ヴィラン連合
サンタになる話



アンケの結果により『ヴィラン連合でのクリスマス短編』を書きました。
not win over。
夢主に自我がある状態でヴィラン連合にいます。
ヴィラン連合全メンバーがご健在です。優しい世界です。いろいろ好き勝手に捏造しております。細かいことは気にしちゃだめ。
本編の設定を使用していますが切り離してお読みください。






 写りの悪いテレビに映し出された赤や緑に彩られる街並み。見るとはなしに眺めていた渡我がぽつりと呟く。

「私、サンタさん来たことないんだよね」

 ひどくつまらなそうに言う渡我の声が浮足立ったテレビの音に紛れ込む。
 これは何か返すべきなのだろうかと少し考えるものの、いい切り返しが浮かばなくてまごついていると、背後がどやどやと賑やかになった。食料調達組が帰ってきたらしい。

「おーい、プリンの人」
「はあーい!」

 プリンの一言でパッと表情を変えた渡我がトゥワイスに向かって手を振り上げる。きちんと食事もとれよと差し出されたサンドイッチを受け取っている彼女は、もうすっかりいつもの調子だ。
 テレビの中のきらきらしたイルミネーション。
 サンタか、と思案げに視線を漂わせた後、西岐はよしと気合いを入れるようにこっそりとこぶしを握っていた。





「……欲しいもの?」

 振り返った荼毘がしんなりと眉を顰めた。あからさまに怪訝な顔をされて、何でもないです気にしないでと言って回り右しそうになるが、そこはぐっと堪えてこくこくと頷く。

「……金」

 怪訝な顔のまま端的に返す荼毘に西岐の眉が垂れ下がる。

「それは、あげられない……」
「お前にもらおうなんて思ってねぇよ」

 困惑しつつも一応メモ帳に書き込むのを荼毘が覗き込んできて、そこにはすでに『不審者扱いされないフルフェイスマスク』とか『肉、断面』とか『美顔ローラー』などと書かれていて、荼毘の眉間の皴がより一層深くなった。

「うーん……?」

 文字列を視線でなぞる西岐の顔には『思っていたのと違う』というのがありありと浮かんでいる。
 実はあの時の渡我の一言をきっかけにして西岐は今年のクリスマスに『サンタ役』をやろうと思い至っていた。クリスマスイブの夜、みんなの枕元にプレゼントをそっと置く。ただそれだけのことだが、みんなきっと驚くに違いない。そして嬉しそうに笑ってくれたりなんかしたら西岐もとっても楽しい。そう思ってみんなに欲しいものを聞いて回っていたのだ。

「あ、くろぎりさん」

 食器の片付けを終えカップ片手にソファースペースに戻ってきた黒霧へ、これまでメンバーにしてきた問いを投げかけた。

「何か欲しいものある?」
「死柄木弔が割ったグラスの新しいものが欲しいですね」

 意外に淀みなく返ってきた。死柄木が派手にグラスを割ったのはつい先ほどの食事のさなかのこと。片付けをしている間、延々考えていたのかもしれない。
 なるほどグラスかとふんふん頷き、メモに加える。

 黒霧がカップを西岐の目の前に置いて向かい側のスツールに腰を落ち着かせた。カップの中身はココアだ。わざわざ入れてくれたらしい。
 漂う甘い香りに誘われ、西岐は手に持つものをメモからカップに変えた。近頃はうんと寒くなったし、甘いものは大好きだし、この誘惑には勝てない。ほどよい温度のそれをこくんと飲み込んで、ほうと息をつく。

「……」

 しばらく沈黙の時間が流れる。
 眺めている荼毘と黒霧の纏う空気までほんのり甘くなったような気がした頃、ぺたぺたと引きずるような足音とともに死柄木が戻ってきて、西岐の隣にどさっと腰を下ろした。
 風呂上りらしく、毛先からぽたぽたと水滴を落としている。

