プレゼントマイク
ドムサブ



 こんなに『分かりやすい』人は初めて見た。一目見ただけで『そう』だと分かった。抑えようと思っても抑えきれない抗いようのない本能の部分が逆撫でされる。
 『それ』を感じ取れているのは恐らく自分だけなのだということもまたマイクを高揚させていた。何事もなくごく普通の男子学生として級友たちに溶け込み授業を受ける様を眺め、手にした教科書に隠して静かに唾を飲み込む。
 生徒の一人が読む英文に耳を傾けながら教室をゆったり歩き、最後尾に座る彼へと近づいた。
 一歩、一歩と距離が縮まるに連れ本能がザワリ……ザワリ……と鋭敏になっていく。
 これまでぼんやりしていて近づかれたことに気付いていなかったらしい彼の机にトン、と指を置く。
 弾かれたように跳ね上がった顔。
 さらりと流れた長い前髪の隙間から覗く瞳が初めてこちらを見た。
「……」
 息を飲む気配を感じた。
 机に置かれた手が小刻みに震えている。
「次、読んで」
 教師としてごく当たり前の指示、それを告げるなり彼の喉がヒュッと音を立てた。
 立ち上がろうとしたのだろう。しかしまるで腰が砕けたように彼の尻は椅子にへばりついている。
「Stand up」
 授業に違和感のない語調であくまでやんわりと指示をする。けれど足の力がうまく入らなくなった彼にとっては『厳しい命令』に感じられたらしい。泣きそうに歪んだ顔でどうにか立ち上がり机に両手をついたまま英文を読み始める。
「Speak up」
 聞き取りにくい小さな声へ注意を示すと一層ふにゃと目元が歪む。
 ただ授業でテキストを読ませているだけ。そう映る光景の中に明らかに特殊な高揚があった。
 全身のアンテナがすべて彼に向かい、彼もまたマイクから与えられる見えない物を全身で受け取って声を震わせている。テキストを押さえる指が白くなり、その一方で頬がどんどん真っ赤に染まっていく。
「You did well」
 テキスト部分をどうにか読み終えた彼の肩を叩き褒め言葉を与える。すると一気に脱力してストンと椅子に落ちる。今度こそ完全に腰が砕けたらしい。
 はっ、はっ、と苦しげで短い息が繰り返されているのが聞こえた。
 手を離す直前にするりと首元をひと撫で。何者にも縛られていない無防備でまっさらな首元。
 僅かに爪を食い込ませ、微かな跡を刻んだ。
 ここを予約したのだとばかりに。
 そうして何事もなかったかのように次の生徒へと音読の指示を投げるのだった。
create 2018/11/05