先生ズ
胸にクールベイベー



相澤先生・オールマイト・プレゼントマイクと海に行くお話。
キャラ崩壊してます、ご注意を。
本編の設定を使用していますが切り離してお読みください。






「れぇーちゃんっ! 海行こうぜ! 海ッ!!」

 インターホンの画面越しの第一声がこれ。
 声の主はプレゼントマイク。学校でのコスチューム姿とはだいぶ違う着崩した格好に一瞬誰だか分からなかったが、声のトーンですぐに察した。こんな喧しい知り合いは他にいない。
 戸惑いつつもエントランスの扉を開錠すると、しばらくして玄関前からインターホンの呼び出し音が鳴り、西岐が扉を開けるなりプレゼントマイクは勢いよく拳を突き上げ再び『海!!』と叫んだ。

「……うるさ」
「ご近所迷惑だよ」

 対応しきれず後退りしかけた西岐の後ろからのっそりと顔出したのは相澤とオールマイトで、拳を掲げたままプレゼントマイクは『え?』と間の抜けた表情を晒す。

「なんか普通にいるけどココ生徒宅だよね。え、通報しとく?」
「お前が言うな」

 だいぶトーンの落ちた声で寧ろ真面目っぽく西岐に問いかけてくるプレゼントマイクに対して相澤が元々悪い目つきをより一層険しくして、西岐の襟首を引っ張るや、玄関扉を閉めかけた。しつこい勧誘を追い出すが如く問答無用な行動だったのだが、プレゼントマイクがそれを逃すはずがなく、素早く足を扉の内側に踏み入れ、四人仲良く扉の重みに押し込まれるように玄関へと入り込んだ。
 長身の三人に挟まれ潰れた声を零す西岐に、オールマイトが後ろへと身を引っ張って救出してくれる。

「締め出すなんてひっでぇなあ、家主でもねぇのに!」
「明らか不審者だろ」
「俺はれぇちゃんを誘いに来たの!」
「あ、あ……!……え、っと……海? 海に行くの?」

 ある意味で気の合う同期二人は放っておけばいつまでもギャンギャン応酬を続けそうで、西岐はパタパタと両手を振って二人の意識を自分に向けさせると、案外すんなりと剣呑な雰囲気が身を潜めた。

「そそ、海行こ、今から」
「え……今、から?」

 サングラスから透けて見える両目がワクワクと期待を滲ませて西岐を覗き込んでくる。

「あ、で、でも……俺、水着……持ってなくて」

 プライベートで海やプールに行くという機会がなかったせいで、スクール水着以外の水着を持っていない。そう答える西岐の横で相澤が鼻を鳴らすように笑う。

「残念だったな」

 少々小バカにした冷ややかな一言。
 前から思っていたが相澤はプレゼントマイクに対してはやけに辛辣な時がある。

「それっがさー水着買ってきちゃったんだなあー、似合うと思ってついつい衝動買いよ。で、その足で誘いに来たわけ」

 肩に引っ掛けていたトートからどこかのショップバッグの端をちらっと見せて意趣返しとばかりにほくそ笑むプレゼントマイク。そんな物言いをしたらまた相澤の機嫌が悪くなるのでは……とハラハラする西岐を、後ろからハグしていたオールマイトがチラッと覗き込んできた。柔らかな表情に西岐の表情もまたホッと解される。

