男と女
放課後の教室で夕日に彩られた細い髪を手にとればたやすく手のひらを零れ落ち、残像だけを残して見もしないどこかに消えた。
「あ、」
ぽつとこぼれた言葉に意味なんてなかった。ただ不幸にも目の前で息を潜めるように眠っていた彼女を起こすには充分だったようで、いまにも閉じてしまいそうに目を細めておはよう、と儚げな笑みを浮かべた。
「なんだ、まだ寝ていてよかったのに。」
「もう充分寝たから良いよ、それより眼鏡知らない?」
「知ってる、けど教えない。別に目、悪くないんだから眼鏡止めればいいだろう。」
「うるさいな、あなたに言われる筋合いなんてないよ。」
「はいはい、悪かったって。ほら 眼鏡」
そっと握っていた眼鏡を手渡してやればレンズに指紋がついているなどと文句を言いながらもなぜだか常に常備している眼鏡拭きできれいに眼鏡をふいてからふう、とひとつ溜息を落とした。ふと窓の外を見やれば夕陽は傾き、はるか遠くの地平線に呑み込まれ始めていた。
「そう、あのね わたし死ぬならこんな天気のいい日に死にたいな。だからねもし、そのときは 一緒に死んでね」
「嫌だよ、僕は君と生きるんだから!」
「嫌よ、わたしはあなたと死ぬんだから」
それからなんだか急におかしくなって、僕がくすりと笑うと彼女もつられるように笑った。
「まあこんな夕陽の綺麗な日になら死んでもいい」
「嫌よ、わたしはあなたと生きるんだから!」
「あのさ、さっきと言ってること違うよ」
まるで俯いたままの顔を隠すかのようによりかかり、すっぽりと僕の胸な中におさまった彼女はいつもとは違い、脆く崩れ去ってしまいそうだった。言葉をなくして立ち尽くす僕とその僕によりかかる彼女。ああ、これじゃ 僕、ばかみたいじゃないか!なおも僕によりかかったままに彼女は言葉をつなげる。
「いいの、それで」
「うん」
「だから、さ もうちょっとだけそばにいてね」
「うん」
「わたしが死んだら溶かして食べてね」
「うん」
「あなたが死んだらわたしもしなせてね」
「うん」
「すきだよ」
「うん、知ってる。」
「そっか」
「うん」
「ねえ、好きだよ」
「うん」
「ねえ、」
「うん」
「……」
それから永遠とも思える時間を僕は息を潜めて過ごし、俯いたままの彼女の表情は見えないまま夕陽が僕らを朱色に染め上げていった(朱に交われば赤くなる。それはあくまで染まった方の弱さでしかないのだ。)(それなら僕はどれだけ弱いのだろうか)
そして彼女は夕陽が沈む直前に小さくごめんと言い残して僕の胸の中から走り去った。パタパタと廊下をたたく彼女の足音、と教室にひとり取り残された僕。まだかすかに夕陽をやどす僕のシャツには彼女のぬくもりと記憶に残っている澄んだ水のような彼女の声。おいてけぼりの僕の心の中にはむずむずと、ぐずぐずと胸がさざめきうだるようななんとも言えない心地の悪さ。
はにかむように笑う彼女の顔が脳裏にまたたいては消えてゆく。ああ、ひどく気分が悪い!
しかし、僕はそんな彼女をいつのまにか愛してしまっていた。
そうして夕陽は完全に沈みきった(さらばだ、美しき夕陽よ また逢おう!)
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