「何やってんの」

 髪の隙間から荼毘をちらっと一瞥して、少し不機嫌なトーンになった。

「ん、とね、しがらき、髪ちゃんと拭かないと」

 折角お風呂に入ったのに体が冷えて風邪をひいてしまう。
 飲みかけのココアをテーブルに置き、肩に引っ掛けていたタオルでわしゃわしゃと髪を拭いてやる。

「そうやって毎度毎度お前が拭いてやるから自分で拭かねぇんだよ」

 荼毘が苦々しげに吐き捨て、全くだとばかりに黒霧が頷く。
 一方で死柄木は不機嫌が鳴りを潜め、嬉しそうに目を細めて西岐が拭きやすいように頭を下げた。時折スリッと手のひらに頬を寄せて甘えるのが可愛らしいように思えて西岐もつい拭いてあげてしまうのだ。

「あのね、しがらきは欲しいものある?」

 タオル越しに髪を掻き混ぜながら問いかけると伏せていた瞼が持ち上がって期待に満ちた視線がかちりと合わさる。

「西岐がくれんの?」

 返ってきた問いかけに西岐は『うっ』と小さく詰まらせた。
 隠し事や嘘の類は得意ではない。自然と目線が横へと泳いでいってしまう。

「さ、さんたさんがくれるとしたら」

 精一杯の誤魔化しを聞いてどうしてか荼毘と黒霧が『ああ』と理解した風な声を零した。
 死柄木だけがよく分からなかったらしく『誰だよそれ』と怪訝になる。

「い、いいから、欲しいもの」

 少し強引に返答を促すと、動きを止めていた手のひらにカサついた唇が触れた。

「西岐が欲しいな」

 手のひらに押し当てたまま動く唇に皮膚が擽られる。

「……俺?」

 予想の斜め上をいく返答と手のひらの擽ったさに少し声がひっくり返ってしまった。慌てて手を引っ込めると追いかけるように顔を近づけてきて、タオルが床に落ちるのも構わず西岐を背もたれに押し付けた。

「いつくれんの、今?」
「ちょ……まって、ちがうよ、今じゃないよ」

 待ての効かない小さな子供のような性格の死柄木だ。欲しいものと問われて今すぐと気持ちが急いたのだろう。
 しかしこれは『クリスマスプレゼント』のヒアリング調査だ。クリスマスはまだ少し先。
 それに自分をプレゼントというのはちょっと……よく分からない。
 ほんのり湿った髪の先が頬をかすめるほどの距離で覗き込んでくる死柄木の二つの目に慄きながら、小刻みに首を横に振っていると、横からニュッと手が伸びてきて死柄木の肩を強く押し返した。

「……なんだぁ? 荼毘」
「死柄木、いい加減にしろ」

 瞬間的に狂気を纏う死柄木の目と、冷ややかな荼毘の目が互いを牽制するように絡み合う。

「く、くりすますっ」

 不穏になりかけた空気を蹴散らすように声を張り上げた。

「クリスマスプレゼントなの、トガちゃんにサンタさんしてあげたくって、それでみんなにも」

 曖昧にしていたのがいけなかったのだと思って本当の所を打ち明けたのだが、死柄木は狂気をそのままに目だけを向けた。

「クリスマスに西岐をくれんの?」

 さっきと要求が全く変わっていない。
 それどころか次第にエスカレートしていく。

「なんでも言うこと聞く券とか、いつでもセックスしていい券とかでもいいけど」
「最低かよ」
「クリスマスプレゼントに金要求する奴に言われたくねえな」
「……待て、どうやって聞いてた……? 盗聴器か?」

 その会話のさなか、風呂に入っていて知るはずのない荼毘の返答を鼻で笑い飛ばす死柄木に、荼毘はソファーの後ろやテーブルの下を覗き込む。盗聴器、ありえない話ではない。実際、前科がある。
 盗聴器探しで荼毘の気が逸れたのをいいことに、再び距離を詰めてくる死柄木。

 適当な手入れのせいでごわつく髪に指をくぐらせ乱れた髪を軽く整える。そうやって死柄木が必要以上に近づくのを拒みながら、ふ……と息を吐いた。

「え、と。手伝ってくれないかな?」

 ぱちっと両目が瞬いて、何をと視線で問いかけてくる。

「プレゼントの準備」
「……ご褒美に西岐くれるなら」

 結構拘っているらしい。

「ん、いいよ」
「……え、まじ?」

 はっきりきっぱり、大きく頷きながら了承すると、言った本人が目を丸くした。
 盗聴器を探していた荼毘と静観していた黒霧の奇妙な視線が集まる。
 冷めたココアの甘ったるい香りがその場の空気とはちぐはぐに漂っていた。





