1-A
子守り大騒動



1日1アンケの結果により『幼児化した夢主とクラスメイト達』のお話を書きました。
轟くんがいつも以上にキャラ崩壊(当サイトでは通常運転)しているのでご注意ください。
本編の設定を使用していますが切り離してお読みください。






 日曜日の昼過ぎ、前置きなく突然相澤が寮に顔を出した。
 ソファースペース付近に居合わせたクラスメイト達が何事かと集まったのだが、相澤の腕に抱かれているものを見て問いかける言葉を失った。
 珍しく私服姿の相澤が抱きかかえているのは見覚えのあるオレンジ色の髪をした三歳くらいの幼児で、多数の視線から逃れるように相澤の襟もとに縋っている。

「え、隠し子かなんかスか」

 勇気ある発言をしたのは上鳴だ。

「ヴィランの個性で幼児化した西岐だ」

 相澤からの切り返しにクラスメイト全員が『そうだと思った』と心で呟いたことだろう。
 相澤曰く、ヒーローがヴィランを追い詰めているところにたまたま出くわし、巻き込まれ体質の西岐が見事に個性を浴びてしまったらしい。件のヴィランは相澤の手によって伸されたのが、怒りのこもった一撃が強烈すぎたのか連行されたのちもヴィランがなかなか目を覚まさず、西岐をどう元に戻せばいいのか分からない状態なのだという。
 無駄のない淡々とした説明で経緯は大体飲み込めた一同だが、そもそもどうして相澤が私服姿で西岐と街に繰り出していたのかという疑問が宙に漂っている。聞いてはいけないような聞きたくもないような。

「とにかく俺はもう一度ヴィランから聞き出しに行ってくるから、お前らこれを預かっておけ」
「はい、じゃあ僕が」

 真っ先に名乗り出たのは緑谷。普段は自己主張の強いクラスの中で埋もれ出遅れがちになる緑谷が、いの一番に声を出したことに周囲は驚きつつ、同時にその緑谷の様子にうわあと気持ち引き気味になる。両手を差し出して前に出た緑谷はいつになく目をキラキラさせて真っ直ぐに西岐だけを見ているのだ。

「……絶対危ない」
「緑谷も結構闇が深いよな」

 芦戸と砂藤が引き攣った笑いを浮かべてぽつぽつと言葉を零す。
 我らが担任、相澤がそれを察しないわけもなく、冷ややかな眼差しで緑谷を一瞥しただけですぐ隣の蛙吹へ西岐を手渡した。緑谷が激しくショックを受けているが英断だ。

「いいか、絶対目を離すなよ?」
「ケロ、分かったわ」
「大丈夫だぜ、先生。保護者が二十人もいるしな」

 蛙吹がこくこくと頷き、切島が頼もしく拳を握って請け負うが、それでも一抹の不安があるのかジト目でクラスメイト達と西岐を何度も見比べる相澤。だが、元に戻す方法を得るほうが合理的だと分かっているからか覚悟を決めて頷きを返し、足早に寮を後にした。
 今まで一緒にいた相澤がいなくなったからだろうか。西岐の纏っている空気が萎み、きゅっと口を結んでいる。

「れぇちゃん、相澤先生ならすぐに戻ってくるわ」

 安心させるように笑顔を見せ言い聞かせてやる蛙吹を、不安そうな様子で見つめ返し、同じようにきょろきょろと周りを見渡している。

「てか、な、それさ、どうにかなんねーかな」

 "それ"と曖昧に濁された瀬呂の指摘。大体の者は何を指しているのかすぐに理解できた。
 幼児化して身体が縮みはしたが服までには作用しなかったようで、高校生サイズのゆったりした服が着られているんだかいないんだか分らない状態で引っかかっているのだ。どうも相澤は脱げてしまうズボンに関してはとっくの昔にどうにかすることを諦めたらしく、丸めて持っていたものを西岐と一緒に蛙吹の腕に押し付けていっていた。つまり脱げそうな上着アンド下は履いていない、という状態で、いくら幼児とはいえ親しい関係にある人間のその格好は直視しがたい。

