相澤
うたた寝



 常に寝袋を持ち歩き、食事はどこでもとれるようゼリー飲料。TPOが求められない限りボサボサの髪と無精髭を放置してそれを『合理的』と宣う男。
 そうせざるを得ないほど多忙なのだ。
 実際、世の教員の仕事量はブラック企業も真っ青だと言うし、それが天下の雄英となればコマ数も一コマの時間も範囲もレベルも格段に違う。クラスまで受け持っていればそれこそ家でゆっくり休む時間を惜しむのも仕方ないことなのだろう。
 とある連休、珍しく仕事がスッキリ片付き、纏まった時間が取れたのだと言ってマンションに訪れた彼が、リビングに入って数分、会話の途中だというのにテーブルに突っ伏して眠ってしまったのだ。よほど疲れていたのだろう。顔を合わせた段階で言葉は支離滅裂で今にも意識を飛ばしそうだった。
 こんなことは初めてのことでしばらくオロオロとしていたのだが、彼をベッドに運んでやれる腕力もないし軽く揺すった程度では起きない。それにそこまで疲れているのに起こすのは忍びなく思えた。
 自分の膝掛けを肩にかけてやり、体をぐいと引っ張ってラグの方に横たえる。意識がない状態の重たい体がしなだれかかって支えきれずズルズルと膝に落ち、膝枕のような格好になった。
「……」
 絶対足が痺れて大変なことになる。
 そう思ったのだが、あの相澤が膝でぐっすり寝ている光景というのがどうにもときめいてしまって降ろせない。
 無防備に寝息を繰り返す姿が愛おしい。
 長い髪の絡まりを解きながらすいていると綺麗な横顔が見え隠れする。
「顔……かっこいい……」
 髪と髭のせいで小汚い印象を与えることもあるが相澤が整った顔立ちをしているのを知ってる。男らしい目元とスッと通った鼻筋。きちんとした身なりをすると驚くほど若返る。
 長い前髪をスルスルと撫でて横に流し顔を曝け出して眺める。こんなことがなければ至近距離でまじまじと眺めることなんてなかっただろう。何故かいけないことをしている気分になって胸がドキドキしてしまう。
 落ち着かない気持ちで相澤の長い髪を指にくるくると絡めて弄ぶ。
 こんなことが出来るのは自分の特権のように思える。唯一気を許してもらえているのだと思い上がってしまいそうになる。
 あの相澤が油断しきってる。
 今ならば何でもしてしまえるのだ。摘んだ毛先でこしょこしょと頬をくすぐったりしてもいいのだ。
 相澤の鼻をつんつんつついたりなんてなかなか出来ることじゃないと思っていると、指がぱくっと食べられた。
「――っ」
 眠っているとばかり思っていた相澤がニタリと笑って見上げる。
「えっち」
 少し掠れた声が揶揄う。
 表情、声、仕草、どれをとってもセクシーな男が膝から見上げてくるのだ。
「ひゃ、ああああ……っ」
 ドンっと両手を突き出す。
 今まで自分がしていたことが羞恥心に化けて、膝の上からのセクシー攻撃と一緒に襲いかかってきたのだ。
 転がって顔面からラグに突っ伏した相澤と、それどころでなく真っ赤になった顔を抑える自分と。
 当分、寝ている相澤には近寄るまいと心に誓うのだった。
create 2018/11/05