 早速、死柄木に付き添ってもらってプレゼント選びと購入のために街へと繰り出した。
 実のところ、荼毘ではあのツキハギが目立つし、トゥワイスはマスクなしだと情緒不安定になって大変だし、マグネは今近くにいない。他のメンバーもなんだかんだで忙しく、一緒に出掛けてもらう相手が他にいなかったのだ。
 なんて本当のことを言うとへそを曲げて面倒なので、うっかり口が緩まないようにぐっと手で押さえる。

「プロテインって……あいつどんだけ筋肉つけたいんだよ……。つーかあいつの棚、プロテインぎゅうぎゅうに詰まってんだろ、もういいだろ」

 ドラッグストアの棚に並ぶ様々な種類のプロテインを前にして死柄木がぶつくさと文句を言う。ついさっきは除菌スプレーの棚の所で似たようなことを言っていたので、とりあえず文句が言いたいだけなのだろう。ちなみにプロテインがマスキュラー、除菌スプレーがマスタードの希望の品だ。
 これがプレゼントでいいのだろうか……。

「聞き方間違ったかなあ……?」

 メモを見つめて首をかしげる。
 サンタにもらえるプレゼントだって分かっていたらもっと素敵なものを欲しがるような気がする。

「……別に、何でもいいんじゃねぇの。お前から貰うんなら」
「俺からっていうのは内緒なの」
「なんで」
「もう……いっぱい説明したのに……」

 ここに至るまで何度も説明したはずなのに不思議そうにする死柄木に脱力してしまう。彼は何のつもりでついてきているのか。
 買うものの数も多いし、一人で出歩くなと言われていることもあってついてきてもらったが、これならやはり死柄木にも秘密にしておいて一人でこっそり出掛けてもよかったかもしれない。

「枕元に生肉ってどうなんだ」
「冷蔵庫にお肉ありますってメモ置こうかなって」
「小学生のおやつか」

 続いてのメモ書きを読んでは茶々を入れ、

「不審者扱いされないフルフェイスマスクなんてあるか?」
「んと、ニット帽とマスクとサングラスでなんとかならないかなあって」
「めちゃくちゃ不審者だろ、それ」

読んでは水を差し、

「もう全員金でいいんじゃねえの」

身も蓋もないことを言い放ってきて盛大にやる気を削いでくれる。

「じゃあ……しがらきもそれでいい?」
「――は? 金で西岐の代わりが利くと思ってんのか?」

 そのうえで自分のこととなるとあっさり手のひらを反すように言うのだから彼の身勝手さは筋金入りだ。しかし、まあ、それをいちいち不快に思うのなら死柄木に手伝いを頼んだりはしない訳で、西岐は困ったように苦笑いを浮かべて『そうでしょ』と返した。
 肉は傷むから当日に用意するとして、リストの品がどこに行けば手に入るのかしばしば頭を悩ませながらあちこち歩きまわる。
 文句たらたらだった死柄木だが、西岐と二人きりで出歩くのは悪くないらしく、率先して荷物を持ち、空いた手を西岐と繋いでフフフンと得意げな笑みを浮かべている。あれやこれやと物色している間もべったりと貼りつき、隙あらばパーカーのフード越しに頬を擦り寄せたりこめかみを啄んだり、ちょっかいをかけては邪魔をしていたのだが、ラッピングの袋を選んでいるあたりでふとまた不思議そうな顔になった。

「お前の分は?」

 ラッピングとカードを選んで終わりと言った西岐の言葉に疑問が浮かんだらしい。こてっと首を右に倒す死柄木につられて西岐も首を左に倒した。

「サンタさんは自分のは買わないんじゃない?」

 実際のところどうなのかなんて知らないが自分に自分で贈り物というのも別に楽しくもないし、そんなに欲しいものもない。どうでもよさそうに言う西岐と視線を合わせたまま死柄木は『サンタなんて奴の話はしてない』と少しずれたことを言って眉を歪めた。