「子供服! 子供服ですわね! 私にお任せください!!」

 急に張り切りだすのは八百万。そして女子一同だ。西岐を取り囲んでスマホで子供服を検索し、コレがいいアレがいいと盛り上がる。正直男子一同からすると着られるサイズにさえなればデザインは元のままでいいのだが、そんな意見が通用する雰囲気でもなくて気圧されたまま見守るしかない。
 さすがに着替えさせるのは女子では不味いだろうという意見が出て、厳正なるくじ引きによって大役を引き当てた尾白がランドリールームで着替えさせてやる。はずれを引いた連中から『むっつりスケベ』だの『尾白のくせに生意気だぞ』だのと野次が飛んだのは言うまでもない。ランドリールームから出てきた西岐が纏うのは、白地にドット柄のシャツとクリーム色のパンツ。フォルムがちょっと女の子物のような気もしなくはないが、思っていたよりシンプルでマシだったことに男子一同がホッと胸を撫で下ろした。
 そんなような間に、西岐が一人で勝手に玄関の方へと歩いて行ってしまう。もしかしたら相澤の後を追いかけようとしたのかもしれない。とはいえ幼児の歩調、大して早くもないし見えている距離なので微笑ましく見守っていたのだが……。
 玄関の手前、ソファースペースの向こうのエレベーターが小さな電子音と共に開いて、降りてきた爆豪とバッタリ出くわしてしまう。

「…………は?……子供?」

 寮にいるはずのない存在を見るなり反射的に目を眇めた爆豪の凶相は、幼児が直面するには恐ろしすぎたのだろう。淀みなく前に向かっていた西岐の足がピタッと止まる。

「その髪……なんだ、れぇか? なんで縮んでんだよ」

 さすが察しのいい男、爆豪。髪の色で誰かを言い当てると、しゃがんで覗き込む。
 すると西岐の身体が遠目でも分かるほど飛び跳ねて、爆豪の手が西岐に触れる前に小さく『ぱっ』と言い放った。西岐が瞬間移動するときの"アレ"だ。その場の全員が"やばい"と思った時にはもうそこに西岐の姿はない。

「わああああああっ! かっちゃん! なんてことをっ!」
「知らねぇよ!」
「やべえ、これすげーやべえんじゃね?」
「先生が戻る前に見つけねえと除籍処分もありうるぞ」
「障子だ、まず障子を呼べ!」

 一気に場が大混乱に陥った。
 絶対に目を離すなと言われていたのにもうすでに見失ってしまっている。あの相澤のことだ、本当に除籍処分も辞さないだろう。西岐の身も心配だが己の身も相当危うい。その場の全員が頭を抱えた。
 ひとまず索敵能力の優れている障子にメッセージを飛ばして駆けつけるよう要請し、寮にいる全員で手分けして寮の中と周辺を探して回る。見える範囲にいないということは姿は幼くとも遠目遠耳が使えるということで、そうなると想定しうる移動範囲はかなり広くなる。寮から徐々に範囲を広げて、小さな子供が隠れられそうな場所も含めて捜索する。

「いねえ……どこいったんだ」
「爆豪がさあビビらせるからさあ」
「俺はなんもしてねーだろ」
「れぇちゃん、裸足だぜ、みつけてやんねーと寒いんじゃね?」

 それぞれが散らばって西岐を探しつつ耳につけたヘッドセットに言葉を投げる。見つけた時すぐに連絡が取れるように通信を繋げてあるのだ。

「学校から出ちゃってたらどうしよう……」
「いよいよになったら警察とヒーローに捜索を依頼しなきゃならないな」

 抱いている不安を緑谷が真っ先に口にし、そういうことも考慮して飯田の言葉が深刻さを帯びる。誰からも否定や反論が出ないところを見ると全員が同じ考えのようだ。
 個性もちの子供を預かるという厄介さをしみじみ味わいながら捜索は続けられた。





 その頃、母親の見舞いを終えて帰ってきた轟が校舎の横を通りかかったところで、足に柔らかい感触を受けた。突然のことだったのでそのまま蹴ってしまいそうになったが、寸でのところで留まる。

「……子供?」

 足にぶつかったものの正体を目に映すなり、困惑が口を突いて出る。ここは天下の雄英だ。簡単に子供が入り込めるはずがないし、ましてや誰かがわざわざ連れ込むとも思えない。だが実際に目の間にいるわけで。探る目を子供に向けた。
 男の子のようにも女の子のようにも見える。洋服がどちらでも着られそうなデザインなせいで判断がつかない。どういうわけか足は裸足。目元を隠したオレンジの髪が誰かを彷彿とさせて轟の胸がきゅんと鳴る。

