飯田
リユニオン



中学の同窓会での飯田と夢主の話。
捏造だらけです。オリキャラがかなり出張っていますのでご注意ください。
本編の設定を使用していますが切り離してお読みください。






 中学時代の西岐は、気付けばそのまま消え去ってしまうのではないのかというほど存在感を消していた。必要なこと以外は口を開かないし、常にクラスメイトの輪から外れて遠くで佇んでいるような、大人しくて無口で目立たない人だった。もしクラス委員長の立場でなければ飯田も中学時代の西岐のことは思い出せなかったかもしれない。ただ、クラス委員長だった飯田は他のクラスメイトたちとは違って、西岐と接する機会が多かった。
 いつも遅れがちな提出物を催促し、群れから外れている西岐を呼び寄せ、先生からの呼び出しを言づける。そうやって事あるごとに世話を焼いているうちに段々とそれが当たり前のようになっていったし、使命感に似たものが満たされていた気がする。

 その西岐と、雄英の教室で再会したとき、飯田は言葉に出来ないほどの衝撃を受けた。
 頭のどこかで西岐がヒーロー志望ではないと思い込んでいたのだろうか。それとも同じ雄英を目指しているということを知らなかったことがショックだったのか。
 とにかく動揺が拭えなくて飯田は西岐から意識を引っぺがし、無理やり別の方に捻じ曲げた。ちょうど都合よく態度の悪い爆豪がいたし、入試以降気になっていた緑谷もいたし、入学早々に担任から想定外の体力テストへ促されたこともあって、幾らか気を反らすことに成功する。

 だが、その体力テストで飯田は更なる衝撃を受けることになった。
 いくつもの種目を計測し終え、残すところ持久走のみとなって、スタートラインに立つ西岐の表情が変わった。サァと後ろに流れた前髪から覗いた双眸は誰も映さず前を見据えている。
 スタートの合図が鳴り響いた。

「おい、飯田、もう酔ったんじゃないだろうな?」

 不意に振られた問いかけに飯田の意識が過去から戻ってくる。
 都内のレストランで催されている中学の同窓会へ無事帰還した飯田は、立食形式の会場に散らばっている同期達を見渡してから、声をかけてきた人物に視線を戻した。中学時代の面影はあるもののすっかり社会人らしくネクタイを締めている彼は、中学の頃によく行動を共にしていた友人、三黒(みくろ)だ。微小なものを肉眼で見ることのできる彼は現在医療関係の仕事に就いていて、かつて己の不徳で手に残していた後遺症をプロになった際に取り除く治療をしてくれたのも彼だ。

「俺は酒に酔ったことがないのだよ」
「それじゃ人生つまんねえな、よっし、いっぱい食え」

 三黒は中学時代と変わらぬ兄貴肌な性格を惜しげもなく発揮して取り皿にモリモリと食べ物を取り分けてくれる。
 片手に飲み物、もう片手に取り皿ではどうしようもないので、壁際に並べられている椅子とテーブルへ移動して二人揃って腰を落ち着かせた。

「ヒーロー事務所は順調なのか?」
「うむ、すこぶる好調だ」
「そこは普通『まあまあだ』って謙虚に答えるところだぞ、飯田」

 ケタケタ笑いながら皿からチキンを摘まんで口に放り込む。どうやら取り分けてくれた料理は三黒の分も含まれているらしい。飯田はキッシュに齧り付いて三黒の言葉と一緒に咀嚼すると、なるほどと頷いた。こういう細やかなところがいまだに足りない飯田と、昔から機微に聡い三黒。お互いがお互いを相変わらずだなと笑っていれば、周囲がにわかに騒がしくなった。

