大なり小なり



1日1アンケの結果により『幼児化した轟くんと夢主』のお話を書きました。
本編の設定を使用していますが切り離してお読みください。






 とある日曜日。
 西岐は轟に誘われて以前にも訪れたことのあるショッピングモールに来ていた。一昔前のヒーロー特撮映画がリメイクされたから一緒に観ようという誘いだった。映画館で映画を見るという経験のなかった西岐は逸る気持ちでエスカレーターに足を乗せる。安全のために落とされたエスカレーターの速度がじれったいくらいだ。

「そんなに急いでも、上映時間はまだだいぶ先だぞ」
「ね、ね、ポップコーン買う?」
「れぇ、死ぬほど可愛いから落ち着いてくれ」

 そわそわと落ち着かない西岐の身体を轟が後ろから押さえた。一段下にいる轟の腕が腰に回ってポンポンと脇腹を叩く。

「ん、……ん、おちつく」
「……時間までブラブラしてよう」

 二人の身体が上の階に到達すると腰から腕が離れ、並んで歩きだす。
 轟の言う通り上映まではまだいくらか時間があるようなので、映画館があるのとは反対へ足を向けた。
 家族連れやカップル、友人グループなどが行き交う日曜日のショッピングモールに漂う和やかな空気は、唐突に響いたつんざくような悲鳴によって打ち砕かれる。騒ぎは階下から起こったらしい。拡散した悲鳴が吹き抜けを突き上げて西岐の耳に届く。緩んでいた思考がギリギリと音を立てて引き絞られていくのを感じながら吹き抜けの手すりに身を乗り出すと、泣きわめく子供を抱えて刃物を振り回す男の姿が見えた。前後不覚に暴れているようにも、要求があって意図的に人質を取っているようにも見える。なんにせよ子供を救出しなくては。

「フォローはお願い」
「分かった」

 轟と交わす会話は最小限。
 手すりに足をかけて静かに階下へと飛び下りる。頭上への警戒はゼロだったらしくあっさり西岐の手に触れられてしまった男は、西岐の抑制と轟の氷結を食らってあえなく御用となった。……わけなのだが。西岐の手で保護された子供が、幼い容姿に似つかわしくない汚い言葉を吐き捨てて逃れようともがいている。どうも様子がおかしい。

「……もしかして、きみ、子供じゃないの?」

 保護するにしても確保するにしても手を放すわけにはいかないと、しっかり腕に抱きかかえて問いかけると、子供の目が鋭くなって西岐に向いた。

「――おいッ! 後ろ!」

 緊迫した轟の声が西岐に注意を促す。
 背後で拘束されていた男が口から煙のようなものを吐き出しはじめ、腕の中で子供が大きく口を開いて鋭い牙を覗かせる。咄嗟のことですぐに動けなかった西岐の身体を突き飛ばして、轟が煙と牙を代わりに受けてしまう。煙がぐるぐると渦を巻いて轟に纏わりつき、体内に吸い込まれるように消えていくのと同時に、轟は腕に噛みついてきた子供を力任せに振り払った。
 西岐は常に持ち歩いているミニカッターで指先を斬り、氷漬けの男と地面に転がった子供に血を擦り付けた。口の中で小さく封印と呟くと子供の姿がみるみるうちに成人男性の様へ戻っていく。

「わあ……ほんとに子供じゃないんだ……」

 抵抗されては困るので手で触れたまま抑制をかけて動きを封じた。身に着けていた子供サイズの衣服を引きちぎり裸体を晒し、地面に縫い付けられている男の様は一種異様で、一般客たちは遠巻きに騒いでいる。

「れぇっ、そんな汚いものに触るな。どいてろ」
「腕、だいじょうぶなの?」
「全然大した事ねえ。人質もヴィランだったとはな、舐めてやがる」

 轟は平気だと言いながらもその口調はかなり苦々しい。
 元子供だった男も氷漬けにして身動きが取れないようにしてから数分、施設の関係者や一般客から沢山通報があったようで、大きな事件だとでも勘違いしたのか必要以上の人数の警察が駆けつけてヴィランの二人を連行していった。