「足、痛くないか」

 目線を合わせようと少し身体を屈めると、無言でじっと見つめ返してくる。

「抱っこするか?」

 そっと両手を差し出してみる。もしかしたら嫌がられるかもしれないし、警戒されて逃げられるかもしれないと思ったのだが、案外すんなりと頷いた。
 小さな体を丁寧に腕に抱える。

「お前、親はどうした」

 同じ目の高さまで持ち上げた子供を覗き込んで問いかける。すると口元がふにゃと歪んだ。

「……ぱぱぁ」

 小さな声で弱々しく零れた言葉が轟の耳に入るなり、父性本能らしき感情が激しく揺さぶられる。西岐に似た顔の子供が、似たような声でパパと呼ぶこの状況。轟は思わず顔を手で覆った。
 だが寮の方向から何人かの足音がバタバタと聞こえ始めるや、子供の肩が跳ね、轟の身体が痺れて動かなくなる。足音と共に西岐を呼ぶ声が聞こえる。腕に抱いた子供が身をよじって轟の腕から抜け出し、そして『ぱっ』という呟きと共に姿を消してしまった。

「轟くん、こっちにれぇちゃん似の子供、いなかった?」
「いた。もしかして俺の子か?」
「……違うよ?」
「目元が俺に似ていた気もする」
「全然だよ?」

 駆け寄ってきた一人、緑谷に声をかけられるが轟は心ここにあらずで、真顔でとんでもなくふざけた妄想を口走る。緑谷が冷静に否定するがそれも聞こえていない。

「れぇちゃん似の子供はれぇちゃん本人だよ!」
「……俺がれぇの、パパ? 駄目だ、近親相姦になってしまう!」
「落ち着いて轟くん、何言ってるの!?」

 二人のこんなような不毛なやり取りがしばらく続いた。





 一方、その頃の寮ではメッセージを受け取った障子がトレーニングから戻り、部屋で着替えを済ませてから一階に降り立つと、ソファーにちょこんと座っている西岐の姿を発見した。いなくなったから探せという話だったが、普通にいる。
 軽く目を見開いて静かにエレベーターから降りる。迂闊に声を掛けたらまた姿を消してしまうかもしれないし、何より小さな子供に怖がられるという自覚が障子にはあったからだ。誰か子供に好かれやすそうな者が先に声をかけたほうがいいだろうと、クラスメイトにこのことを伝えるべくスマホを取り出す。指先を操作するほんのわずかな時間も西岐から目を放さないように、触手の先を目に変えて西岐に向けた。
 何故か西岐の身体はソファーの上で不安定にぐらぐら揺れている。子供だから頭が重いのだろうか。それとも西岐特有のフラフラした動きのせいだろうか。危ないなと思っていると、案の定、グラッと大きく傾いてソファーから体が落下する。
 西岐の頭が床に接触する前に伸ばした触手の先が西岐の身体を掴んでいた。
 我ながら驚異の変換速度だったと思う。
 ホッとしながら、出来るだけそっとソファーに戻してやる。
 もう完全に西岐の目が障子に向けられていて、おまけに触手が奇妙に引き延ばされている状態だ。これ以上刺激しないようにという配慮をしつつ、内心ドキドキと早鐘を打っていた。さすがに幼児化した西岐に怖がられるのは精神的にきつい。
 そんな障子の心配をよそに西岐は自分を掴む触手を見るなり頬を紅潮させた。口元を綻ばせて丸い指先でぷにぷにとつついてくる。

「かっこいい……すごい……」

 初めて会った時と全く同じような反応をされて、中身は同じ西岐なのだということをしみじみ感じ入ってしまう。
 残り数文字だったメッセージを完成させ送信してからソファーへと近づく。怯える様子もなく西岐は障子を見上げてきた。むしろ障子が隣に座ると障子の膝にベターと貼りついてくる。

