爆豪vs轟
ヒーローとヴィランと人質



爆豪くんと轟くんが夢主を取り合ってバトルするお話。
戦い方とか個性の使い方とかいろいろと勝手に捏造しています。
雰囲気だけ汲み取ってやってください。
時期としては職場体験と期末試験の間くらいのつもりで書いています。
美味しいところは例のあの人が持って行っちゃうというオチになっています。ご了承ください。
本編の設定を使用していますが切り離してお読みください。






 遠慮なしの大爆発が耳を掠めて西岐は思わず身を凍らせた。口に貼られたテープの下でくぐもった悲鳴が漏れる。身動きの取れない状態で戦闘の場へ放り投げられる恐怖がいかほどか。
 視線の先には凶悪に歪んだクラスメイトの顔。
 ああ、ダメだ、死ぬ。
 落下していく感覚と共に意識が遠退いた。





 とある日のヒーロー基礎学でのこと。
 いつにも増して楽しそうに登場したオールマイトが告げる本日の訓練内容は、人質救出。
 ヴィランが一般市民を人質に取って逃亡しているという設定で、ヒーローとヴィランに分かれて訓練を行うという。工場密集地帯をモデルに作られた運動場ガンマの中央からヴィランは逃亡を開始し、人質を連れたままゲートをくぐるか時間いっぱいまで逃げ切れば勝ち。片やヒーローはヴィランからだいぶ離れてスタートし人質を奪取してゲートをくぐるか時間いっぱいまで守り抜けば勝ちとなる。
 一対一のガチンコ勝負、ともあってクラスが一気に盛り上がった。
 さて前述の人質だが……とオールマイトが意味ありげに言葉を区切ったところで雲行きが怪しくなった。
 特に気にもせずクラスメイトの後ろでのほほんと話を聞いていた西岐に、ニッコニッコの笑顔が向けられてそのまま太い人差し指がビシッと突きつけられる。

「人質は西岐少年、君だ」

 まるで子供向けのショーでヒーローが子供を煽るために放つ『ヒーローは君だ』という台詞のように言い放たれて、西岐は頭に意味を落とし込めずぽかんと口を開いた。

「ほら、西岐少年が人質だとみんなやる気出るでしょ!」

 これぞ名案だと自信たっぷりな様子にクラスメイトたちも押し切られたのか、それともオールマイトの言う通りやる気が出るのか、誰からも異論反論が出ることなく、あれよあれよの内にブレスレットと靴を奪われ、両手に個性防止の手袋が嵌められ、手枷足枷で身動きを封じられ、テープで口を塞がれた。何もここまで徹底しなくてもと思ったのだが毎回行われる本格的な訓練を思い返せば人質がリアルに再現されるのも当然のように思えてくるから雄英は恐ろしい所だ。
 逞しい筋肉が西岐を抱え、宙をひとっとびして運動場の中央へ連れて行けば、もうそこにヴィラン役がスタンバイしていた。
 ギッと鋭い目に睨まれてまさに人質の心境を味わう。

「はい、爆豪少年、頑張って」

 怯えている西岐に気付いていないのかオールマイトは爆豪の手に西岐の身体を押し付けて颯爽と去っていく。
 置いて行かないで、と心で願っても逞しい背中は見えなくなってしまった。
 枷を嵌められるくらいどうともないと思っていたが存外身動きが取れないだけでなく自分で立つのもままならなくなるものだと初めて知った。つまり全力で爆豪に凭れ掛かっている、いや完全に抱きかかえられていると言っていい状態で、ドッドッドッドッと心臓が早鐘を打つ。
 瞬間移動なら身動きが取れなくても出来るのだが……。ああでも、爆豪にくっついているから意味がない。大体にして今逃げてしまった場合、爆豪の成績にどう影響するのかと考えただけでまた別の恐怖が襲ってくるわけで。蛇に睨まれた蛙よろしくガチガチに硬直して爆豪の凶相を見上げるしかない。

「――チッ……」

 爆豪に舌打ちにスタートの合図が被さるように鳴り響き、背中に当てられた手がグンと食い込み足が地面から浮き上がった。
 入り組んだ道の中でゲートまでの最短ルートを選んで突き進む。
 上下運動を伴う爆豪の動きに振り落とされそうで、けれどしがみつくことも出来ずに西岐は爆豪の胸に顔を押し当てた。爆破での加速がつけば尚更で、もっとちゃんと安定するように抱えてほしいと思って縋るように見つめていると爆豪が再び苦々しげに舌打ちした。

