同じ名前の双子










勢い良く黒々とてかるアスファルトを蹴りつけた、感じる風が頬に冷たくわたしを末端まで冷やす。流れる髪がうっとうしい、けれどそんなことを気にはしていられない。逃げなくちゃ!
後ろから何だか良く分からない罵声、できれば日本語でお願いしたいものだ。そんなことは構わずに無我夢中に男からにげる。回りには人っ子一人いない、またタイミングが悪い事だと小さく舌打ち。どうしてこんな時に限ってあんなわけのわからない男に追いかけられなければいけないのだ、私が一体何をしたというのですかただ肩が当たったくらいで騒ぎ立てるなんて本当にみっともない、私絶対に日本に永住しないわ!後ろをちらとみやれば少し息を乱しながらも必死に汗を撒き散らしながら追いかけ続けてくる男の姿に少しばかり落胆を覚えながらもペースは落とさずに短い地下道に逃げ込む。くねくねと曲がりくねった通路が少なからず男の体力を削ってくれることを信じたこともない神だかに祈りながら対策を立てる。しかし残念なことにわたしを追ってくる男にはある程度の基礎体力があるらしく追ってくるペースは一向に落ちない。(これじゃあわたし、まるでなぶり殺しだわ!)
ああ仕方ない、戦うしかないのか。ああもうこんなことうんざりなのに!ふと空を仰げばその暗さに吸い込まれそうになるとさえ思う、が違う。今は感傷に浸っている場合ではないはずだ、まず目の前のこの男を殺さなければ。脳が盛大に回転を始めきりきりと軋む脊髄にわずかばかり首筋を伝う汗。せっかくクリーニングにだして返ってきたばかりのセーラー服の裾が風に煽られ揺れる。少し遅れて私に追いついた男には私の中ではとびっきりの笑顔を見せてやる、人間笑顔を忘れてはお終いだとよく母が言っていた。
「ハロー、そこのちょっぴり浮かない顔したおじさん。私と一緒に遊びましょうか」
私は笑顔のまま鞄にしまってあった拳銃を取り出し男の眉間をめがけて全弾発砲する。よし、全弾命中。どうやら二年程度のブランクでは私の腕は鈍っていないらしい。ゆっくりと後ろに倒れ込んでいく男を見届けながらわたしは一気に男と逆の方向、つまり今来た方と逆の方向に向けて走り出す。いちいちあんな男が倒れきるまで見ているなんて時間が勿体ない。そんな暇があるのならわたしは一刻も早くこの男から逃げなくてはならない。わたしが一歩足を踏み出すか踏み出さないかの刹那に響き渡る男の叫び声。男の声もいよいよ人間のそれではなくなってきている、ああやはりあの程度では死なないか。遺伝子操作の実験台、生まれて殺されるだけの、憐れで、グロテスクな、制御不能の、不完全品。
人にも獣にもなれない異端の存在。
「不完全品が完全品に敵うと思ってるの?」とでも言ってやりたい所だが残念ながら二年前に人間となった今の私に力はない。走りながら携帯を取り出し既に覚えている番号にかける。1コール、2コール、3コール、諦めて切った。駄目だ、出ないこんな大切な時に…何の為にわざわざ携帯持たしてんのかあいつは分かってないようだわ、帰ったら怒鳴りつけてやる。後ろを見ればもとは人の形をしていた獣の姿。アンバランスなことに顔だけ人間であとは獣の姿だ。しかもでかい、もうびっくりするくらいでかい。前を見れば行き止まり、そろそろ本当にやばい。さすがにこのサイズには敵いそうにない…ああもう!なんで詠のやつは電話にでないのよ!