「お前、なんで逃げたんだ?」

 全く逃げる気配のない様子に自然と疑問が湧く。
 問いかけると西岐は障子の膝に寄り掛かったまま前髪の下の自分の目尻を指で押し上げた。

「こーいうめしてた」
「爆豪が?」
「ばくごー」

 どういう基準で怖がるのかがよく分からない。爆豪に比べて自分が穏やかな目つきをしているとは思えないのだが、西岐にとっては爆豪の目つきのほうが断然怖いらしい。普段から西岐は爆豪を怖がっている節があるから、爆豪の纏う雰囲気自体が駄目な可能性もあるが。
 それと、クラスメイトからの情報によると幼児化した西岐は全くと言っていいほど言葉を話さないということだったのだが、案外喋る。

「いっぱいひといてね、おっかけてて、にげたの、すごい」
「そうか」
「あかのねかみしててね、だっこした」
「よかったな」

 何を言っているのかさっぱりわからないがその辺は普段と大差ないので、一生懸命報告してくれる言葉のほとんどを適当に解釈して相槌を返してやると、満足そうにフンスと鼻を鳴らした。本当に西岐をただ小さくしただけの存在に見悶えるような感覚を覚えて眉間を抑える。
 その背後で騒がしく玄関扉が開きどやどやとクラスメイト達が戻ってきた。
 膝の上で西岐が驚いて飛び跳ねたが、ぽんぽんと頭を撫でてやれば障子を見上げながら大人しく座っている。

「れぇちゃーん、よかったぁ、戻ってたのかよー」
「よかったよかった! 俺らもどうにか首の皮繋がったぜ」
「あれ? 障子くんにすごく懐いてない?」
「ほんとだ、かわいい!」

 安心して脱力した者たちが次々ソファーになだれ込み、女子が障子の膝の上を覗き込んでキャーキャーと盛り上がり始める。普段よりいくらかテンションの高い連中にこれも怯えていた原因の一つかと納得して、縋ってくる西岐の背をさらにポンポンと撫でる。

「大丈夫だ、お前がいなくなったから心配して探してくれてたんだ、ちゃんと謝っておけ」

 出来るだけ威圧的にならないように声を抑えて言い聞かせる。心配してくれたということをきちんと理解できたのだろう、それまで漂っていた警戒の空気がしぼんで、伺うような視線を周囲に向けた。

「……ごめんなさい」

 幼い舌ったらずな口調で謝罪を口にした西岐に、ほぼ全員が撃ち抜かれる。爆豪でさえ僅かに仰け反って口を引き絞った後、舌打ちをして逃げるように奥へ入っていった。緑谷はキラキラ目を輝かせながらスマホを構えている。今の西岐の様子を録画しているに違いない。
 唯一、轟だけが真顔、いや僅かに不機嫌を張り付けていた。

「れぇ、こっちこい」

 障子の膝に貼りついているのが気に食わないらしい。西岐を呼ぶ声に障子も少々不快感を覚えたが表に出すことはない。西岐は促されるまま『ん』と頷いて轟の方に手を伸ばすと、轟に抱きかかえられていってしまう。

「れぇ、パパって呼んでくれ」
「……おれぱぱいない」
「それなら俺が今からパパになってやる。ああ、食べたいくらい可愛い」
「待て待て、轟、お前すげーやばいから一回手を放せ」
「倫理的に問題があるからな、やめよう!」

 今にもダイレクトに齧り付きそうな勢いで頬に擦り寄る轟に慌てるのはいつもの切島と砂藤で、無理やり西岐を引き剥がして轟をダイニングチェアに縫い付ける。

「轟くん通常運転……!」
「れぇちゃん罪づくりだから!」

 沈静化する気配のない女子が顔を突き合わせてキャーキャー騒ぐ中、急に一人放り出された西岐はしばらくぽつんと佇んでいるが、いつの間にか戻ってきた爆豪がむんずと襟首を掴んだ。一瞬にして西岐が怯えを纏うが構わずソファーまで連れて行き、障子が座るのとは別の場所に腰を下ろすと、西岐の目の前のテーブルにパンケーキの乗った皿を置いた。甘いはちみつの香りがふんわりと漂って、西岐の目がきょとんとそれを見つめる。
 爆豪なりに怯えさせたことを悪いと思っているのだろう。普段は辛党の彼が作った甘そうなパンケーキにクラスメイトはおおっと感嘆を漏らす。

「さすが才能マン」
「あれ見てたらなんか俺も腹減ってきちゃった」
「とりあえず俺たちも何か食べよう」
「爆豪、れぇちゃん見といてね、怖がらせちゃダメだよ」
「ウルセー、余裕だわ」