「いたい? ごめんね、俺が油断したから」

 通路の中央に置かれた休憩用のソファーに二人並んで座り、西岐は轟のシャツの袖をまくり上げて赤くなっている二つの点を見つけて、きゅっと眉を寄せた。

「痛くはない」
「ちゃんと消毒したいよ……帰ろうよ」
「俺よりれぇの消毒しないと」

 血は出ていないようだがかなり深くまで牙が食い込んだように見える。だが轟は涼しげな表情で袖を元に戻し、まるで噛まれたことなどどうでもよさそうに話をすり替えてしまう。自分の消毒と言われて意味が分からず、頭を右に傾けては考え、左に傾けてはまた考える。

「俺はかまれてないよ」
「噛ませてたまるか」
「もう、しょうとくんの話よくわかんない」

 やはり言っている意味が理解できなくて西岐は困ったように両手で頬杖をつく。
 吐き出された煙のようなものの成分も、噛みついた行為の意味も分かっていないのだ。いくら大丈夫だと言われても気にしない訳にもいかない。
 周囲はあれだけの騒ぎがあったというのにすっかりいつも通りのにぎやかなショッピングモールへと戻っている。だが、西岐はもうとても映画を楽しもうという気持ちではなくなっていた。それは轟も同じようで、そろそろ上映時間になるという頃だが特に何も言ってこない。

「……あれ、なんか、……煙、でてない?」
「お……?」

 最初は目の錯覚かと思う程度だった。それが段々とはっきりわかるくらい、轟の身体の表面から煙のようなものが漂い始め、先程のヴィランが吐き出したときのような濃く纏まった重い煙が地面でぐるぐる渦を巻いている。

「え、……え、なに、こわい」

 何が起きるのか予測がつかず西岐はソファーから腰を浮かせた。轟にもしものことがあったらどうしようと、そういう焦りが胸に充満していた。
 煙の渦がかなりの密度と質量になるや、ぽんと軽やかな音とともに散る。
 その音に西岐の肩が飛び跳ねる。轟を庇うように肩に手を置いてほんのわずかに身を乗り出す。気がマックスまで張り詰める。
 だが、煙が掻き消えるや、その場で起きたのは西岐の想像を遥かに超えた現象だった。

 行き交う人たちの何人かがソファーの前を見て『可愛い』と表情を綻ばせて通り過ぎていく。
 西岐の張りつめていたはずの表情が一転して、拍子抜けしたようにきょとんと目の前の存在を見つめている。
 白と赤の半々に分かれた髪、少し鋭い目つき、幼児らしいぽってりした身体。少年が身に纏う服は今日轟が着てきたのとまったく同じデザインで、だぼだぼと随分布を余らせて引きずっている。目元の火傷はないが、轟をそのまま小さくした姿に、西岐は今自分の手を置いている肩を思わず振り返った。

「どういうことだ?」

 困惑の声を発したのは間違いなく轟だ。それも西岐の知っている高校生の姿、高校生の声だ。
 では目の前にいるこの子は一体誰なのかという疑問が浮上する。

「きみ、お名前は?」

 恐る恐る問いかける。

「……とどろきしょうと」

 ああ、と心で嘆く。
 予想した通りの返答だった。





「どうぞ、あがって」

 扉を開けて内側へと招き入れる。大きな轟と小さな轟が同じような会釈をしながら玄関をくぐって、靴を脱いだ。
 ここは雄英から徒歩圏内にある西岐のマンションだ。
 轟の小さな分身がどうして出来てしまったのか、どうやったら戻るのか、そういうことは一切分かっていないのだが、ヴィランの男のようにショッピングモールで元のサイズに戻って万が一にも裸体を晒してしまっては大変なので、一旦避難しようということでこの場所が選ばれた。学校の寮ではクラスメイト達に弄ばれるのが目に見えていたから轟が嫌がったという理由もある。
 ちなみに出現したときに着ていた服はサイズが大きすぎて不憫に思えたので、近くのショップで服から靴までを購入して着替えさせてあった。勿論着替えさせたのは轟本人だ。選んだのが西岐なのでシンプルでゆったりしたデザインの服に身を包んだ轟は、少しだけ西岐の雰囲気も纏っている。