 準備万端で迎えたクリスマスイブ。
 世の中が盛り上がっているからと言って一緒に盛り上がるわけじゃないのがヴィラン連合。
 連合全体に大きな動きがなければそれぞれが好きなように過ごす。拠点も行動範囲もみんなそれぞれ違ったりして、居場所を把握するだけで大変だ。
 連合の"ワープゲート"である黒霧に協力してもらって拠点の場所を把握して、あとは遠目で実際の動きを探る。数十キロ・数百キロなんて距離になると遠目を駆使するのが辛いのだが、相手が眠っててくれないと枕元に置けない。

「首の後ろトンってやって落としたらいいんじゃないか?」
「そんなサンタ最低だと思います」

 夢も希望もロマンチックさの欠片もない死柄木の一言に黒霧の冷静なツッコミが入る。

「マスタードくん、なかなか寝ないなあ……」
「あいつヒキオタだからな」
「マスキュラーは意外と早寝ですね」
「寝ると育つんだろ」
「あ、マグねぇさん寝た」
「置きましょう!」

 サンタの仕事というのはこういう感じなのだろうかと思いながら眠るまでの間じっとスタンバイし、眠りに入ったと確認できるなりプレゼントを枕元に移動する。西岐が直接、瞬間移動するより黒霧にプレゼントだけを枕元に移してもらった方が起こしてしまうリスクを減らせる。
 協力に感謝しつつ、離れたところにいるメンバーへプレゼントを配り終え、残りは同じ拠点に身を置く者たちへのものだけになった。
 西岐の部屋の扉からそっと顔を出す。見える範囲に明かりはない。早い時間から自室に籠っていたおかげでみんなも今夜ははやばやと寝たようだ。

「あとは俺が持ってくよ」
「宜しいのですか?」

 黒霧の気遣いに頷きで返し、むんずっと包みを抱えて斜向かいの部屋へ瞬間移動。
 こじんまりとした物置のような部屋を自室にしているのはコンプレスだ。マットレスの上で丸くなって静かな寝息を立てている。
 普段使い用の帽子の入った箱をそっと置き、次の部屋へ。
 脱ぎ捨てた服や雑誌、ビールの空き缶なんかが床に落ちている乱雑な部屋はトゥワイスの部屋だ。幻聴に苛まされ酔いつぶれて眠ったのかテーブルに突っ伏している。
 望みの品ではないがカバー範囲とホールド感に優れたサングラスを、灰皿の横にちょんと置いた。
 次は、このサンタごっこのきっかけになった渡我の部屋……なのだが。女子の部屋に無断で侵入するのもどうなのか、と考慮した末、部屋のノブに紙袋を引っ掛けることにした。中身は彼女がよく可愛いと言っていたキャラクターのグッズだ。誰よりも彼女が一番に喜んでくれたらいいのだけれど。祈るように数秒、紙袋を見つめた。

 手に持つプレゼントが残り一つとなって、これもノブに引っ掛けておこうかと考えたものの、やはり枕元がベストかと思い直し、パッと呟いて室内へと移動した。
 物のないやけに音の響く部屋。
 ふっと吐き出した息も大きく響いてしまう気がして息を詰める。
 壁掛けのライトがほんのりと灯っていて、眠っている人物の輪郭がうっすらと見える。爛れた皮膚を無理やり繋ぎ合わせたような不気味な横顔。瞼はしっかりと閉ざされている。
 彼へのプレゼントは特に悩んだ。希望をはっきり言ってくれないし、欲しいものも想像がつかない。
 苦労して選んだ箱の中身を思い出しながら、手のひらほどの大きさの平たい箱をそっと置く。
 と、その手が引っ張られた。

「――っ!?」

 あっさりバランスを崩して荼毘の上に倒れこんだ。
 起こしてしまうと一瞬焦ったものの、そんな心配は無用だった。西岐の手を掴んでいるのがその荼毘なのだから。
 腰に腕を回して逃げられないようにしつつ、顔の横に置いたはずの箱を摘んで目の上に翳している。

「中身、なんだ?」

 開ける前に中身を聞いてくる荼毘に西岐は情けない顔になる。
 手を放して箱を開けたらいいのではないか。というまっとうな返答が喉から先に出ていかない。
 腕の中から抜け出そうとするとより一層ぐっと腕に力を込められて、西岐は荼毘の胸に頬を貼り付けた状態でもごもごと口を動かした。

