治崎
潜入捜査 まとわりつく長い裾。ぐらつくヒール。
もう何度か似たような格好をしているのに一向に慣れる気がしない。足元にばかり気を取られて横をすり抜けていく人の動きに気づかなかった。
トン、と軽く肩が触れただけで不安定なバランスが容易く崩れ、駄目だ転ぶと思った……のだが。
腰を支えられ、斜めの体制で体が固定された。
至近距離。
支えてくれた人物と目が合う。
「……嘘だろ」
一瞬の驚きの後に、あからさまな不機嫌が表情にありありと浮かぶ。見慣れた顔。
「――……」
名前を呼びそうになって唾ごと飲み込む。
短く切り揃えた黒髪、三連のピアス、美麗な目元。相変わらず鼻と口をマスクで覆うその男は、腰を抱えたまま壁際に寄った。
「ここで、何してる」
聞くまでもないとは思うのだが。
壁に押し付けて今にも殺しそうな目で見下ろしながら問いただしてくる。
「……え、と、しんにゅーそうさ」
「潜入、な」
「ん、ん、それ」
素直に明かせばほんの僅か押さえる手の力が緩み、改めて全身を値踏みするように上から下へと視線を滑らせた。
「それで……女の格好か?」
会員制のクラブ。とあるヴィラン組織の幹部が出入りしているというこの場に潜入するにあたって、顔が割れている可能性も考慮してのこの格好なのだが、どうも治崎には気に入らないらしい。
詰め物をした胸元と、ざっくり開いた背中、腰と脚のラインを綺麗に出す裾の長いドレスを見下ろしては眉間のシワが深くなっていく。
「も、向こう行って。ヴィランにもヒーローにもばれちゃう」
「ばれろ。で、やめろ」
「な……っ!」
治崎は不機嫌を押さえ込めない質だ。やめさせたいと思えば本当に邪魔をしてくる可能性がある。危機感を覚え、強い言葉で命じようと口を開きかけて、しかし治崎の肩越しにとある人物を見つけて口を閉ざした。
「×××」
偽名を呼ぶ低い声に、表情が張り詰める。
その空気の変化を察したらしい治崎も後ろを振り返り、仮面で顔を覆った男を睨め付ける。
「……取り込み中か?」
男が揶揄い交じりに問いかけた。
「いいえ」
ふっと笑みを浮かべてみせる。
治崎の肩を押して男の方へと足を踏み出す。手を伸ばしかけた治崎を一瞥で制し、男と連れ立ちいつもの部屋へと向かう。
背中に痛いほどの視線を感じる。
後で言い訳が大変そうだ。
「……刺さる」
「ふふ」
仮面の下からボソリとした声。前髪が流れた際にほんの僅か見える爛れた皮膚。
「今日はボスに会えそうかな」
「お前次第だな」
腰に腕を回して声を潜めながら歩く。わざとなのか、いつもはしないエスコート。
重たい扉が突き刺さる視線を遮るように閉じた。
create 2018/09/25