「まるで俺らの息子みたいだ」
「しょうとくん、それね、十回目くらいだよ」

 同じセリフを繰り返している轟と、西岐が口にした名前にぴくっと反応した小さな轟をリビングに案内し、西岐はキッチンに足を向けて大きさの違うマグカップ二個とグラスを一つ、軽くゆすいでからリビングへと持って行った。途中で買ったお茶を注ぎ入れて並べる。
 大きな轟は西岐のすぐ隣に座るが、小さな轟は所在なさげにまだリビングの入り口で立っている。彼からすると西岐は初対面の人間だ。いきなり家に連れてこられて戸惑っているのかもしれない。

「しょうとくん、おいで?」

 広くはないラグの上、一つだけ置かれたクッションをぽんぽんと叩いてみる。
 伺うような視線が真っ直ぐ西岐に向けられている。

「えっと、あ、だっこする?」

 クッションよりも人肌の方が落ち着くだろうか。なんとなくそう思えてクッションを叩くのをやめて両手を広げて待ち構えてみる。
 すると、何故か隣にいた大きな轟の方が胸に飛び込んでくる。勢いがよすぎたせいで西岐の身体が後ろに傾いて、抗うことも出来ずラグの上に横たわってしまう。

「もー……っ、ちがーう!」
「俺も焦凍くんだから間違えた」
「うそだよねーもう」
「ん……」

 結構な勢いで押し倒された割には身体を打ち付けるということも、轟に押しつぶされるということもなく、轟の腕がやんわり西岐の身体を支えながらラグに横たわらせてじわじわ体重をかけてきた。どう考えても冷静極まりない所作なのだが、あくまでも『間違えた』というスタンスらしい。
 ちょっとした悪ふざけということでもないらしくなかなか上から退こうとはしないので、西岐はどうしたものかと困り顔になる。このまま小さい轟を放置という訳にもいかない、とリビングの入り口の方へ目を向けると、その小さい轟が思いのほか近くまできていて、なんと、大きな轟に向かって蹴りを入れたのだ。それはもう、子供ならではの容赦のなさで。
 蹴りを入れられた轟が小さく息を詰める。

「いッ……たいな、おい、なんなんだ」
「てをはなせ、ヘンタイ!」

 見事な一撃を食らった脇腹を抑えて轟が起き上がる。小さな轟がそれを更に押しのけて西岐を庇うように立った。

「……変態? 俺が?」
「こいつ、いやがってた!」
「……嫌がってた?」

 どうやら小さな轟は西岐が襲われていると思ったらしい。まだ小さな体で必死に庇おうとしている姿がとても微笑ましく頼もしい。なんと可愛らしいヒーローなのかと西岐の表情も綻ぶ。

「俺はね、こいつじゃなくて、れぇっていうんだよぉ」
「れぇ、おれがまもるからな!」
「え、嫌がってた?」

 自由になった体を起こした西岐に頼もしい言葉をかけてくれる小さな轟と、変態と言われたことのショックが案外大きかったらしい轟。

「あのね、しょうとくんは俺のお友達で、ふざけてただけだから、蹴っちゃダメ」
「……そう言い切られるのは釈然としないな」
「おれ、れぇがしんぱいになってきた」

 弾みさえつけばもう一度蹴りかかりそうな様子を見かねて、轟へのフォローと蹴らないように注意をする西岐に、今度は二人揃って眉を寄せる。同じ顔で似たような表情をするものだから見ている方としては可笑しいのだが、真剣に何か呟いているのを笑うのは気が引けて口元に手を当てて押し隠した。
 見た目だけをトレースした贋物という可能性もあったのだが、こうして話しているとやはり轟本人が幼児化したと判断する方が自然に思えた。表情や仕草、真剣なのにちょっとずれているようなところまで本当にそのままなのだ。
 さてどうするべきか、と頭を悩ませる。血をつけて封印したにもかかわらずこうして影響を及ぼしているということは、西岐が封印を解いてから時間差で作用したということなのだろう。だとするとヴィランにもう一度触れさえすれば元に戻ると思うのだが、ただのヒーロー見習いが警察に連れて行かれたヴィランに簡単に接触できる気がしない。そして話が拗れれば拗れるだけ、学校側に連絡がいってしまう可能性が大きくなる。相澤に怒られるのは正直避けたいし、それこそヴィランに接触するなどとんでもないと言われそうだ。
 いろいろと考えを巡らせた後、西岐はスマホを手に取った。かけるのはやはり警察。ただしヴィラン逮捕の協力者としてではなく居合わせた『被害者』としての問い合わせだ。つまり、『先程のヴィランによって影響を受けたようなのだが、どうすれば元に戻るか教えてほしい』という問い合わせの形で電話してみたのだ。横から轟に真顔で見つめられる。どういう感情で見てきているのか分からずドキドキしながらスマホごしに聞こえてくる警察の声に耳を傾ける。

