死柄木
It's Mine



 間合いを見誤った。避けたと思った刃先があと数ミリで眼球に届くという位置でカチリと二枚合わさった。鋏状に閉じた刃に挟まれた前髪が一瞬で切り落とされ視界が鮮明になる。
 ――その瞬間、ザアアッと耳障りなサンドノイズが響く。
「――っ、死柄木っ」
 突如現れたヴィラン連合のボス。その彼が、つい今しがた自分の前髪を切り落としたヴィランの頭部を押さえつけ、崩しにかかったのだ。
 相手はヴィランとはいえ殺してしまうわけにはいかない。抑制をかけようと握った鋏に別の力を込める。
 崩れていく頭部を復元しながら、もう片手を死柄木へと翳して念動力を放つ。こちらに対して無防備だった死柄木の体が吹き飛び、ザッと地面に手をついた。
 崩壊と復元を同時に味わって意識が混濁したらしいヴィランを手早く捕縛してから、もう一度死柄木へと手のひらを翳す。警戒と敵意を込めた眼差しが、切り取られた前髪の下から真っ直ぐ死柄木を捉えた。
 カチリと音がしそうなほど鋭利な視線が重なる。
「ソレを庇うってのは、どういう精神構造なんだぁ?」
「……そっちの行動の方が……結構なぞだけど」
 異形万歳の精神で突如暴れ始めたこのヴィラン。連合・ステイン・脳無、悪しき力に心酔した輩なのは一目瞭然で、当然、ヴィラン連合絡みの事件なのかと思っていたが。死柄木の攻撃は明らかに殺す気だった。
 死穢八斎會の一件が頭によぎる。悪人同士が必ずしも手を取り合えるわけではない。
「……対立してる、とか?」
 ヴィラン側の組織構造を探れるかと構えるこちらを、死柄木は鼻で嗤う。
「そんなザコ、相手にするか。その辺のゴミだ」
 言い捨てられたヴィランをチラリと横目にやる。個性だけでいえばザコではある。ただ、前髪を切った一撃、一瞬ではあるがブーストしたような気がする。
 連合とは関わりないことであれば『そういうもの』を扱ったことのある『彼』にでも聞いてみるかと嘆息し、死柄木への攻撃体勢を緩めた。
 早々と退散するほうに思考をシフトさせたところに、ヒュッと何かが視界を過ぎった。
「……っ!」
 襟首を後ろに引っ張られ体が傾く。
 何事か理解する前に目の前で銀色の刃が空気を切り裂くのが見え、一瞬の後、無遠慮に鷲掴む手が見えて、鋏がボロボロと崩れ出す。
 あ、不味い。
 そう思った時には崩壊が本体のところまで達し、捕縛布ごと全てが崩れ去った。
 あそこまで崩れたらもう間に合わない。分かっていても復元を試みようと手を伸ばしかけたのだが、それより早く抱き込まれた。ギチッと軋むほどの力で後ろから抱えられ混乱する。これがどういう意図なのかが分からない。
 短くなった前髪を撫で上げる。苛立たしげな指先が執拗にするりするりと指にくぐらせては、グシャッと乱す。
「……これは俺のだ」
 酷く狂気に満ちた声。
「あんなザコに切らせたら駄目だろ? なあ?」
 湿った吐息が耳に吹きかかり、全身を駆け巡った悪寒に身を震わせた。
create 2018/11/05