 騒動のせいですっかり時間を忘れていたが時計の針はすでに夕飯時に差し掛かっていて、何人かの腹の虫が鳴った。西岐ももう怯えたりはせずソファーで落ち着いている様子なので、そんなに見張っている必要はないだろうと、空腹を満たすべくぞろぞろとキッチンに向かう一同。

「これ、おれがたべていいの?」
「こんな甘いもん他に誰が食うっつんだ」

 戸惑いを浮かべて尋ねる西岐に爆豪はむすっとした顔で大人げない切り返しをして、ご丁寧に一口サイズに切ってあるそれをフォークに突き刺すと西岐の口元まで持っていき、僅かに開いた小さな口に無理やり押し込む。
 口を動かしているうちに西岐の表情がふにゃあと弛緩していく。

「おいしい」
「当たり前だ」
「ばくごーもたべる?」
「……爆豪じゃなくて勝己って呼べ」
「かつき」
「よし」

 今までの会話で記憶していたらしい爆豪の名前を呼ぶ西岐と、すぐさま呼び方を訂正する爆豪。不機嫌そうな態度をとっているくせにちゃっかりしている。

「れぇ、俺は焦凍って呼んでくれ」
「しょおと」
「あああ……」

 ダイニングチェアに座っている轟がすかさず便乗して言葉を挟み、望み通り名前が呼び捨てされて悦びに打ち震えている。西岐は特に興味はないようでパンケーキを頬張りつつ名前を復唱しただけなのだが、轟は呼ばれればそれでいいらしい。

「れぇくん、れぇくん」

 おにぎりを頬張りながら行儀悪く戻ってきた麗日がスツールに座りながら西岐に向かってパタパタ手を振り、その手で障子を指さした。

「目蔵くんだよ、目蔵」
「めぞー」

 麗日に促されて障子の名前を呼ぶ西岐。
 それはこれまで一度も下の名前で呼ばれたことのない障子に凄まじい衝撃を与えた。全力で平静を装ったがどこまで取り繕えていたのかは分からない。ただ爆豪と轟からの視線は鋭い。

「れぇくん、目蔵くん好き?」
「やめろ丸顔! 変なこと吹き込むな!」
「えーなんでさー」
「麗日、俺のことも好きか聞いてくれ」
「舐めプも大概キメェな!!」

 麗日の乱入によってソファースペースに不穏な空気が漂う中、パンケーキを食べ終えた西岐がきちんと手を合わせている。しかしどういう食べ方をしたらそうなるのかと思うくらい手と口の周りがべとべとになっていて、どこかに触れてしまう前に障子の手が抱き上げる。

「手を洗いに行こう」
「いこお」

 手が汚れている自覚があるのか両手を上げたままにしている西岐を洗面所へと連れて行く。二本の腕で西岐の身体を支えて、二つの手で手と顔をすすいでやる。六本腕がこんな形で役に立つとは思わなかった。タオルは持ってこなかったので障子のハンカチで拭いてから、一旦床に降ろした。
 そのタイミングで、玄関の扉が開く音が聞こえた。





 常闇は久し振りに趣味の買い物を終えて、すっかり暗くなった寮までの道を辿っていた。玄関前まで来ると、寮の中がいつになく騒がしいことに気付く。そういえばラインの履歴が大量に溜まっていたなと思い返しながら扉を開ける。
 と、足元に軽くだが無視できない程度の衝撃が襲う。
 洗面所から障子が飛び出してくる。 

「悪いっ、捕まえててくれ」

 障子がそういうのだが捕まえなくとも"それ"自体が足に絡みついて剥がれそうにもない。どういう状況なのか飲み込めないが逃げないようにはした方がいいのだろうと、くっついている"もの"ごと足を動かして中に入り玄関扉を閉めた。
 玄関まで辿り着いた障子が嘆息する。

「手が離れた隙に一人で行ってしまってな、多分玄関を開けたのが先生だと勘違いしたんだろう」
「そうか。…………で、これは?」

 常闇の足にしがみつくに至る経緯を説明してくれているのだろうが、そもそもこれが何かという疑問が解決していないので全く理解が追いつかない。雄英の学生寮に幼い子供がいて、何故か自分の足にしがみついている。これがまた結構な力でぎゅうとくっついて剥がれない。