「西岐少年、海行きたいかい?」

 率直に浮かんだ問いかけというニュアンスで何気なく訊かれて、反射的に頷いていた。

「ん、行きたい」

 行ってみたい。
 本当は以前から海水浴というものに行ってみたかった。
 西岐が素直に頷くなり、プレゼントマイクが歓喜の声をあげ、相澤がやれやれと嘆息する。

 こんなわけで、雄英教師三人と共に海水浴へ出掛けることとなったのである。





 青い空、青い海。
 輝く白い砂浜。
 ……というより見渡す限りの人、人、人。
 右を向いても左を向いても、砂浜も海の中も海の家も、なんなら駅から海までの道もどこもかしこも人だらけ。
 海に到着するなりバババーンと視界が開けて水平線が見える、とばかりに思っていた西岐はあまりの人の多さにたじろいでしまう。そういえば毎年夏になると海水浴場が物凄い人で溢れ返っているとニュースなどで騒いでいたが、どうやらあれは誇張などではなかったわけだ。
 賑やかな場所、混雑している場所というのが得意ではないのだが、自分が行きたいと言って連れてきてもらった手前、ここで引き返したいとは言えず、プレゼントマイクに促されて海の家で水着に着替える。
 因みに西岐以外の三人は海の家で水着やらサンダルやら適当なものを見繕って購入した。現地で調達できるのなら自分の物も別に用意してくれなくともよかったような気がするのだが、そこは『まぁまぁまぁまぁ』と適当にあしらわれ誤魔化された。
 腑に落ちないものの大人しく水着を身に纏い更衣室を出ると、一番最初に振り返った相澤が目を見開いて固まり、オールマイトが僅かに仰け反った。

「チョー似合ってんじゃん! 俺の目に狂いはねーな!!」

 プレゼントマイク一人だけがテンション高く駆け寄ってきて西岐の手をムンズと握る。何がそれほど嬉しいのか、満面の笑みを浮かべているものだから水着に対する不満のぶつけどころを見失い、眉が困ったように垂れ下がった。
 彼の買ってきた水着、メンズものではなかったのだ。
 淡い色のフレアフリルがあしらわれたビキニ、どこからどう見てもレディース物の水着なのだ。
 女性ものの服を着ることにさほど抵抗がないとはいえ、西岐とて自分が男という自覚は十二分にあるわけで、特別な理由もないのに着せられているのはどうもモヤモヤしてしまう。
 そんなふうにモヤモヤを脳裏に浮かべて曖昧に笑っていると、不意に背後からぽふんっと布に包まれた。

「露出……っ、ちょっっっと多いかなあっ、おなかとかね、隠そう!」

 布と一緒に包んできた腕の主が戸惑いを露わにそう言ってはポチポチと手早くボタンを三つほど留めていく。羽織らされたそれはオールマイトのシャツ、上から降ってくるのはオールマイトの声。

「海パンよりか布あるぜ? なんせ胸が隠れてる」
「……そうだな、よくやった。…………とでも言うと思ったか?」

 ブカブカのシャツに隠されても別に不満がるわけでもなくオールマイトの様子にケタケタ笑っていたプレゼントマイクだが、地を這うような声と共にポンと肩を叩かれるなり、表情が凍り付いた。
 次の瞬間、声なき悲鳴が響いた。
 尻尾のように後ろでくくり付けていたプレゼントマイクの髪を相澤が全身全霊の力で以って引き千切らんばかりに引っ張り上げ、しかも個性ヴォイスで二次被害が起こらないよう抹消をかけているものだから、プレゼントマイクはただひたすら宙を叩くように手のひらを振るしかない。
 相澤は"ギブアップ"など聞き入れず、海の家の店員が『ちょっと煩いですよ』と注意しに来るまで、毛根にダメージを与え続けたのだった。





「お前もな、言われるままなんでもホイホイ着るんじゃない」

 相澤の怒りの矛先が自分にも向けられて、西岐はむっと唇を尖らす。

「海パンより布あるよ」

 先程プレゼントマイクが言っていた言葉をそっくり真似して反論すると相澤の目がスッと細められた。

「布が多いほうがエロいってこともあんだよ」
「相澤くん、問題発言」

 オールマイトがやや被せ気味に言葉を挟み手のひらを翳す。苦笑いではあるが窘める気配が漂って、相澤はぐっと口を引き結んだ。
 西岐もまた納得いかないとばかりに口をへの字にして、オールマイトが着せてくれたシャツの裾をいじくる。
 正直、目の前の雄英教師三人の方が露出しているし色気ムンムンで、通り過ぎる女性をちらちら振り返らせていたりする。プレゼントマイクは長い髪を後ろで一つに縛り長いサーフパンツにパーカーを引っ掛けて良くも悪くもビーチに溶け込んでいるし、オールマイトはシャツを西岐に貸したことでそのほっそりした上半身を晒し少々不健康そうな陰がアンニュイでかえって魅力的に見えるし、相澤なんて髪を無造作に高い位置でくくって普段は晒さない襟足と案外逞しい上半身を惜しげもなく晒している。"そういう"ことに疎い西岐にも何となくけしからんものを見たと思わせるくらいにはけしからん光景だ。
 アレがよくてコレが駄目な理由がよく分からない。