途端に行き止まりの筈の壁から声。見知った声ににやりと笑う。
「呼んだか?」
「遅い。詠、なにしてたの?電話したのに」
「おまえが電話切るの早すぎるんだよ、珱」
「五月蠅い。早く殺ってよ、あと弾持って無い?」
「俺にぬかりはねぇよ、ほら」
素早く鉛弾を受け取り装填するとほぼ同時に詠が日本刀を構える、これなら殺れる。頭に2発打ち込み、動きを止めるその束の間にすでに詠は間合いに入る。ひとつの瞬きの間に敵が消えていた。回りに飛び散る獣臭い腐乱臭に顔をしかめながら帰り支度を整える、帰ろうかと後ろを振り向けばがたがたと震えながら床に腰を降ろしている女の姿。制服が同じだ、同じ学校、下手をすれば同じクラスの可能性だってありうる。何せクラスメイトの顔など知らないし覚える気もないからだ
「どうする?見られたし殺しとくか?」と私達からすれば至極真っ当な意見を述べる詠は無視して女ににこりと微笑みかける。
「はじめまして、貴方も完成品でしょう?仲良くしましょう。私は珱、この思考回路がとっても駄目なやつも詠。」
「い、や!何!?何なの!私そんなの知らない!わた、しは、化物なんかじゃない!」
「五月蠅い女だな…なぁやっぱり殺そうぜ」
「詠は黙ってて。しっかし化物だって、傷付くなぁ」
「本当のことだろうが」
「まあ、ね。否定はしないけど」
「なんなのよ!貴方達おかしいわ!狂ってる!完成品って…あれは二年前に廃棄されたはずでしょ!どうしてここにい…」
立ち上ぼる硝煙の香りがうざったい。ついでに気分は最低だ。名前も知らない女の身体が砂に変わる、嗚呼やはり完全品だったんじゃないか。
「あーあ、おい珱。いいのか?貴重な生き残り殺しちまって」
「いいのよ、あれはもう駄目だった。残り粕には興味も用もないわ」
「ひでぇ女」
「なんとでも。さて、今度こそ帰ろうかしら」
「バイクなら上にあるぜ」
「さっすが詠、そういう生活していくために不必要な点において秀でてる」
「それけなしてるだろ」
「うるさい、私に何か言われるのが嫌ならかかってきた電話くらい3コール以内に出なさい」
階段をゆっくりのぼりながら双方とも全く本気になんてしていない軽口をはきだし、詠が乗ったバイクの後ろに跨がる。下でエンジンが心地よい音をたてるのを聞きながら走り抜ける街を眺めた。きらきらとまやかしの光で彩られる影では女が売られ、男さえも売られる。
ぼんやりと流れる景色を眺めていたところへふいに訪れた一件の着信にきっちり2コールで通話ボタンを押した。
「少し前に詠がでていったんだ、君が危ないからと。大丈夫だったかい?」
「ええ、平気よ伯父様。詠も今隣りにいる、変わりましょうか?」
「いいや遠慮しておくよ。今から帰ってくるんだろう、気をつけて帰ってきなさい」
「わかりました、伯父様。それじゃあまた」
プツンと通話が切れると単調な電子音が鳴り響いた。携帯を閉じると同時に詠が不機嫌そうな声色で話をはじめた。
「またあのおっさんかよ。ストーカーかっての」
「詠、口が悪い。伯父様はいい人よ」
「いい人かもしれないが善人ではないな。第一あのおっさんは俺達の事毛色の変わったペットくらいにしか思ってないぜ」
「それでもいいの、私達を化物と言わずに迎えてくれた。それだけで充分よ」
「はいはい、分かったからその口閉じてろよ。舌噛んでもしらねぇからな」
私は大人しく口を閉じる。この場合は詠の言う事の方が正しいのだ。何故なら伯父様の家は山の中にあるにも関わらずそれまでの山道はほとんど整備がされていない。街中の整備されたアスファルトからでこぼことした山道に入った今、いくら小型とはいえバイクで走っている最中にのんびりと話していれば何かの拍子に舌を噛む事はけしておかしい事ではない。
詠に言われればそれがどんな正論であろうと否定したくなるのが私の性なのだがこれには大人しく従うしかない。舌を噛む痛みとちっぽけなプライドを曲げるのとを天秤にかければ悩む間もなく天秤は痛みに大きく傾いた。


















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