食べさせてやる、と言うのだ。頼むどころか断りたいくらいのこちらからすれば迷惑極まりない話である。
早く口を開けろと急かすように唇の端をつつく洋菓子の塊に根負けして渋々口を開けば男は至極楽しそうに笑った。しかし、ケーキを手掴みで食べさせるというのは衛生上宜しくないし、仮にも三十路を越えた男が同じく三十路を越えた男にして喜ぶべき行為ではない。どうにかしている、いやむしろこちらがどうにかなりそうだ。
鼻から抜けていく甘い香りに口の中に広がる無駄に甘ったるい生クリーム。男の指先が再びケーキ、の残骸のようなものに引きつけられ一口大にちぎられたそれを摘んだ。
「陛下、もしかしてこれ全部食べさせるおつもりですか?」
「そんなに食えないだろう、それにディナーは別に用意させてある。」
「結局夕食までに帰してくれないんじゃないですか、私からも謝っておきますが陛下からも文くらいは送っておいて下さいよ」
「お宅の息子さんを嫁にくださいって書けばい「黙りなさい」
「冗談だ、そんなに怒るな。それに遣いを送っておいたから安心しろ。さて、そろそろ時間だし行くか。ほら、精々エスコートしてやろう」
するりと差し出される手のひらはまるで本当に女性をエスコートするように差し出され、はやく掴めと暗に訴えかけてくるのはまなざし。当たり前のように差し出された腕を無かったことにして私は席を立った。
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