「これは西岐だ」
「それは分かる」
「分かるのか、凄いな」

 見覚えのあるオレンジ色の髪。よく似た子供がこの場にいると考えるより、本人が幼児化したと考えるほうがしっくりくる、ただそれだけのことなのだが説明が面倒で適当に頷く。

「西岐、頼むから一回離れてくれ」
「ん゙ー……っ」
「ダークシャドウ」
「アイヨ」

 足に纏わりつかれていては動きづらいし、いつまでも玄関先で突っ立っているというわけにもいかない。西岐は言って聞く様子もなく、仕方なしにダークシャドウに咥えさせて引き剥がした。西岐がダークシャドウに驚いて気を取られている間にソファーへ移動して腰を落ち着かせる。

「……で?」
「俺も人づてなんだが……」

 改めて障子から事のいきさつを説明してもらう。
 ヒーローとヴィランの交戦に巻き込まれて幼児化してしまったこと、相澤が連れてきて1-Aに預けていったこと、その後の西岐の様子、順を追って話してもらってようやく事態が飲み込めた。訥々と障子が語る間、隣に降ろしたはずの西岐が常闇の膝によじ登ってぎゅうとしがみついてくるのさえなければ、もう少し集中して話が聞けたかもしれない。

「西岐、なんで俺にくっつくんだ」
「んーっ」
「先生だと思って飛び出したから感情の行き場がないんだろ」
「それは嬉しくないな……」

 正直、西岐に懐かれるのは悪い気がしない。ただ物凄く照れる。だが相澤の代わりに甘えてきていると言われてしまうと心境は複雑だ。

「俺が代わる。れぇ、こっちにこい」

 スツールに座った轟が両手を広げて西岐が飛び込んでくるのを待ち構えている。
 しかし西岐はちらっとだけ見てすぐまた常闇の懐に顔を埋める。これは、かなりときめく。代わりだったとしても嬉しくないわけがない。自分を選んでしがみついてくるのだ。物凄く可愛い。
 行き場がなくて落ち着かなかった両手がついに西岐の身体に回って、ぎゅうと抱き返していた。

「なんだこの可愛い生き物は……、ギルティ……」
「テメェがギルティだっつの」

 すかさず爆豪のツッコミが綺麗に入る。
 その次の瞬間、全員のスマホが一斉に受信を知らせて震えた。

「相澤先生だわ」

 それぞれが発信者を確かめて少々身構えつつ通話を繋げると、相澤の大分不機嫌な声が聞こえてくる。どうやらヴィランから元に戻す方法を聞きだすのに相当苦労したらしい。

「結局、時間で戻るらしいんだが、それがいつか分からんってことで、とりあえず西岐の服をだな」

 相澤がそこまで言ったところで西岐に異変が起きる。
 身に着けている服の縫い目がプチプチと音を立てて引き千切れはじめ、胸のボタンが飛び散る。そしてボフンという音と煙のようなものと共に一気に西岐の身体が元にサイズに戻ってしまった。もちろん着ていた服を思い切り引き千切って。

「だ……ダークシャドウ!!」
「アイヨー!」

 ほぼ全裸状態の西岐をしっかり見てしまった常闇は、真っ赤になりながらダークシャドウを西岐の体に巻き付ける。

「……へ?」

 一番状況を分かっていないのは西岐だ。寮のソファーで常闇の膝に乗っていることもさることながら、どうして自分が全裸なのかも分かっておらず、混乱して瞬きを繰り返している。ただ、西岐には性的な羞恥心が致命的に欠けていて、身体を隠すとか恥じらうとかそういう行動はない。

「部屋に戻って服着てこい、今すぐ、瞬間移動で、早く」

 爆発寸前になっている爆豪に脅されるかのような物言いで言われて、理解しないままコクコクと頷くとすぐさまその場から姿を消した。引っ付いていた常闇ごと。
 思惑の斜め上を行く西岐の行動にその場の全員が声にならない叫びを抱えて悶絶する。

「おい、聞いてるのか? 西岐に元のサイズの服を用意するか毛布をかぶせてだな」

 全員のスマホから相澤の声が空しく響いていた。
create 2018/01/10
update 2018/01/10