「ヴィラン二人の個性が混ざって、変な作用をしたんじゃないかって。片方は年齢を操作する個性で、もう片方は分身かなんかをつくるらしくって、どちらも時間が経てば効果が消えるはずだって。もし明日になっても消えないようならまた連絡してくれって」

 聞いたばかりの情報をそっくり伝えると轟は短くそうかとだけ言って、じりじりと西岐に寄ってくる。小さな轟が過剰に反応して阻もうとするが、それも押しのけてじーっと見つめる。

「……なに?」
「いや。れぇもそういう嘘をつくんだなと思って」
「うん……」

 やはりそのことで見られていたのかと西岐は頬を両手で押さえた。嘘をつくところを人に見られるというのはどうも落ち着かないものだ。

「電話越しじゃなきゃバレてたぞ。顔、緊張しすぎてて可愛かった」
「はーなーれーろー……っ」

 轟の声のトーンが段々と下がるのに従って距離が縮まり、息がかかりそうなまでに近づいた。その長い腕の先で遠くに押しやられている小さいほうの轟が唸りながら腕を振り回している。怒りが極まったらしい彼が轟の腕をわしっと掴むなり、ビキビキッと轟の腕が凍り付く。

「わ……すごい」

 氷結の個性。間違いなく轟本人に違いない。
 まだ四、五歳ほどであろう彼が生み出した氷が腕伝いに轟の半身に走り、そのまま全身を凍り付かせるかに見えたが、その前に轟のもう片方の個性、炎熱が巻き上がって一瞬にして氷を溶かしてしまう。氷を溶かしつつも部屋を燃やしてしまわない程度の炎。左側のコントロールも随分うまくなってきているようだ。

「弱いな」
「おれもそれくらいできる」
「でも俺のほうが強い」
「待って、待って。しょうとくん大人げないから」

 個性でも口でも少しも手加減する気配のない轟を慌てて制する。そもそも同一人物である可能性の方が高いのにどうして本人同士で衝突するのかが謎だ。

「あ、そうだ。ちっちゃいしょうとくん、おいでおいで」

 再び凍り付かせようと冷気を漂わせていた小さい轟が西岐の呼び声でころっと戦意を削ぎ、手招きしてやると素直に西岐の方へと歩み寄ってくる。この部屋に連れてきた時に比べてかなり気を許してくれているようだ。
 だから西岐は遠慮なしに小さな轟の身体を抱き寄せて膝に座らせてしまう。

「よいしょ、ほら、これでいいんじゃない? ケンカできないでしょ」
「――っ!」
「――なっ!! 駄目だ、そんなの!」

 単純に押さえ込んでしまえば身動きも取れないし、衝突のしようがないと思ったのだが、想像以上の効果があったようだ。腕の中で小さな轟の力がしおしおと抜けていくのが分かる。近くにある耳が赤い。
 どういうわけか大きい轟の方がムキになっている。

「おっきいしょうとくんも落ち着こうね」
「待ってくれ、その呼び方は凄くエロい……ずるい」

 会話が噛み合わない。何に感情を揺さぶられたのか分からないが轟はクッションに顔を埋めて蹲った。そしてその状態で静かになる。

「困ったお兄ちゃんだね」
「……う、う」

 膝の上に座った小さい轟をぎゅっと包んで後ろから頬を寄せると、まだ幼い子供だからなのか高い体温が頬に伝わってくる。柔らかな感触に気持ちがついほわほわと緩んでしまう。

