路地裏組
春色とトリコロール



お花見するお話。
緑谷視点。
キャラ崩壊してます、ご注意を。
本編の設定を使用していますが切り離してお読みください。






 口実になるのなら正直何でもよかった。
 長期休暇でも自宅に帰らず訓練に勤しむ雄英高校でも春休みとなれば違う。卒業生の後処理と新入生の準備に追われ教師は忙しく、学年の切り替わりなどもあって全学年全学科の授業・訓練が休みとなる。なのでよほど遠方でなければ自宅に帰る生徒が多く、二週間近く会えない日々が続くわけだ。
 学生寮で毎日を一緒に過ごしていたせいでたった一日でも顔が見れないことに心が悲鳴を上げ、緑谷は無心でスマホを操作していた。

『お花見に行きませんか』

 もう少し誘い方があったように思うが鈍感な西岐相手ならばこれで良かったかもしれない。

『行く!』

 驚くほど速く既読がついて返信が表示された。
 ただし既読の後ろに3という数字がつきピロンピロンと電子音が続く。

『俺も行く』
『俺も行くとも』

 無心で送ったばかりにグループチャットの方でメッセージを送ってしまっていたらしい。
 参加を告げたのは飯田と轟。
 己の失態に動揺しつつ指を動かす。

『飯田くんは東京からじゃ大変なんじゃない?』
『ホテルをとるから問題ない』

 くっこのお坊ちゃんめっ、とは思っても口には出さない。緑谷だって飯田の立場なら新幹線で日帰りでも絶対参加する。だから『来るな』とは言わず代わりに日程と場所を提案して、三人から同意を得ると複雑な面持ちでスマホから顔を上げるのだった。





 それから二日後の日曜日。
 満開の予想に合わせて予定を組んだのだが、同じ考えの人間は大勢いたらしく、緑谷の家の近所の公園は人で溢れ返っていた。近所の公園と言っても池が三つもあって、温室植物園まであるような広大な公園で、花見客をターゲットにした屋台やキッチンカーで飲食物が売られている。
 手に持ったスマホをちらりと見て時間を確認する。さっきから時計の進みが遅くなっているような気がしなくもない。
 寮の時にはそう味わう機会のないこの待ち合わせというものが緑谷をそわそわ落ち着かなくさせていた。

「スマホが壊れている気がしてきた……」

 隣で轟がボソリと呟く。あまりの時間の変わらなさと連絡がこないことにじりじりしているらしい。

「待ち合わせ時間までまだ三十分はある。気長に待とう」

 気長にと言いながら一番落ち着かないのが飯田だ。行き交う多くの人を邪魔そうに身体を揺らして視界から外しては西岐の姿を探している。
 緑谷たちが楽しみのあまりに早く来すぎただけで西岐は全く悪くないのだが、三日会っていないということもあって、待ち遠しくてついつい焦れてしまう。
 そんな緑谷の視界で、ひらり、ひらり、と薄紅の花びらが舞い、スマホの上に落ちた。つられて視線を落とした時、この季節特有の突風が駆け抜けた。
 砂と花弁が勢い良く舞い上がって反射的に目を閉じる。
 視界を塞いでも風が渦を巻いて何度も吹き抜けていくのが肌で分かった。
 幾らか弱まった頃にそっと確かめるように目を開いていく。
 風と花弁が舞う一瞬の間に、現れた。
 薄紅の吹雪の中に溶かし込むようにオレンジ色の髪をなびかせて。
 緑谷は時が止まったように見つめていた。駆け寄ってくる西岐の姿を。

「おはよぉ、遅れそうだったから瞬間移動で来ちゃった」

 乱れた髪を直しもせず、にへらと嬉しそうに笑う。両手が荷物で塞がっているせいなのだと冷静な頭の一部が分析しているが表情筋が仕事を忘れてしまったらしく、ぼーっとした顔で西岐の顔を見つめる。

「……桜の精かと思った」

 まさしく緑谷が思っていたことを轟が代弁してこちらはうっとりと目を細めている。

「重そうだな、それ……何が入っているんだ?」

 飯田は頬を軽く染めただけで、西岐の乱れた髪を直してやりつつ手元の荷物を覗き込んだ。大きな保冷バッグとトートバッグを両手に持っている。花見であの形状のカバンとなれば何となく予想はつくものだが西岐の登場に気を取られていた緑谷は相変わらず気の抜けた顔で眺めていた。

「えっとね、サンドイッチとーお団子とー、紅茶とお茶、持ってきちゃった」
「てっ……手作り!!?」
「お団子は買ったやつだよ」
「西岐くんが俺の為に作ってくれたお弁当……!」

 案の定の答えを聞くや頬をより赤く染めて感激を露わにする飯田に、轟があからさまにムッと眉を寄せる。

「"俺達"の為に、だ」

 『達』の部分を強く協調して轟が口を挟むものの飯田には聞こえていないらしく、へれへれと締まりない表情で保冷バッグに手を伸ばしている。
 そこで漸く頭の回転が戻り、緑谷も慌ててトートバッグに手を伸ばした。

