同棲している前提のミナ山









隣で眠るミナトの胸の上に頭を置けば、下からはトクトクと心臓が脈打つ音が聞こえ始める。目を覚ましたらしいミナトがぼんやりとした顔のままこちらを見つめ、小さな声でおはようございますと呟けば整った顔が僅かに崩れて柔らかさが増す。
「おはよう」
「朝ごはん……何がいいですか」
眠そうに目をこすりながらボソボソと呟く姿にはまだ慣れない。ふたりして寮を出て一緒に暮らし始めてからもう三ヶ月になるし、ミナトの事を憧れと恋を勘違いしている高校生のように扱ってしまっては怒られるのには慣れたのに、いつまで経っても朝起きて同じベッドの中にミナトがいるのに慣れないのはどうしてなんだろうか。
「たまには俺が作ってやるよ」
「えっ、それは…………大丈夫ですか?」
「目玉焼きくらい焼けるようになったから安心しろって」
「……横で見ててもいいですか」
不安を隠そうともせずに後をついてくるミナトの目の前で完璧な卵焼きを作ってやろうと張り切ってフライパンと卵を取り出す。油をしいてからフライパンを火にかけて、温まるのを待っている間に食パンをトースターに入れるがそんな簡単な作業でさえも不安そうに見守られてしまう。
温まったフライパンの上に卵を二つ落として焼けるのをじっと見守っていたがフライ返しを出すのを忘れていた事に気がついて慌てて探すものの、前に見つけた場所には見当たらない。こうして探している間にもどんどん焼けていく目玉焼きに焦れながら三つ目の引き出しをあけたところで目当てのフライ返しが見つかった。
「よし!」
気合をいれる為に声にだしてみれば、何故だかうまくいくような気がする。目玉焼きの下にそっとフライ返しを差し込み、慎重にひっくり返したはずだったが黄身が割れてフライパンの上にはとろとろと黄身が広がる。残る最後の一つが成功すればいいと、一つ目は諦めてもう一つの目玉焼きも同じようにひっくり返す。チン!と軽快な音を立ててトースターが食パンが焼けた事を告げる。
とろんとした黄身がこぼれてフライパンの上に落ち、鮮やかな黄色に姿を変えるのはもう見飽きた。少し焦げてしまった目玉焼き、のはずだった卵を焼けたパンと一緒に盛り付ければ想定していたものとはかけ離れた朝食が完成した。
上手く出来た方をミナトに、と思ったもののどちらもそう代わり替えしない出来で、ついさっき発したばかりの目玉焼きくらいは焼けるようになったという言葉は撤回しないといけないかもしれない。
「折角なのでサラダも作っちゃいますね」
手際よく冷蔵庫から取り出した野菜をちぎっては皿に盛り付け、あっという間に片付けまで済まされてしまったキッチンの隅で手伝うわけでもなくミナトを見つめていればふと目が合う。
「食べましょうか」
にこ、と微笑むミナトに促されて机の上に皿を並べ、どちらの目玉焼きの方が上手に出来たかを真剣に見比べてみるが、見れば見るほどにどちらも変わりがないような気がしてくる。どちらかというと綺麗に出来た、ような気がする方をミナトの前に押しやっていただきます、と手を合わせればミナトはまた笑った。
「そういえば近くに新しくカフェ出来てましたよ、一回行ってみませんか?」
「昼にでも行くか?ランチやってるかも」
「デート、久しぶりですね」
確かに引越しの片付けもあったし、引っ越したからといってミナトのプリズムスタァとしての仕事がなくなるわけでもなければ、エーデルローズの寮の管理人をやめたわけでもなく、お互いに仕事と生活それに引越しの荷物の片付けでゆっくり出かけるような機会もなかった。
出かけたのはせいぜい必要な生活必需品の買い足しくらいだし、それにしたってデートと呼べるようなものではなかった。
「じゃあデートらしくどっか買い物でも行くか?」
お互いに住み慣れた寮からそう離れた場所でもないので、ミナトの事を考えるのなら少し遠出したほうがいいのかもしれない。流石に並んで歩いていても恋人に見えるとは思っていないが、火種はないならない方がいい。あんまり遠くまで行くなら洗濯機を回すのは明日にするか、部屋に干して出て行くか、と悩んでいればミナトがその言葉を待っていたとばかりに食いついてくる。
「ちょうど近くの神社で夏祭りがあるみたいなので、浴衣買いに行きましょう」