「……くっそやりづれぇ」

 半分ずり落ちかけていた西岐の身体を引き寄せ、それと同時に急に失速する。理由は明白だ。西岐をきちんと抱えるということは手が塞がれるということで、当然爆破が出来ない。片腕で抱えて片腕で爆破するにしてもそれでは両手が不自由になるのと同義。柔軟な彼の動きの妨げになっていることは間違いない。人質を取るということでヴィラン側に生まれる不利を実体験で教え込まれているわけだ。
 せめて西岐が自分で落ちないように捕まるなり出来れば違うのだろうけれど、人質がヴィランに協力するというの可笑しな話なので、されるがまま、ずり落ちかけたまま、不安定にぶら下がったまま、となってしまう。
 少ない回数で飛距離を出すためのなのか爆破の威力が増していく。
 爆風に身体が煽られる感覚はそう簡単に慣れるものではない。独特の浮遊感と着地の衝撃に備えるようにしっかりと歯を噛みしめた。





 開始の合図が鳴ってから二分ほどが経過するなか、轟は高い建物の天辺に立って運動場の中央に目を向けていた。
 ボン、ボン、と間をおいて爆発音が鳴り、建物の隙間から煙が立つ。
 索敵能力に乏しい轟でも一目で居場所が把握できてしまう"ヴィラン役"の個性。本人は分かっているのか、それとも冷静な判断が出来なくなっているのか。
 爆発の移動速度を見る限り随分手こずっていることが見て取れる。爆豪にしては酷く遅い。

「西岐、……今行く」

 轟の周囲の空気が急激に冷えて白くなり風に流れていく。
 断続的に氷を出現させてはどんどんと重ねて身体を押し出し前へと突き進む。爆豪の全力の爆破にけして劣らぬ高速移動を惜しげもなく発揮して、点々と移動する爆発音へと迫る。
 細い道の角を曲がった先に背中を捉えるなり、迷うことなく壁に手を張り付けて冷気を一気に張り巡らせた。
 薄い氷が壁や地面を伝い、爆豪の着地寸前の足を捉えようと伸びる。

「……ッ、バレッバレなんだよ、舐めプがッ!」

 氷が捉える前に小さな爆破が砕き、氷が届いていなかった先の地面に着地し更に細い道へと入っていく。
 爆豪と同様、身を潜めるには派手すぎる轟の個性。追っていることがバレているのは分かっていたが、ほんのひと払いで氷が砕かれてしまうと轟の負けん気がムクムクと頭をもたげる。
 細く標準を絞って一直線に氷を走らせて爆豪の腕を狙う。爆破の為に空けてある腕ではなく西岐を抱えている方の腕だ。西岐を抱えている側を狙うはずがないと思い込んでいたのか、爆豪らしくもなく咄嗟の行動が遅れて腕に氷が貼りついた。動揺している隙に反対の腕も壁伝いの氷で動きを封じ、ずり落ちそうになっている西岐に手を伸ばす。
 腕にしっかりと西岐の重みを受けると、最大の氷壁を出現させ、目くらましと同時に反対にも出現させた巨大な氷での移動によって爆豪から距離をとった。

 連なっているタンクの陰に身を潜め大分遠くで鳴り響いた爆発音を聞いてふうと息を吐く。
 人質を奪還してしまえばあとは出来るだけ静かにやり過ごしたほうがいい。
 タンクに寄り掛かって、西岐の足も地面に降ろしてやる。足枷のせいで自立がままならないようで轟は腰を抱いて支える。

「……改めて見ると、凄い格好だな」

 オールマイトの手によって拘束されていったのを見てはいたが、人質として奪還して改めて腕の中の西岐を眺めれば、不謹慎にも轟の胸が騒がしくなった。
 枷と手袋が嵌められた手を胸元で握って身を縮こませ、爆風に煽られて乱れた髪が汗でこめかみや額に貼りついている。テープで口が塞がれていて苦しいのか頬が紅潮しているし、潤んだ目を晒して轟を見上げてくるのだ。
 物凄く……"くるもの"がある。
 この状態の西岐を今の今まで爆豪が抱きかかえていたかと思うと、あの不調も分からなくはない。

「もう大丈夫だ、俺が守る」

 訓練での言葉とは思えないほど真剣味を帯びる。
 余程怖かったのか西岐の目の水分がいっそう増してこくこくと頷きを返す。とてつもない優越感に眩暈を覚えるが、それは束の間で、みるみるうちに西岐の表情が引き攣った。手袋をはめた手でぐいと轟の服を引っ張る。
 ハッとして背後に目を向けた瞬間、広範囲に渡る凄まじい威力の爆破が起きた。