「れぇちゃんがこーんなに可愛くしてんのにイレイザーは不満なんだな」

 先程の一悶着でのダメージから早々に回復したらしいプレゼントマイクが西岐の腰を抱き寄せる。彼の回復力と不屈の精神は目を瞠るものがある。あれだけのことがあってまだ相澤を煽るのだから。
 プレゼントマイクの手がボタンを一つ外し相澤に向かって大きく襟元を広げる。
 すると、相澤はまじまじと胸元を眺めてから、大きく息を吐き、目元を手で覆って項垂れた。

「苦悩してるね」
「イエア……欲望と独占欲のコンフリクトだ」

 この水着がそんなに追い込んでしまう要素なのだろうか。
 謎だ。

「よっし、れぇちゃん、レッツ海!」

 相澤の気が反れたのをいいことにプレゼントマイクは嬉々として残りのボタンを手早く外し、剥ぎとったシャツをオールマイト目掛けて放り投げ、西岐の手を取ると勢いよく海に向かって走り出した。
 不安定な砂の足場で縺れそうになりながら引っ張られ、その勢いのままパシャパシャと足が水の中に踏み込んだ。

「っ……!」

 ひやりとする海水と、ぐにゃりと歪む濡れた砂。
 経験したことのない感覚だ。

「つめたい……」

 これだけ外が熱いのだから海水だって温くなるのだろうと勝手に思い込んでいたが不思議と冷たい。太陽の熱とのギャップでそう感じるのか、実際に海の水は冷たいものなのか。
 両の膝下が水に浸るほどまで進んだ頃にプレゼントマイクの歩調が緩み、向かい合わせになって両手を繋ぐ格好でさらに沖にへと導く。
 段々と深くなって腰まで水に浸かるようになると舞い上がっていた気持ちが急転直下、不安感に変わった。

「あ……あ、まって」

 波にふわりと浮き上がる身体が酷く心許ない。必死につま先に力を込めて地面を探るが砂がするすると流れて逃げていくかのようだ。
 思わずプレゼントマイクの手を強く握って身を寄せる。

「……あれ、れぇちゃん……もしかして泳げない?」

 まだ浅瀬だというのに必死に縋りつく西岐に、プレゼントマイクがずばりと指摘してきた。

「……、およげない、です」

 かっと耳が熱くなる。
 優れた身体能力が問われるヒーローを目指す雄英生でありながら泳ぎを不得手とする恥ずかしさ。
 そもそも運動の類は得意ではなく、中学三年になるまで体を鍛えたこともない西岐は泳ぐのもまた苦手だった。通っていた中学が進学校で水泳の成績に重きを置いていなかったという理由もあって不得手を放置し続け今に至る。
 さすがに窘められるかと身構える西岐をよそに、プレゼントマイクはにんまりと表情を緩めた。

「そっかそっかそっか」

 何故かやけに嬉しそうな顔で西岐の手を引っ張る。泳げないと言ったばかりだというのに沖に向かう足取りを緩めることはなく、どんどんと身体に触れる水面が上昇していく。
 水を掻きながら前に踏み出す足が、ふっ……と地面を見失う。

「や……っ」

 急に深くなり身体が一気に沈み込む。
 顔すれすれまで水面がきて、それでもつま先は地面に触れることはなく、西岐はプレゼントマイクの手をギュウギュウと強く握る。離したら水の中に落ちてしまう、そんな怖さが西岐を必死に縋らせる。

「怖い?」
「こ、わい……っ、や、手」

 怖いと言っているのにさらに沖にいく。
 プレゼントマイクは余裕で足がついているのかもしれないが、西岐はもう完全に足場がない状態でつないだ手だけが命綱になっていた。
 だが、その片側の手を解かれた。

「やだ、手、手ぇ、こわいっ」
「ダイジョーブ、ダイジョーォブ、ほぉーら」

 にやにやと楽しそうに笑っているがこっちは半泣き状態だ。
 繋がっているのが片手だけになると一層不安定となって差し出されている片手を胸に抱き込むように両手で鷲掴む。
 海を楽しむどころじゃない。
 というかプレゼントマイクは物凄く意地悪だ。
 いよいよになってもう砂浜まで瞬間移動で逃げようかと思った途端、ぐいっと西岐の身体が持ち上げられた。