「あ、れぇちゃん、僕も持つよ……て、重っ!」

 思っていたよりズシリとした重みを感じておもむろに中身を覗くと、大きめの水筒が二つと四人分のカップが入っている。重さとしては二キロちょっとくらいだが、これに加えてあの保冷バッグもとなると西岐の荷物にしては重いのではないだろうか。

「あ、あ、重いの、それ。俺持つから」
「……何言ってんの。ほら、早く桜見ようよ」

 取り返そうと伸ばした西岐の腕をやんわりととって入り口から園内へと促す。

「緑谷……お前って結構侮れないよな」
「空いている手はあと一つ……」
「……む」

 飯田と轟の間でバチッと火花が散った気がする。
 そんなこともお構いなしに園内に踏み込めば、早速園道の両側に植えられた桜の木が目に入る。

「わああ、満開だあ」

 視界に広がる薄紅に彩られた景色に西岐が目を輝かせて歩調を早めた。頭上に枝がかかるところまできて再びゆっくりとした足取りに戻し、首を目いっぱい反らして見上げている。

「きれいだねえ」

 ほうと溜息交じりに言うのを聞いて『君の方が綺麗だよ』なんて臭い台詞が頭をよぎってしまった。緑谷にはそんな口説き文句を言い放てるだけの度胸はない。考えただけで一人茹でだこになって思わず頭を振る。
 桜に目を奪われながら歩く西岐はいつにも増して足取りがふらふらしていて危なっかしいが、花見客は割とみんな同じように頭上を眺めたり会話を楽しんだり、写真撮影に夢中になっていたりと、周りに目が行っていない者の方が多く、人の多さもあって先を急ごうなんて人もおらず、誰かにぶつかってしまわないようにだけ気を配ってやれば問題はなさそうだった。
 西岐も桜を映そうとスマホをかざしてはうーんと首を捻り、向きを変えたり色々と試みている。

「れぇ、そっち向きだと逆光になるから」
「ん……」
「もっと上に向けて」
「……お……しょうとくんすごい」

 轟が横から覗き込み西岐の手にかぶせるように掴んで向きを変える。太陽に背を向けたことで空の青がくっきりと桜の淡いピンクを浮かび上がらせたらしく、夢中でシャッター音を鳴らしした。
 進行方向に対して完全に背を向けた西岐に、後続の誰かがぶつかってしまわないよう手前に立つ飯田は、見て見てと嬉しそうに見せてくるスマホを覗き込んでは愛好を崩している。

「れぇーちゃん」

 いつの間にか手が離れたのをいいことに緑谷は少し距離を取って、スマホをかざしてから名前を呼んだ。
 素直に振り向いたところをパシャリ。
 無防備な顔と桜コラボ、最高のショットだ。

「……っ、で、デクくんっ」

 何が起きたのか理解するなり西岐の顔がカアアッと赤くなる。西岐は裸体を晒しても全く恥じらう気配がないくせに、被写体となることを恥ずかしく思う質らしい。その恥じらう様までもが可愛くて、撮らずにいられない。
 だから……。

「ご、ごめんね、れぇちゃん」
「シャッター、シャッター音すごい鳴ってる……っ!」

 謝りながら連射しまくる。大量に保存されていく西岐の照れ顔。

「ふう」

 満足いくまでひとしきりカメラに収めるや、ポン、ポンと両肩を叩かれた。

「緑谷、その写真俺にも送ってくれ」
「緑谷くん、俺にも送ってくれ」

 同じタイミングで同じ内容を言い放たれ、やっぱり類は友を呼ぶんだなと改めて認識する。表面上は全く似たところなどなさそうな三人だが、根っこは割と類友だ。思い至れば一直線だし、好きなものに対して揺ぎない。

「あとでグループのアルバムに入れとくよ」
「ああ」
「うむ」

 酷くまじめな顔で頷きを返されて、フルッと肩が震えた。笑いをこらえたつもりなのだが、二人にはばれたらしく心外だと言わんばかりに口をへの字に曲げている。

「もお……もお俺さきにいくからね」

 こちゃこちゃとやっている間に西岐がそんな声をかけてから散策コースの向こうにある芝生の広場へと先に足を向ける。芝生広場をさらに向こうに行くと桜がいっぱい植えられている丘があり、花見の最終目的地はそこだ。
 散策コースも芝生広場の脇道も園内を辿る小道は結構な勾配の尾根道という様相で、花見客の足取りをより一層遅くする。その中で鍛えぬいた雄英生である三人は平坦な道を行くかの如くひょいひょいと歩き、へばり始めた西岐に追いつく。同じ雄英生であるはずの西岐の体力は一般人に毛が生えた程度しかない。荷物を持ってあげて正解だった。よれよれと足取りが怪しくなってきた西岐の両手を轟と飯田が引っ張り、緑谷が背を押して、芝生広場を横目に通り過ぎる。