 手から西岐の重みが消えたと分かった時、全身に走った怒りは今まで経験したものの比ではなかった。
 だがすぐに自分を落ち着かせる。
 西岐を取り戻せばいい。ただそれだけの話だ。
 爆破によって爆豪の場所を把握されたのと同じように轟は移動に軌跡をはっきりと残す。目くらましに大氷壁を出現させたようだが、よく見ればどれが移動に使った氷か分かる。大体の方向とおおよその場所に見当をつけ、籠手の先をそちらへ向けた。手榴弾を模したそれのピンを引き抜けば、溜まったニトロが一気に弾け飛び周辺の建物を遠慮なしに抉った。
 瓦礫の広場が出来上がったその奥に白い氷の壁が見える。
 見事炙り出された標的に今度は左手から噴き出す爆破をお見舞いすれば、氷壁を残して身を翻した。

「逃がすかよ」

 身軽になった今、人質を抱えた轟に速度で劣るわけがない。
 両手で爆風を蒸かして飛び上がり一気に追いつくと、先程されたのと同じように西岐を抱える側に狙いを定めて拳を振りかぶる。庇おうと突き出した右腕に拳がぶつかるなり思い切り爆破を食らわせた。
 轟は弾かれながらもすぐに体勢を立て直し、グッと足を踏み込む。地面から鋭く尖った氷が突き出て爆豪の頬を掠めるが、構わず前へと振りかぶった手の先でニトロを滲ませる。弾けるまでの僅かな時間、轟の腕の中で身を小さくしている西岐と目が合う。庇護欲なのか嗜虐心なのか、とにかくそわそわ落ち着かなくなって僅かに照準がずれた。

「――チッ」

 空振った手をそのままにはせず西岐の首根っこを掴み、もう片手ですかさず爆破をお見舞いし、轟の腕から西岐の身体を引き抜いた。
 テープの下から西岐のくぐもった声が聞こえる。

「…………ッ! 返せ……」

 轟の目に怒りが灯った。
 攻撃に転じた轟は遠慮なしに尖った氷の刃を地面から突き立てる。

「返せ? は、テメェのもんでもないだろ」

 再び身動きに制限のついた爆豪だが、しかし二度目ともなれば要領を得て手のひらから小刻みに爆破を放っては器用に方向転換をしながら後方へと逃げる。大氷壁の起こしにくい細く入り組んだ、障害物だらけの建物の隙間を選んでゲートまでのルートを辿っていく。
 氷を無駄に張り巡らせれば自分で自分の行く手を阻みかねない狭い路地で、轟はギリッと歯軋りし、足元で積み重ねた氷によって自分の身体を持ち上げてビル群の上へと上がった。爆豪の上空で加速して追い越し、今度は氷を滑り前方へと飛び下りた。

「……西岐、手を伸ばせ」
「ふ、ざけんなっ」

 パキパキと音を立てて周囲の壁が凍り始める。
 当然西岐が手を伸ばすと信じて疑っていないような声に爆豪の怒りが噴き出す。
 素直に従おうとしたのか腕の中で身じろぐ西岐を押さえ込んで、前方に腕を旋回させてたっぷりとニトロを滲ませる。

 恐らく、轟はそこまで読んでいたのだろう。
 爆豪が爆破を放つ前に、轟の左半身が炎を纏いぐるんと爆豪の腕に取り巻いた。炎熱に熱されたニトロ。当然爆発する。狙いも定まらぬうちに。
 予測しなかったタイミングでの爆破に気を取られて轟に懐へ入られ、ぐんっと片腕が思い切り引っ張られる。正確には腕の中の西岐を引っ張られて力任せに抱えている爆豪の腕まで引っ張られる形になった訳だ。身動きを取ろうにもいつのまにか足元が凍らされていて咄嗟の行動が遅れる。
 あっという間に西岐が上空に持っていかれた。





「――て、めえぇ……ッッ!!!」

 爆豪の唸り声で空気がビリビリと鳴る。
 轟が氷を積み上げて建物の上を行き一直線にゲートを目指す後ろを、爆豪が爆破を駆使して全速力で追いかけてくる。
 ヴィラン真っ青の凶悪な顔で迫ってくる彼がヒーローを目指しているというのだから理解が追いつかない。
 なす術なくアッチに持っていかれコッチに持っていかれし続けて、西岐のメンタルがそろそろ限界だと悲鳴を上げているのだが、まだ訓練終了の合図は鳴らない。ゲートも遠い。運動場ガンマの広さが本気で恨めしい。
 そうこうしているうちに爆豪に追いつかれ猛爆破を食らう。轟が氷壁で防ぐが爆破によって砕かれ、次の氷壁を作っても砕かれ、次第に氷壁の方が追いつかなくなって爆風が西岐の頬を舐める。
 さっきから、いや、始まってからずっと、二人ともが容赦なく個性を使うせいで西岐まで爆風に巻かれたり霜が貼りついたり熱風に焦がされたりしているのだが、果たして二人は気付いているのだろうか。そもそも人質というのはこういうものだっただろうか。
 轟の氷結が爆豪の拳を封じ込めるが、その内側でキュウウウウッと不吉な甲高い音が鳴る。限界まで冷やしたガラスを熱した時のような音だ。まさにそれと同じ現象が起きる。
 パンッと乾いた音と共に氷が破裂した。