市が発行している会報を片手にこれです、と指差しながら見せられた夏祭りの案内には赤いペンで丸が付けられている。行きたいならもっと早くいえば良かったのに、と笑ってしまうが一人の仕事も増えて忙しくしているミナトにその時間が充分にあったとは思えない。
「毎年着ないし俺はいいよ、ミナトの浴衣はちゃんと選んでやるから」
崩れた目玉焼きの乗ったトーストを口に運べば、いつもはとろりと溢れてくる黄身は落ちてこないがその代わりに口の中に広がるのはとろんとした黄身ではなくしっかりと焼けて固形になっている黄身だ。ミナトが作った方が美味しいというだけで食べられないわけではない卵とトーストを飲み込んで、サラダにも手を伸ばす。
「これから毎年一緒に行けばいいじゃないですか」
これから毎年一緒にいるつもりなのか、と口にすればミナトの機嫌が悪くなるのは分かっているのでサラダと一緒に言葉を飲み込んだ。流石にもう子供が憧れと恋を混同しているだけとも思っていないし、ミナトからの好意を素直に受け止める事だって出来る。それでもそれがこれから先もずっと続くのだけは信じられない、傷つきたくないから信じたくないだけかもしれない。それでも信じていない事に変わりはない。
ミナトと別れた後に浴衣なんて手元に残ってしまったら苦しくなりそうだ、と未来の自分を鼻で笑いながら良い断りの文句を探す。
「着付けとか出来ないし」
「僕が勉強します」
「浴衣は目立つからふたり揃って目立つのも良くないだろ」
「そんな事ありません」
「しまっておく場所もないし」
「なんとかします、どうしてもダメですか?」
「……降参、分かった。買うし着る」
首をかしげてこちらを窺うミナトに罪悪感が募っていく。観念して白旗をあげる代わりに両手を上げれば、僅かに寄せられていた形の良い眉は綺麗にあがり、下がっていた口角もニコニコとした笑顔に変わる。
「ありがとうございます、山田さんの浴衣は僕が選びますね」
「好きにしてくれ」
「昼から買いに行きましょうか」
今日は僕が片付けますから、と空になったふたり分の食器を持ってキッチンへと帰っていくミナトにどうしてか違和感を覚える。普段ならミナトは料理を作る担当、俺はその後片付け担当だ。そして今日は俺が料理を作る担当でミナトが後片付け担当。
いつもなら食器の後片付けをしているのにどうにも手持ち無沙汰で仕方がない。両手に食器を抱えたミナトの後を付いて歩いて洗い物の最中のミナトの背中にぺたりと張り付けば、危ないので気をつけてくださいねと言いながらも洗い物を続けるミナトの手元ではさっき使った食器が綺麗に洗われていく。
なんだか面白くなくてちょうど食器を洗い終わり、ミナトの手についた泡を水で流したら終わりなのを確認してから耳に息を吹きかければ耳元で小さな叫び声が上がる。
「ひえっ……どうしたんですか?」
「んー、プリズムスタアの鷹梁ミナトを独り占め中」
「僕も後でエーテルローズのみんなの寮長の山田リョウさんを独り占めしてもいいですか?」
「リョウって呼び捨てにできたらいいよ」
「リョウ……さん」
常に呼び捨てにするのは無理でも、一回くらい言わないものかと思ってみたがまだ難しいようだ。同棲を始めた時にもリョウと呼び捨てにしていいと言ったが、寮生の前でもそうやって呼んでしまいそうなのでとやんわり断られてしまった。
「残念、独り占めはまた今度な。着替えてくる」
クローゼットの前に立って何を着ていくか考えてみたが、どうせ一旦帰ってきて着替えるんだから何でも構わないだろうとも思うし、久しぶりのデートなんだからお気に入りの服を着て出かけたいとも思う。間を取って前にミナトが似合っていると褒めてくれた洋服を取り出して身に付け、寝巻きを洗濯カゴに入れるために脱衣所に向かう。同じく寝巻きを洗濯かごに入れにきたミナトから洗濯物を受け取って、洗濯機を回すかどうか悩んだが二人しかいないんだから一日くらい洗濯しなくたって平気だろうと明日の自分に任せてしまう。
「着替えに帰ってこないといけないし、ちょっと早いけどもう出るか?」
「そう……ですね、浴衣買ってご飯食べて帰ってきたらちょうど良さそうですね」
そもそも浴衣ってどこに行けば売ってるんだ?と二人で頭を悩ませながらまだ決まっていない行き先を目指して玄関の扉をあける。
ふたり分の、行ってきますという声は部屋の中に消えた。


















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