「かぁわいいぃ」
「お、おれよりれぇがかわいい」

 脱力してされるがままになっていた小さな轟が、ぐぐっと頬で頬を押し返してきた。
 もう子供扱いされることにプライドが刺激される年頃なのだろうか。

「うん、しょうとくんはかっこいいねえ、氷結凄かったあ」

 "かわいい"から"かっこいい"に誉め言葉をシフトさせると分かりやすいほどの反応が返ってきた。小さな轟の背中がピンと伸びて西岐を振り返る。どこか誇らしげでフンと鼻息を吐きそうなほどだ。彼の動きに合わせて抱きかかえていた腕を解き、向かい合わせで立ち上がった小さな轟の顔を覗き込む。

「おれかっこいい?」
「うん、かっこいい」
「すき?」
「うん、すきだよぉ」

 問いかけてくる言葉一つ一つに丁寧に頷いて肯定して返す。そのたびに頬が紅潮して嬉しそうな気配が顔じゅうに広がっていく。高校生になった轟よりもずっと表情豊かな顔を見ていると西岐も笑みが深くなる。

「……れぇ、そいつ子供じゃなくてただの雄だからな」
「おっきいしょうとくんの言うことってたまによく分からない」
「……おっきいとか言うなって」

 クッションに顔を押し当ててもごもご喋る轟は相変わらず理解できない次元にいるようだ。
 ほんの僅か、大きい轟の方に気が逸れた西岐の服を小さな轟が引っ張って自分の方へと向き直らせる。

「おおきくなったら、おれ、れぇとケッコンする」

 きっぱりはっきり堂々と幼い口調で言い放たれた言葉に、西岐は気圧されて目を見開いた。キリッと凛々しい双眸が挑むように西岐に注がれている。
 クッションに顔を押し当てて横目で伺っていた轟がガバッと勢いよく起き上がる。

「なんでそこで赤くなる」
「だって……」

 轟が眦を吊り上げて指摘する通り、西岐の頬は頭の中身が沸騰するのではと思うほどに熱を纏った。手で押さえると手のひらがじんわりと汗ばみ、困ったような吐息が漏れる。

「はじめて告白されちゃった、どうしよう」
「断ればいいと思う。それでこっちの俺がもう一回告白するから聞いてくれ」
「れぇ、おれとケッコンするか?」

 二人同時に話すものだから声が重なって少々混乱するものの、小さな轟の告白の方へもう一度視線と意識を戻した。

「それじゃあ、しょうとくんが大きくなったら、結婚しようか」

 大きくなったら……それは元に戻って、消えてしまうという意味で、泡沫のような儚い喜びではあるが西岐は噛みしめて応えた。西岐の言わんとしていることが伝わったのか、大きい轟も口を引き絞って首に手を当てている。
 それを待っていたかのように小さな轟の身体が煙に包まれ始める。
 消えてしまう。
 西岐は思わず小さな手を握っていた。
 軽やかな音ともに煙が弾けて消えていく。

 完全に目の前から姿がなくなってしまうのだと思った。
 ……のだが。

「れぇ」

 西岐の手を確かに握り返してくる手があった。それは先程の小さく柔らかい手ではなく、高校生の成長半ばな手でもなく、明らかな成人男性のすらりとした手。
 名前を呼ぶ声は西岐が知っているものよりいくらか低く、甘い響きを帯びている。
 煙が晴れたそこにいたのは、大人びた顔立ちになった轟で、一糸まとわぬ姿で西岐の身体をラグへと縫い付けた。

「れぇ、大きくなったぞ」

 何が起きたのか理解できず端正な顔立ちを見上げていると、視界を見慣れた轟の手が遮った。

「くっそ、変態はそっちじゃねえか」

 西岐と男の間に差し込んだ腕で払うように押しのける。余程の力だったのか、男が自ら引いたのか呆気なく体がどかされて、そのせいでしっかりと男の全身が西岐の視界に収まってしまう。見てはいけないものを見てしまったような気持ち。

「ああああああ……、服、服」
「れぇ、結婚しよう」
「クソ変態が! 早く消えろ!」

 真っ赤になって視線を彷徨わせている西岐と、陶然とした目で西岐を見つめる男と、渾身の怒りを男に向ける轟。
 最早その場は大混乱に陥っていた。

 男が煙に包まれて消え去ったのは、結局、次の日の朝日が昇るころだった。
create 2018/01/13
update 2018/01/13