物間
敗北



 放課後。目の前をふらふら動くオレンジ頭。随分ゆっくり階段を降りているなと思っていた矢先、オレンジの頭が大きく傾い。
 咄嗟、というのが相応しい。体が勝手に動いた。
 静かに持ち上がった手の先がオレンジの髪をくぐりシャツの襟を掴む。大した力を込めた訳じゃないが前へ傾きかけた体が正常な位置に戻った。
「体幹おかしいんじゃないの、体育祭トップのくせに」
 自分の行動が自分でよくわからなくて取り敢えず悪態をつき、びっくりしたような目とかお礼の言葉とか、やめてくれという気持ちで振り切ってさっさと階段を降りてしまった。
 それから、どういう呪いなのか。ふらふら歩く姿を見るようになった。いつもふらふらしているのか。たまたまその場面を見てしまっただけなのか。少なくともいちいち目で追ってしまっている自覚はある。
 とにかく危ない。
 食堂でトレーを落とさないようにばかり気を取られて人にぶつかるし、足元のクリアファイルを気付かず踏んで滑ってひっくり返るし、真正面から歩いてくる相手に真っ直ぐ衝突するし。本当にヒーローは向いてないんじゃないかと思うほど危なっかしい。
 人にぶつかって落としそうになったトレーと本人を受け止め、ひっくり返る寸前に抱きとめ、真っ直ぐ衝突してきたところをやんわり受け止め……。
 何をやってるんだと自問自答しつつも、危ういところを目にして放置はできずにいる。
「もう少し、気をつけて歩けないのかな。A組優等生」
「ん、ん、気をつけてる……!」
「つけてないよ」
 それでどうして自信満々に気をつけて歩いてると言い張れるのか甚だ疑問なのだが、ふんすと鼻を鳴らして得意げな表情を見て語尾が萎れた。
「ものまくん、ね」
「んー?」
「いつもすぐ助けに来てくれる。すごいね。ヒーローみたい」
 キラッキラした目が向けられる。
 その眩しさが固形になって目と頭の中に突き刺さる。それくらいの衝撃があってたじろいでしまう。
「ばっか、そんないつもいつも暇じゃないしね、いつもすぐじゃないよ、ばか、それよりヒーローみたいって、ヒーロー目指しててヒーローみたいって褒めるかな普通! いつでも心はヒーローのつもりだけど君は違うわけ? 志低いんじゃないのかなァー!」
 ダメージを誤魔化すようにノンブレスでいつもの悪癖をぶちまけリアクションを見る前に全力で走り去る。
 どう考えても敗北感しかない。
create 2018/09/25