「あー、西岐、来たぜ」

 首を伸ばして目を向けた先、レストランの入り口で同期達に取り囲まれているオレンジ頭が見える。

「すげえ人気。あれほとんど中学んとき話したことない奴らだろ。ヒーローにもなるとこうなるわけだ」

 取り囲んでいる連中への嫌味が包み隠しきれず三黒の口から零れ落ちた。
 そう、ヒーロー。
 それも『人気急上昇中の』という修飾がつく。
 近頃のヒーローニュースでやたらとピックアップされているニューフェイス。学生時代から何かと名を馳せていた彼がついに表舞台に立ち、デビューと同時に目覚ましい活躍を見せる西岐こと『サイキッカー』はいまや押しも押されもせぬ若手実力派として世間に認知されていた。
 有名になれば当然出てくる『話したこともないお友達』。
 同じ中学に通っていたというだけのことがどうして彼らのステータスになるのか理解ができないが、ここぞとばかりにお近付きになろうとする連中は大抵が、あの頃、西岐を無視したり馬鹿にしたり、それとなく仲間から外したりしていた者達だったりするから笑えない。西岐本人は根に持つどころか恐らく覚えてもいないのだろうけれど。

「いってらっしゃい、委員長」

 背中に投げられた三黒の声。
 考えるよりも先に飯田の脚は真っ直ぐ西岐に向かって突き進んでいた。群がっている連中を押しのけて西岐の肩を引き寄せる。

「みんなっ、西岐くんが困っているではないか! さあ、散った散った!」

 声と動作で周囲の連中を追い払えばあからさまなブーイングが飯田へ押し寄せたが、そういうものには慣れ切っている。だから無視できないレベルの不平不満の類を物ともせず、西岐の肩を押してレストランの奥へと導いた。
 それでも連中は二人を取り囲んでぞろぞろとついてきていたが、壁際に座る三黒の姿を見るなり『うっ』と小さな呻きを挙げて散らばっていった。

「さすが元ヤンだ」
「面白いくらいに未だに誰も近付かねえな」

 ある種の尊敬を三黒に向けるとさも可笑しそうに愛好を崩す。こうして話している分には別段尖ったものはないのだが、少々喧嘩っ早いところが仇となって、優等生ばかりが集まったエリート中学で浮いてしまった。つまり彼もまた集団からあぶれた一人で飯田が気にかけているうちに仲良くなったというわけだ。

「いいだくん、ありがとぉ。みくろくん、久しぶり」
「相変わらず気が抜けるなぁ、その喋り方。適当に見繕ってきてやるから座ってろよ」

 西岐が椅子に座るのと入れ替わりで三黒が立ち上がり颯爽と料理台に向かう。何をとるか悩んでウロウロする三黒とそれを避けていく同期達を眺めながら飯田も西岐の隣に腰かけた。

「デビューおめでとう」
「ありがと、あの、お花も」
「祝いの花で事務所が埋まったって聞いたが」
「あ……うん、そうなの」

 得ようと思わなくても手元に届いてくる西岐関連の情報。大体のソースは雄英ヒーロー科A組の元クラスメイト達だ。運よくお祝いに駆けつけられた彼らによれば花や電報、問い合わせやマスコミ関連などが押し寄せたために、サイドキックを雇っていない小さな事務所は大混乱となって彼らは一日中対応の手伝いをこなす羽目になったらしい。

「事務所も近いし、何かあれば遠慮なく頼ってくれ」

 指先までピシッと揃えた手を胸元に当ててそう言うと西岐は数秒開けてから、ふにゃあと綻んだ。

「いいだくんだなあ」

 声と一緒に本人まで空気へ溶けていってしまうのではと思うほど、やわらかくふわふわした声が飯田の名前を紡いで鼓膜を掠る。
 胸が引き絞られるように苦しくなって飯田は息を詰めた。