「意地悪だなあ、泣きそうじゃないか」

 腰に腕を巻きつけて抱え、オールマイトがプレゼントマイクに苦言を向ける。

「いやあ、もう可愛くって、やばかったね」

 一片の反省もなくヘラリと笑ってプレゼントマイクが返し、西岐が掴んだままの手を楽しそうに揺する。

「………………ああああ……オールマイトさぁん……っ」

 西岐は自分を抱きかかえてくれているのがオールマイトなのだと理解するや、パッと両手を離しオールマイトの首に縋りついた。がっちりと身体が固定されている安心感。全力で縋っても逃げないという信頼感。

「れぇちゃん、抱っこなら俺がしてあげるよ? おーいで」
「やだぁ、マイクせんせやだ」

 西岐の中でオールマイトの株が急上昇するのと同時にプレゼントマイクへの信頼が失墜した。
 どう考えても嫌な予感しかしない。
 全く信用できない。
 しかし全力で拒否したにも拘らずにんまりした笑みが消えることはない。

「やだやだっ……て、かぁわいいー」
「物凄い歪みを感じる……怖ッ」
「れぇちゃん、ダイジョウブだからおいでー……――ッぶ!!!」

 西岐が感じ取った"嫌な予感"をオールマイトも察したらしく、伸びてくる手から庇うようにギュッとより強く抱き寄せた次の瞬間。
 バツン、と乾いた音を立ててビーチボールがプレゼントマイクの顔面に衝突した。
 スローモーションのようにゆっくりと海面に倒れ込んだプレゼントマイクから視線をずらし、ボールが飛んできた方向に目をやると、憤怒の形相で相澤がざぶざぶと飛沫を撒き散らして突き進んでくるところだった。

「……お見事」
「油断も隙もねえな」

 オールマイトが称賛の声を放つのに吐き捨てるように応え、海面に浮かんだボールにさえ目をくれず一直線に向かってきて、両手を差し出した。

「……?」
「……」

 動作の意味が分からず疑問符を張り付ける西岐と、口を閉ざし真顔になるオールマイト。

「お手数おかけしました」
「いや、どうということもないよ」
「もういいですよ」
「気にしなくていい、この子は凄く軽いんだ」

 西岐を挟んで何気なく交わされる会話。言葉だけ聞いていると普段と変わりないが、どことなく不穏な空気が漂っている気がする。相澤が不機嫌極まりないからか。それとも珍しくオールマイトの表情が硬いせいか。

「あ、足つくとこ行きたい……」

 不穏さを蹴散らしたくて口を挟んでみる。
 実際、自分で立てるところに戻りたいのは本当だった。
 ついさっき半泣きになったのもあって相当みっともない表情になっていたと思われる。
 二人分の視線が突き刺さり、数秒後、二人ともがはあと意味深にため息をついて浜に向かって歩き出す。

「あざといッッ!」

 背後で派手な水音と共に浮上したプレゼントマイクのツッコミが炸裂した。





 暫くは足のつく浅瀬で波や砂の感触を楽しんでいたが、猛烈に降り注ぐ熱線に乏しい体力がごっそりと奪われ、海の家の休憩スペースで情けなくもダウンしていた。
 まさか海水浴がこんなにも体力のいるものだとは思わなかった。
 其処此処で元気に走り回っている子供たちの無限の体力は尊敬に値する。

「……ごめんなさい」

 折角連れてきてもらったのに……と申し訳なさで項垂れ、額をテーブルに擦りつけた。

「いいさ、まったり過ごすのもいいと思うよ」
「体力なさすぎなのは問題だけどな」
「ヘイヘイ、気にすんなって。それよか一緒にカキ氷食ぁーべよ!」

 三人が優しい。
 あの相澤でさえ優しい。
 冷たいドリンクと山盛りのかき氷が目の前に置かれて、ひやりとした空気が仄かに漂ってきて、それだけでも暑さにやられた頭がマシになる気がする。

「……かき氷」

 人生初のかき氷だ。
 "そういう場所"に行かなければ食べる機会なんてそうない。
 瞳が爛々と輝く。
 ストローで出来たスプーンを氷の山にそっと差し込んで掬い上げ、零さないように口まで運ぶと、細かく削られた氷があっという間に溶けてしまう。
 冷たい。
 ――甘い。