「ううう……」

 早々に追いつかれ、しかも労わるように助けられたことが西岐の矜持を傷つけたのか悔しげな唸り声が聞こえる。
 しかし、桜の丘まで来ると、西岐の機嫌は一転した。

「わあ……!」

 あたり一面に広がる薄紅。枝が重みでしなりそうなほどポンポンと満開になった桜が丘を埋め尽くすように植えられている。強い風が吹き抜けるたびに攫われた花弁が吹き荒れ、景色を桜色に染めてしまう。花に溺れて酔いそうなほどだ。
 ただし、桜以上に花見客の数もすごい、のだが。
 歩くスペースがやっとというほどぎっちりとブルーシートが敷かれている。

「座る場所はなさそうだな」
「桜を見るだけ見て、芝生のところでサンドイッチとお団子食べようよ」
「そうしよう」

 物凄い賑わいに足を踏み入れる気が失せそうだとばかりに轟が眉を寄せていると、西岐は表情を綻ばせながら提案して、飯田がつられたように笑みを浮かべ頷く。
 散策コースに植えられていたものよりずっと樹齢が古い桜の枝が頭上に広がる光景は見て歩くだけでも十分素晴らしく、ブルーシートとブルシートの間を縫って歩いては感嘆を零した。
 そうやって頭上に気を取られて前方への注意がおろそかになっていた。

「あっ」

 小さく声を上げて西岐がよろめく。
 前を横切った人物と接触してしまったらしい。

「――ドコ見て歩いてんだっクソモブがっ」

 聞き覚えのある啖呵を浴びせられてヒッと身を竦める西岐。

「かっちゃん!」
「あ?」
「あれ、れぇちゃんじゃん」
「なんだよ、俺らも誘ったんだぜ?」

 声の主を確かめるなり緑谷の口から驚きが漏れる。すると爆豪の後ろからひょこひょこと上鳴と瀬呂が顔を覗かせた。

「え、あ、あ、……あ、ほんとだ」

 言われるまま西岐はスマホを取り出して履歴を確認している。
 早めに誘ってよかった。花見なんてそう何度もするものではないし場所まで被っていたとなれば早い者勝ち……とはいえ結局こうして出くわしているのだから良かったのだか、どうだか分からないが。

「君たちも来ていたのか」
「あれ、飯田。東京に帰ったんじゃなかった?」
「西岐くんとお花見に来てるのだ」

 実家は同じく東京だが居残り組である瀬呂からツッコミを入れられた飯田は、ほくほくとした顔で頷きを返している。

「ぐっ、飯田。ナチュラルに腹立つな」
「嬉しそうだなヲイ」

 誘いをスルーされた身としては飯田の返答は嫌味に聞こえるのだろう。苦虫を噛み潰したような顔をする瀬呂と上鳴。
 手前にいる爆豪はぶつかった時の不機嫌顔のまま、すぐ目の前にいる西岐をじっと見下ろしている。
 その視線から引き剥がすように轟が西岐の肩を叩いた。

「れぇ、もう芝生のとこに行こう」

 横やりを入れられまいと声をかける轟に振り向こうとした西岐の手を、今度は爆豪が行かせまいと掴む。

「すぐそこで切島が場所取りしてる」
「余裕で座れちゃうぜ」
「れぇちゃん、おーいで」

 爆豪が親指で示した先には、大声で西岐の名前を呼びながらブンブンと腕を振ってる切島が見えた。

「断る」
「舐めプは誘ってねぇよ」

 睨み合う轟と爆豪の間で西岐が困ったように身を縮めた。
 緑谷とて横やりを入れられるのは嫌なのだが、そもそも誘った時点で失態を晒しすでに二人きりという目的は果たせていないし、西岐を困らせたくはない。

「僕らも座れる?」
「余裕」
「じゃあ、れぇちゃん、行こっ」

 上鳴の返事を聞くなり、爆豪と轟の隙をついて西岐の腕を引っ張る。軽い身体が緑谷に引っ張られるままブルーシートの隙間を縫って切島が待ち構えているところへ向かって行く。
 後ろから爆豪の怒号や轟の不満の声が聞こえてくるが構うことなく西岐を連れて駆ける。
 戸惑いつつ転ばないようにと必死に握り返された手がほんのりと汗ばむ。辿り着くまでの僅かな時間、確かに独占していた。そう思えて胸が微かに高鳴った。





 このあと、上鳴たちがブルーシートに傾れ込んできて、四人分しかないサンドイッチとお団子をめぐって壮絶なジャンケン大会が催され、花見は賑々しく続く。

 ひらり、舞い散る花弁が髪に落ちたり、鼻先を擽ったり。
 そんな西岐の姿を目に焼き付けたのはきっと緑谷だけではないだろう。
create 2018/03/16
update 2018/03/16