「中学でも高校でも一緒で、いっつも助けてくれてて……また、頼ったりしてもいいのかな」

 シュッと息を吸う音が身体の内側でやけに響く。

「もちろんだ、もはや生き甲斐なんだ、頼ってほしい」

 反射的に吸い込んだ息が声を伴って滑り落ちた。口から勢いよく出ていった言葉が耳へと戻ってくるなり顔面が火を噴く。
 いったい自分は何を言い放っているんだ、と。
 しかし西岐はどうやら違う意味で捉えたらしく先程と変わらぬ笑みを浮かべてウンウンと頷きを返す。

「昔からそういうところあるもんね」

 人に頼られること全般に生き甲斐を感じていると思われたようだ。まるっきり間違っているわけではないので否定しづらい。ただ、なんというか……妙に残念な気持ちが胸にあって、無駄に体温の上昇してしまった顔を手のひらで擦った。
 持ち上げている左手に西岐の視線がじっと向けられていることに暫く気付けなかった。
 随分な沈黙があって飯田が隣へと目を戻すと、西岐が飯田の左手に触れてきた。

「手、どう?」

 短い問いかけ。けれどそれだけで何を聞いているのか分かった。
 高校一年のあの時からずっと抱えていた手の痺れ。それを取り除く手術を受けたことを知っているのだろう。そしてあの後遺症がどうなったのかという問いだった。
 時間が経っているということもあって完全に痺れを取り除けるか分からなかっただけに、まだ誰にも知らせていなかったのだが。
 そう思考を巡らせていると、硬い靴音と共に戻ってきた三黒が代わりに答える。

「誰が繋いだと思ってんだ。今なら針に糸通すんだって余裕だぜ」
「……三黒くん。守秘義務という言葉を知っているか」

 なるほどお前かという飯田の視線を悪びれもせず平然と受け止めて、西岐の前に取り皿とグラスを置いた。飯田に取り分けてくれたものと違って、ほとんどが甘味で、グラスの中身もアルコールではなさそうだ。

「…………ありがとう」

 西岐はどちらに対してなのか分からないお礼を吐息交じりに言ってペコッと頭を下げた。
 それを見ながら、飯田の脳裏にはあの時の光景が蘇っていた。無様に地に這いつくばる飯田を庇うように立っていた西岐。もう飯田に庇護されるだけの存在でないのだと、背中が語っているようだった。
 本当は入学式の日に分かっていた。
 彼が守る側になろうとしていることを。
 言いようのない寂しさがあったけれど、代わりに今度は隣に並び立てる喜びを手に入れた。
 こうしてヒーローとして立てているのは西岐のおかげでもあるのだ。

「いや、そもそも、俺が生きていること自体、西岐くんのおかげかもしれない」
「え?……そんなこと……」

 思考が思考として治まらず口から転がり落ちたのを弾みに、感情と言葉が制御できなくなる。

「そんなことあるんだよ。俺は西岐くんがいないと生きた心地がしない」

 三黒が大きく目を開いて静かに回れ右をする。
 学生時代から積み上げてきたものがあと一押しで音になる。
 まさかの、そのタイミングで。
 盛大に鳴り響いた二つの電子音。
 西岐と飯田がそれぞれ緩慢な動作で胸ポケットから音の発信源を取り出した。手のひらサイズの通信機器に表示されているのは想像通り、応援要請の通知。

「ヴィランだ! 西岐くん、行こう!」
「うん」

 それまでの空気を薙ぎ払い、二人の表情が引き締まる。
 振り返った三黒がそれでいいのかと言わんばかりの目を向けてきたが、当然、いいに決まっている。
 ヒーローなのだから。
 襟元に指をかけてネクタイを引き抜く飯田の肩に西岐の手が置かれた。瞬く間に景色が変わり、破壊された公共施設と暴れているヴィランの姿が眼前に迫る中、飯田は高揚している自分を自覚していた。確かに西岐と並び立てているのだという実感が喜びを伴って胸に広がる。
 この事件を無事に納めたら、もう一度、初めから伝えよう。そう思いながら大きく足を踏み込んだ。
create 2018/01/30
update 2018/01/30