少年と異形の少女










「文、ここから逃げよう。このままここにいたら君の主様が君をとり殺してしまう」
真面目な声。このところ彼はこの話ばかりだ。でもそれでは駄目、彼はここにきてはいけないのに
彼を拒みきれない、早く家に帰さなくては
「良いのよ、それでも。私はこの鳥籠の中で主様と死ぬの」
「駄目だ!もう君の羽はボロボロじゃないか」
「どうして?私はこのままで幸せなのよ。主様は私の羽が私を食らいつくさないようにお手伝いしてくださってるだけなの」
「違う、あいつは君が苦しむのを見たいだけだ!」
「なんて酷い事を言うの、もう嫌!でてって、主様に言って二度と来られないようにしてもらうんだから!」
彼を無理やり部屋から押し出して扉を閉め、ごめんなさいと呟いた。お願いだからもう来ないで、貴方までこの屋敷に捕らわれる必要なんてない。この屋敷に捕らわれるのは主様と私だけで良い。

「おや、文。そんなところでなにをしているんだい」
驚きでどきどきとうるさい胸を押さえながら笑顔を作り、振り返る。そこには車椅子に座った私の主様がいた。
「何でもないわ、主様。ねぇ主様、お願いがあるの」
「なんだい、文」
「あの子をうちに入れないで頂戴」
「文が嫌ならそうしよう、なんなら二度と歩けないように足を折ってもいい、門を上る腕を切ってもいいな」
「駄目よ、駄目!あの子には何もしないで!ただ門を閉ざしてくれるだけで良いの」
「そうか、ならばそう取りはからおう。文、おいで。その羽で私を救っておくれ」
車椅子から崩れ落ちるようにして私の背中に顔を埋める主様。少しの間そうしたままでいると冷静さを取り戻したらしい主様がメイドを呼び、車椅子の上に座り直す。私はそのメイドに手を引かれ、薄暗い食卓へ連れて行かれ、広い机の上に俯せに寝かされる。
今からなにをされるかなんて分かりきっていた。

私は主様に食べられる。

食べると言ったって別に私の手足をもいで料理する訳じゃない、ただ主様は私の羽を食べるだけ。
私なんて所詮人間の亜種みたいなものでしかないのに可哀想な主様は私を天使のように扱い私の羽さえあれば不老不死さえも手に入れられると信じている。私が主様の為にしてあげられる事なんてたかがしれているし、私は所詮親に疎まれ、売り飛ばされただけの小娘だ。何の力も持たない異形の存在など物好きに高く売り飛ばされるか見世物としていたぶられるかくらいしか選択肢がないのだ。運良く誰にも気づかれなかったとしても周りの目に怯えながら一生を過ごさなくてはならない。
どちらにせよ主様に金で買われた私に選べる道などない。私は弟さえ無事ならそれでいい、彼さえ無事なら私なんてどうなったっていい。私は主様とこの屋敷で死ぬ、それでいい。
私の羽は陰気な顔をしたメイドの手によって毟り取られていく。不思議と痛みは感じない。
私の手のひらくらいの大きさの皿の上にのせられた羽は嫌に気持ち悪い。毎日のように繰り返される行為は私にとってもはや何の意味もない。
「可愛い私の文、どうか私を救っておくれ。文、文、文はどこだ、文は」
主様が突然暴れだした。特に珍しいことではない、普段は二日に1回あるかないかくらいなのにひどい時は一日で5・6回こんな状態になる。私が止めるまで主様はいつだってずっとこんなままなのだ。
「主様、大丈夫。私はここにいます、主様早く目を覚まして」
「ふ、み 文か、そこにいるのか」
「ええ、私はここにいます、主様」
「文、ああよかった、お前がいなくなってしまっては私の夢は生涯叶うことはなくなるのだ、私の命は無残に尽きて消えるのだ!」
主様は自分はすでに死んでいて、私の羽を口にすることで生きながらえていると思っている。馬鹿な人、私の体に顔を埋めて泣きながら私の名前を呼び続ける主様はまるで子供のようだ。
「文、お前がいないと私は死んでしまう。お前の身体が羽になって空へと消えていくんだ、文やめてくれ、行かないでくれ」
「主様、私はここにいる、私は主様と一緒に生き、主様が死んだときにこの屋敷で死にます。」
「ふみ、ふみ、お前が消えたらあいつを喰おう、お前の大切な弟、お前がただ唯一愛した弟、憎い、憎い、あいつが憎いなぜ私ではいけないなぜあいつでなければなかったあいつさえいなければおまえはわたしのものに」
「主様!あの子には何もしないで、そういう約束でしょ!」
「………すまない、取り乱してしまったようだな。分かっている、あいつには何もしない。」
「私は主様の側から離れません、だから主様は安心して」
「そうだな、お前は私から逃げない、逃げられない」
「父様ったら馬鹿じゃないの、そんな下卑た女になんの力もないわ」
主様の後ろから私に蔑んだ目を向けるのはお嬢様だ。主様の唯一の血縁で主様の半黒魔術趣味と私の事を嫌っている、積極的に好かれようとした覚えはないけれどこうあからさまに嫌悪されるのは良い気持ちではない。
「父様しっかりなさって、父様を救えるのはこんな化け物でなくお医者様よ」
「うるさい!そうやって私を騙そうとするのか!お前がなんといおうと文は私に救いの手を差し伸べにきた天使なのだ、現に私の生存がそれを証明している!」
何ら変わらないいつものやりとり、お嬢様はいつだって主様には裏切られたような傷付いた顔で、私には嫉妬と憎しみの入り混じったねちこい視線を向ける。私はいつだって知らないふり、主様の味方をしてもお嬢様の味方をしても私の扱いも立場も何も変わらない。私は主様にとっての天使でお嬢様にとっての疫病神であり続ける。
「父様、よく聞いて下さい。そこの一人サーカス女はただの人間で、羽になって消えたり、人の命を救ったり長らえさせたりする事はできません」
そんな事私が一番知っている。何度言っても主様が聞かないから理解させる事を諦めただけで天使になりきっているつもりなんて全くない。それにしても一人サーカス女はひどいわ、私は好きでこんな羽なんて生やしてるわけじゃないのに
「父様は実の娘である私よりもそこの無学で汚らわしい女を信じるのですか?お願いですから目を覚ましてください」
「うるさい!お前など知らん!出ていけ!お前たち、何をしている、こいつを早く外へ連れていけ」
「父様!…止めなさい無礼者、メイドの分際で私に触れるな!」
「お嬢様、旦那様は病んでいらっしゃるのです。どうかここはお引き下さいませ」
「ふんっ、この売女が!早く出ていけ!」
「主様、さすがにお口が悪くありませんか?」
「すまなかったな文、文お前は私だけの天使だ。どうか私を救ってくれ」
主様は病気なのだ。詳しい病名は知らされていないし、また知らされたところで私の理解が追いつくとも思っていない。確かに父親に忘れ去られるお嬢様には同情するが私がお嬢様の為にできることなど殆どないしお嬢様がそれを望んでいるとも思えない

















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