ミナ山/捏造設定あり









「山田さん、ちょっとお願いしたい事があるんですけど、今時間大丈夫ですか?」
「おぅ、どうしたー?」
出入り口の近くの小窓を覗き込んだミナトから声がかかる。やらないといけない事がないわけではないが、急いでやる必要のある事はひとつもないので、快く応じる。
間延びした返事を口にしながら寮長室の外へと出ていけばいつもの緑のエプロンを身につけたミナトが待ち構えている。
「ちょっと来てください」
ん、と返事を返してミナトの後をついていく。日曜日だというのに寮の中が静まり返っているのを感じてから、寮生はミナトを除いた全員が外出している事を思い出す。寮生の中では年上の、健全な青少年はどうやらキッチンにこもってせっせと何かを作っていたようで、辺りには甘い香りが広がっている。
「パウンドケーキ焼いたんですけど一緒に食べません?」
「食べる」
年下の恋人の中には俺が食べないと返事をするという可能性はなかったようで、既にケーキは切り分けられて綺麗にお皿の上に盛られているし、ご丁寧にコーヒーまで用意されている。
平日は学校と練習であまり多く時間を取れないせいか、夕食は作ってもデザートまでは作らないミナトも、予定のない休みの日にはよく甘いものを作っているし、寮長室までわざわざ届けてくれることもある。そのレパートリーは驚く程多く、どれも美味しいのだから文句はないが、もっと同級生と遊んだりしなくても良いのかとたまに心配になる。
学生の期間は当の本人達からすれば長い時間だろうが、大人になってから考えると通り過ぎるだけの眩い一瞬の期間で、二度と取り戻すことの出来ない儚い時間だ。その時間をプリズムスタアになるための練習に費やすのは本人の決意だが、それ以外の時間を学生として友人と遊べるのは今だけだし、学生の間にしか出来ないことも山ほどある。
「山田さん前にくるみが好きだって言ってたんで入れてみました」
ミナトが座るのを待たずに一口大に切り分けたケーキを口の中に運べば、ミナトの視線が追いかけてくるが、その視線に咎める色はない。
「さっすがミナト!美味しい」
「それなら良かったです」
真夏の向日葵のような笑顔はただただ眩しい。いつかの俺もこんな無邪気な顔で笑っていたのだろうか。
「なあなあ、ミナトってやっぱりコウジに憧れてここに入ったの?」
ついこの間寮生たちが食堂で集まって誰に憧れてここに入っただとか、話をしていたのを思い出して、ミナトにも聞いてみたくなった。
真向かいではなく真横に座ったミナトがフォークを片手に首をかしげる。
「今憧れてるのはコウジさんですけど、きっかけは子供の時にみたプリズムショーですよ」
「ふーん、誰の?」
「それが誰だか分からなくって、急病で来られなくなった人の代わりに来たっていうのは覚えてるんですけど……。その人のプリズムジャンプがすごい綺麗でキラキラしてて、人をこんな気持ちに出来るなんですごい!僕もやりたい!って子供みたいですよね。まあ子供だったんですけど。」
今いるメンバーは殆どがオバレの三人の誰かに憧れて入ってきたものだと思っていたので少なからず驚いた。
その記憶の片隅に追いやられても尚色褪せない消えない面影を脳裏に浮かべながら話を続けるミナトの瞳は宝石のように煌めいていて、上手くいかない事がどれだけ辛いかも知っているし、どんなに努力したって努力の結果が全てではないし努力の量で売れる訳じゃない事も分かっているけれど、この自信のない努力家の夢が叶うようにと神様にでも願いたくなる。
ずっとこの寮の中で見てきた光景は決して夢や希望に溢れたものではなかったし、どちらかというと夢に破れ、努力に裏切られ、才能に傷付き去っていく者の方が多かった。努力して才能に恵まれて、スポットライトの下で輝けるのはいつだってほんのひと握りの人間だけだ。そしてそのスポットライトも気まぐれで、いつ消えるかは分からない。
「憧れてただけで、実際に目指すのはこんな年になっちゃいましたけどね」
「俺からみればミナトはまだまだガキだよ」