「おいしい……」

 氷と一緒に溶けてしまうのではというほど、ふにゃりと表情を綻ばせて二口目を頬張った。

「…………可愛いなあ」

 斜め向かいでオールマイトが妙にしみじみと呟く。

「れぇちゃん、かき氷好き?」
「うん」
「マイク先生も好き?」
「……ん、んー」

 正面でにやにやと相変わらず締まりのない笑みを浮かべるプレゼントマイクからの問いかけに氷を解す手が止まる。
 好きかと問われれば好きだがさっきの意地悪がどうしても頭を過り、答えが曖昧なものになった。

「意地悪するからだよ」
「だってさ、あんなふうにしがみつかれたらさ、正気失うでしょ、失うよね? ねぇ?」
「私はならない」
「マイティボーイ、マジ象徴だな」

 オールマイトからの苦言にプレゼントマイクがさも自分の言動が正当だろうと主張して返すが、あっさりばっさり切り捨てられて一気に声のトーンが落ちる。
 ただ、西岐はほぼ会話に耳を傾けてはおらず、プレゼントマイクの前に置かれているかき氷にじっと視線を当てていた。
 西岐のかき氷は鮮やかな赤いシロップがかかっていて、いちごの風味がしている。プレゼントマイクのものは青いシロップだがあれは何の味なのだろうか、と。それが気になっていた。

「一口食べる?」

 視線に気づいてスプーンの先の一口分を西岐の方へと差し出してくれる。
 こくこくっと頷いて、暑さですぐ溶けてしまいそうなそれを急いで口に頬張った。
 するっと溶けて広がる甘さ。

「……ん、…………何味?」

 美味しい。しかし何の味かというはよく分からなかった。とりあえず甘い。爽やかな気もするし海にピッタリなような気もするが、それはシロップの色がスカイブルーだからそんな気がするだけかもしれない。

「ブルーハワイだよ」
「……何味?」

 オールマイトがやんわり教えてくれるが名前からはさらに味が想像つかない。

「何味か分かんないのがいいんだ」

 尤もらしく言って氷を頬張るプレゼントマイク。
 なるほど、よく分からない味ということか。

「ふぅん……」
「西岐少年はいちごが好きだねぇ」
「ん、好き」

 このかき氷がいちごかと言われるとちょっと違うけれど、こういう味も好きだ。
 溶け始めた氷を掬っては口に運び、時々キンと痛む頭を押さえる。熱い海辺で食べるかき氷というのはなかなかいい。
 ふと、隣を見ると相澤が頬杖をついて、むっつりした顔で西岐を見ている。そういえばさっきから全然喋っていないような。もしやまた何かに怒っているのではと内心焦りだす。かき氷を食べ始める前までは確かに柔らかい雰囲気だったのに、何が不機嫌にさせたというのか。
 脳裏に疑問符を浮かべて視線を返すと相澤は頬杖を外して、スッと西岐との距離を詰めた。

「あー」

 低く、短く音を発して、軽く口を開く。
 何かを待ち構えているかのようなその仕草に西岐は小さく「え」と言葉を詰まらせた。
 この仕草。間違いなくかき氷を寄こせと言う要求だと思う。西岐の手で相澤の口にかき氷を運んで食べさせろと。
 かつて両腕を負傷した時でさえ西岐の手で食べさせられることを拒絶していた相澤にそんなふうに強請られると落ち着かないような気持ちになる。滅多にないことに驚き、心臓がやたらと煩くなる。

「あー……」

 もう一度低く声を出して催促され、西岐はゆるゆる手を動かし相澤の口元まで氷を差し出した。
 ぱくりと閉じた口にスプーンの先が含まれて、スルッと離れる。
 肩が触れる距離で喉が微かに揺れるのが見える。

「おいしい?」
「……いや」

 自分から寄こせと言ったくせに如何にも口に合わないとばかりに口元を歪めた。甘味が苦手という訳ではないが好んで口にすることもない相澤だ、まあ、そういう感想になるか。
 では何でわざわざ一口強請ったのだろう。

「……あ、……あ……これ飲む?」

 もしかして暑くて冷たいものが欲しいのだろうかと思い至って、横に置いていたグラスを差し出してみる。
 あ、でも相澤の前にも飲み物はあった。
 全員が飲み物を注文していたのだから当然だ。
 しかし相澤は差し出されたグラスに刺さるストローを迷わず咥えて、一口啜った。