「――ッん」

 爆風と飛び散った氷の破片を浴びて西岐は思わず腕で顔を覆った。その上に影が落ちる。
 真上から轟に向かって鷲掴むように手を伸ばした爆豪が顔面目掛けて思い切り爆破をぶちかました。至近距離でも威力を抑えていない爆破によって轟の上半身が仰け反り、西岐を抱く腕から力が抜ける。
 重力に従ってずり落ちる。引っかかりがなくなれば地面に吸い込まれるかのように真っ直ぐ落ちていく。
 落とすまいと伸ばした爆豪の腕を、今度は轟が掴んでバキバキと凍り付かせる。
 ああ、まずい、と頭のどこかが危険を叫んでいるが、恐怖と緊張のピークから意識が遠退いた。





 シュルッ。パシッ。
 衣擦れの音のあと何かに身体が受け止められる感覚がして、少しの間ブラックアウトしていた意識がふっと戻る。
 聞き覚えのある音。
 身に覚えのあるこの感覚。

「……お前ら……」

 地を這うようなこの声。
 薄く目蓋を開くと思った通り、相澤がぐるぐる巻きになった西岐を引き寄せて腕に抱いた。そしてひょいひょいとパイプに足をかけて建物の天辺まで登り、戦闘から我に返った二人をじっとりと見据える。

「折角の人質怪我させてどうすんだヴィラン。救出ならもっと頭使えただろヒーロー」

 核心を突く相澤の横顔を見つめる。相澤の腕は不安にさせる要素など微塵もないほどがっちりと西岐を支えていて、西岐は恐怖心が次第に解けていくのを感じていた。

「つーか……今のじゃただの取り合いだろうが」

 最早呆れたように言う相澤に二人が気まずそうに視線をそらした。

「西岐、お前も少しは自衛しろ」

 まさか自分にまで苦言の矛先が向けられるとは思っていなかった西岐は、重い目蓋を持ち上げて物言いたげにじっと見つめる。自衛と言われてもこの拘束でどうしろと、と言わんばかりに。
 汲み取ってくれたのかどうなのか、わしゃわしゃと髪を掻き混ぜられ乱れた前髪で視界を邪魔される。
 プツッとスピーカーがオンになる音がして、控えめな咳払いが聞こえる。

『あ゙ー……オホン、た、タイムアーップ!』

 モニターで相澤の登場を見ているのであろうオールマイトが制限時間の終了を告げた。授業開始当時と打って変わって声が小さく萎んでいるのはやはりここにいる相澤のせいなのだろう。

「オールマイトさん」
『……は、はい』
「人質役を生徒にやらせることには異論はないですが、まさか全訓練で西岐に人質をさせるつもりじゃないですよね」
『んんん゙……っ! もちろんだとも、交代でやるよ!』

 シュルシュルと捕縛武器が緩んで西岐の身体から剥がれて相澤の首元に巻き戻っていく。オールマイトの返事を聞いて枷を外してくれるのかと期待して待っている西岐を、なおも抱きかかえたまましれっと言い放つ。

「……なら、西岐は俺が保健室に連れていきますんで。授業の続きをどうぞ」

 保健室に行くほどの怪我はしていない。それに人質役をやっただけで、ヴィランもしくはヒーローをやったわけではないから訓練を受けたということにはならないのではないだろうか。今日の基礎学の単位が取れなくなるのではないか。
 言いたいことが山のようにあるのに口にテープが貼ってあってどれ一つとして声にならない。
 同じく言いたいことが山積みらしい轟と爆豪が、しかし相澤の鋭い視線に黙らされてぐっと言葉を飲み込む。相澤はそんな二人にさっさと背を向けて、身軽な動作で不安定な足場をトントンと駆けていく。
 あれほど遠く感じたゲートに呆気ないほど早く到達し、それでも西岐を下ろすどころか拘束も解いてくれず、本当に校舎に向けて走る相澤にざわざわと恐怖心が戻ってくる。

 ヴィランだ。
 拉致だ。
 救けてヒーロー。

 西岐の救けを求める心の叫びが誰かに届くことはなく、空しく西岐の胸の内にだけ響き渡って、運動場ガンマが視界から遠ざかっていった。





 その日のヒーロー基礎学は、残りの人質役をオールマイトがこなすということになり、全員のやる気と成績が著しく低下したのは言うまでもない。
create 2018/03/02
update 2018/03/02