「またそうやってすぐ子供扱いする、子供扱いはやめてください!」
「悪かったって」
子供扱いされてすぐにカッとなる所がやはりまだ子供らしい、と口に出せばまた怒られるのだろう。他の寮生が各々出かけたりしているのをいい事に、怒りをあらわにしているミナトをそっと押さえつけて唇を奪う。すぐに押し黙って、みるみるうちに赤くなるミナトが年相応に子供じみていて可愛い。
「なっ、にするんですか!」
「んー、なんだろうなー、何だと思う?」
大きなため息をついたミナトが頬を赤くしたままでケーキにフォークを伸ばす。
子供のフリをして大人に守られていてくれればいいのに、一生懸命背伸びをして大人であろうとする青年は、何かをブツブツと言いながら黙々とケーキを口に運ぶ。
好き、のこの気持ちだけでずっと付き合っていく事は出来ない。ズルズルと続いた関係はいずれスキャンダルとなってミナトの未来を潰すかもしれないのに、それをきちんと理解しているのに、いつまでもミナトの手を放す事が出来ない。
「……ダメな大人でごめんな?」
「何の話ですか?」
「何でもない」
理由を言えばまた怒る事は分かっているので理由は口にしない。
プリズムスタア候補生が候補生ではなくなるまで、プリズムスタアになるまでの少しの間だけでいい、そのまばたきよりも短い一瞬だけは、恋人という関係でいたい。
「そういえば、その後に帰り際のその人に会って、花とかあればよかったんですけど子供だからそんなの持ってなくて、そのときに1番大事にしてた玩具を渡したんですよ。お母さんには後から怒られましたけど」
遠い過去の記憶から引き出してきたはずのミナトの口から出てくる言葉はどこか記憶に懐かしい。
「その人がいたからプリズムスタァになりたいって思ったんですよね」
そういえば、まだステージに立っていた頃に小さい子供に玩具をもらった事がある。ちょうどその時に流行っていたらしい音の鳴るヒーローの玩具は必要ではないし、気持ちだけで十分嬉しいから、と返そうとしたのだがその時の子供は頑なに受け取ってくれなかった。流石に電池だけは捨ててしまったが、今でもファンレターなんかと一緒に箱の中にしまいこんであるはずだ。
色んな事が重なって全てが上手くいかずに落ち込んでいた時に、たまたま同期が怪我して行けなくなったステージに立つことになった。それがまたクリスマスで、周りは浮かれたカップルと幸せそうな親子連ればっかりで、みんながみんな自分の大切な人に夢中で誰も俺のステージなんて見てないのに、一番前に座っていた小さい子供だけが、目を輝かせて最初から最後までステージの上の俺だけを見てくれていた。
その小さな観客だけが、ステージの上の俺だけを見てくれた。あんまりキラキラした笑顔で喜ぶものだから、またこの小さな観客にこんな顔をさせてやるって、もう一度頑張ろうと思えた。もう一度立ち上がってみようと思えたのだ。
そういえばあの時の小さな観客もミナトと同じような緑の髪をしていた気がする。流石に他人の空似だろうとは思うのだがここまで話が一致するとどこまで一致するのか逆に気になり始める。いくらなんでも同一人物だと思うのは都合が良すぎるが、そんな奇跡みたいな偶然を信じてみたくなる。
「……ミナトの実家ってどの辺りだっけ?」
「静岡ですけど、山田さん急にどうしたんですか?」
「べっつにー」
きっと、あの時俺に夢中になっていた小さな俺だけの観客はミナトで、あの時俺にもう一度プリズムスタアを目指すきっかけをくれたのもミナトで、今こうやって荒んだ心を癒してくれるのも同じミナトだ。
ミナトがあの時の俺を見て、今プリズムスタアを目指して、今こうやってシュワルツローズではなくエーデルローズの寮にいて、ミナトの熱量に負けた形ではあるものの付き合い始めたのも、
俺があの時に殺してやりたい程憎んだ神様の気まぐれなのかもしれない。




きっと、
君は、僕は、

君だけのスター



















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