「……あ゙ー……、いちごのかき氷にオレンジジュースって……天才的な組み合わせだな……」

 口の中の甘味に耐え切れなくなったのか自分のアイスコーヒーをズゴーッと勢いよく啜っている。
 だったらわざわざ人のものを飲まなきゃいいのにと内心で呟きつつ西岐は、熱くなった頬を覚ますべくかき氷をバクバクと二口程頬張った。キンキンするけれどちょうどいい。
 西岐の手が持ったままの状態でストローだけ咥えて飲むという仕草がどういうわけか落ち着かなくさせたのだ。

「目の前で恋人ゴッコするのやめてくれません?」
「相澤くんってそういうのをさらっとやるからズルいよねえ」

 明らかにトーンの落ちた声が前から聞こえてくる。二人が少々目を据わらせている。

「……そうだな、悪かった。次、二人で来た時にやるか」

 逆に相澤は急に涼しげな顔になって二人を鼻であしらうように口端だけに笑みを載せた。

「はー? そもそも、そもそも! 今日、俺はれぇちゃんだけ誘ったんだからな! 本当は二人きりが良かったんだからなあ! 次は俺と二人で来るんだよ! ファーストカムファーストサーブ!」

 プレゼントマイクの喧しい声が炸裂する。海の家中の視線を集めるどころか近くを通りかかった海水浴客たちが覗き込んでくる。

「西岐少年は誰と海に来たいかな?」

 オールマイトの感情を抑えた眼差しが向けられて西岐はスプーンを咥えた状態で固まった。
 誰と来たいかだなんて、そんなのよく分からない。
 またみんなで来たらいいんじゃないのか。

「待ってくださいよ、西岐が困ってる」
「本人の意思が大事だろう?」
「つーか、つーか、言い出しっぺの法則ってもんが!」

 周りの注目を浴びているというのに気にした様子もなくぎゃいぎゃいと言いあう三人に、西岐はもう何か口を挟む気にもなれず黙々とかき氷を消化していく。
 また店員がやってきて『喧しいですよ』と怒られるのは数分後のことである。





 夕日に照らされ景色がオレンジ色に染まる。
 海はすっかり遠ざかり建物に隠れて見えなくなってしまった。
 海水浴客がまばらになった電車の中、心地よい重みを身体の側面に感じて相澤の目が和らぐ。

「よく眠ってるね」

 正面に立って吊革に掴まっているオールマイトが隣を覗き込んでフッと笑みを零した。

「ちっちゃい子みたいだよなあ、かぁーわい」

 席一つ挟んで隣のプレゼントマイクが愛好を崩す。普段のお調子者な物言いは影を潜め優しい眼差しで見つめている。
 相澤もまた、自分に寄り掛かってすやすやと眠る西岐に視線を向けたまま表情が緩んでいくのを自覚した。

「海、相当楽しかったんだな」

 表面上は分かりにくいが随分とはしゃいでいた。あんなに気持ちを高ぶらせたまま一日を過ごしているのは彼にしては珍しいことだ。

「こんな調子じゃ花火とかもしたことねぇんだろうなあ」
「お祭りとかね、喜びそうだ」

 指からすり抜けて落としてしまいそうになっていた荷物をプレゼントマイクが持ち、冷房で身体が冷え過ぎてしまわないようにとオールマイトがシャツを膝に掛けてあげる。

「じゃあ浴衣買わねえと」
「いいねぇ、次は私が選びたい」

 眠りを妨げない程度に潜めた声で言葉を交わしては、それぞれが何とも言えない甘酸っぱい気持ちを味わっているのだろう。疲れ切って帰りの電車で眠ってしまうほどに喜ばれては、このひと夏を未経験のイベントで埋め尽くしてやりたいと思わずにはいられない。
 次はどんな顔で喜ぶのか見てみたい。
 そしてひと夏を共に過ごしたい。
 無防備な西岐の姿を前にするとまるで初恋かと錯覚するほど初心な感情が芽生えるから酷く可笑しい。
 だがそれが存外悪くないのだ。
 脳裏に浴衣姿の西岐を思い描いてみる。自分の人生で祭りというものに胸が湧きたつ日が来るとは思わなかった。空に打ちあがる大きな花火を見せてあげたい。きっと目をキラキラ輝かせて夜空を見上げるのだろう。そんな風に考えて自然と口元が綻んだ。
 プレゼントマイクとオールマイトが次の計画を話し込んでいる声に耳を傾けながら、西岐の髪にそっと頬を寄せる。
 ほんのりと潮の香りがした。
create 2018/07/11
update 2018/07/11