僕はその時世界だった。身体が地球に溶けて僕は意識だけで世界に包まれていた。
そこには僕以外の誰も存在できないし、存在してはならない世界だった。僕は呟く。
「誰かいたのなら返事をしてくれ。僕は一人で世界になりたくない。」
返事はない。いつもの事だしここには僕以外存在できないのだから当たり前の話である。
地平線の向こう側からちらちらと明るい光が漏れだして僕の居る場所から徐々に黒を奪い去る。太陽が僕にぶつかり、どさと振りおとされた黒猫。あんなに派手で気持ち悪い女に良くもここまでくっついていられたものだと感心していれば黒猫はこちらをみて、みゃあと小さく鳴いた。
僕はその猫を飼うことに決めた。しかし僕の体はとうに世界に食べられてしまった から猫に触れることはできない。まずそのための身体を用意するところから始めなければならない。僕は一つの身体を作った。
猫を撫でる為の手を持ち、猫を抱く為の腕を持ち、猫と追いかけっこするための足をもち、猫を見る為の目を備えた。その身体は以前にどこかで見かけた人間のようだった。
僕はもともとは人だったのだ、だからこそ自然にその姿を選んだのだろう。
僕はその黒猫を精一杯可愛がった。
猫の為に前よりも太陽に近づくようになったし水を分けてもらい池も作った。猫が遊べるようにと芝生だって花畑だって用意した。だがある日僕が目を覚ますと猫は冷たくなっていた。僕は猫の墓を作った。
自らに生き物が死んでしまうのは仕方のない事だと必死に言い聞かせた。僕の世界 はもうおわってしまったのだ。猫のいない世界は僕の世界ではない。そういえば名前だってつけてやらなかった。どんなに涙を流しても呼ぶ名の一つだって僕は持ち合わせていなかった。
僕は今までやってきた事を全て放棄した。
僕の体だったものは土に溶け、木や草は瞬く間に枯れた。池は干上がり、大地は凍土とかした。
猫の墓さえ無事なら僕はそれでいい、世界が僕に溶けて僕が消えてしまっても何の問題もない。新しい世界が猫の墓を壊さずにいてくれる事を願うばかりだ。僕はもともと世界に溶けて世界になる為にこの地に置き去りにされ、そのためにみんな捨ててきた。心だけで僕は生きてきた。この地がとうに限界を迎えている事を知りながら。
一度荒れた土地は驚くほど早く崩れて行った 。僕の世界がぽろぽろと解かれて小さな石になって変わってゆくのだ。それはなんとも不思議な感覚だった。僕は猫の墓以外の地を全て切り離した、もうこの地では生きられない。どうせなら猫と一緒に死にたかった
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