「……ブレスレット」

 両耳にイヤーカフをつけているのだからアクセサリーの類は好きなのではないだろうか、そう思って選んだものだ。西岐自身、装飾品の類に興味がない。だから選んだ品への自信もなければ、荼毘がアクセサリーが好きかどうかの確信さえない。その不安感が声になって暗闇に溶けていくかのような弱々しい声音になった。
 それを荼毘が軽く鼻で笑う。

「意味深だな」

 拘束していた手が離れて、リボンをほどく音が響く。
 解放されたのだからもう荼毘の上から退いてもいいのだろうけれど反応が気になって、じっと表情を見つめてしまう。
 荼毘は箱から取り出したブレスレットを見て、へえっと低く呟いた。いいのか悪いのか判断のつかない声と表情だが箱だけを枕の横に戻して、さっそく腕に嵌めてくれる。

「……どう?」
「微妙」

 痺れを切らして感想を訊くとすげなく返される。

「え、選びなおす?」

 自信がなかっただけにリテイクもありうると心構えはしていた。拘りがあるなら自分で選び直した方がいいだろう、そう言って起き上がりかけた西岐の背中にまた長い腕が戻ってきて、すっぽりと抱き込まれてしまった。今度は両方の腕が西岐の体を拘束している。ブレスレットを外す気配もなければ返事もない。

 この体勢だと荼毘の心臓の音が直に伝わってくる。冷え冷えとした部屋の中で触れているところがやけに暖かい。
 無骨な指が後頭部の髪を弄ぶ。
 次第にとろりと思考がとろけだす。
 西岐は普段から寝るのが早い。いつもならとっくに眠っている時間帯だ。
 みんなが眠るまで待っていたせいで随分と夜更かしをしていた。
 プレゼントを配るというわくわくで目が冴えていたのに、体を横たえてぬくもりを与えられてしまうと眠気に抗えなくなってしまう。
 ふつり、ふつりと考えが途切れていく。

 ああ、まだ死柄木と黒霧にプレゼントを渡していないのに……。

「後で渡しといてやる」

 心を読まれたのか、夢うつつに呟いていたのか、荼毘が耳元で囁く。
 ボソリと掠れる低い声がやけに心地よくて、西岐は吸い込まれるように眠りに落ちていた。





「れぇちゃん、寝た?」

 西岐が眠りに落ちて数分。
 部屋の扉が無遠慮に開けられた。
 煌々と明かりがともる廊下から室内へ顔を覗かせたのはコンプレスだ。その後ろからトゥワイスも部屋に入ってくる。
 音の響く部屋だが誰もそのことは気にしていない。西岐は一度眠るとそうそう起きないからだ。

「全俺満場一致で可愛いわ、すげえ可愛い寝顔」

 荼毘の腹の上から抱き上げながらニヤニヤと締まりのない顔をするトゥワイス。
 体勢を変えられても西岐が起きる気配はなく『ん』と小さく身じろぎしたかと思うと首元にすり寄り、トゥワイスを身悶えさせた。
 あまりのにやけ具合に荼毘はその後頭部をはたきたい衝動にかられた。しかし流石に起こしてしまうかもしれない。

「落とすなよ」

 西岐本人の部屋へ運ぶトゥワイスの背中に精一杯の苦々しい声を投げかけ、荼毘も後に続く。
 一緒にサンタごっこをしていた死柄木と黒霧が室内にいて、別段驚くということもなく『やっと寝たか』と肩の荷が下りたような様子だ。

「パジャマに着替えさせますか?」
「おいおい……ホントむっつりだよな、黒霧」

 西岐がベッドに横たえさせられるのを見て何気なく問いかける黒霧に死柄木があからさまに冷やかす。

「そういう意味では……」
「いいんじゃね、別に服のままで、れぇちゃんの服ってパジャマなんだか違うんだかわかんねえ」
「確かに」

 案外、死柄木の冷やかしも外れてはいなかったのか黒霧の反論は弱い。それに被せるようにトゥワイスが口をはさみ、コンプレスが大きく頷いた。
 仮面を外した素の顔を一撫でして、面白いものを見たとばかりに片眉を歪めるコンプレス。

「れぇちゃんって変な子だよね。子供なんだからさ、クリスマスプレゼントなんて大人に強請ればいいのに」
「それな」

 珍しく死柄木が人の意見に大いに同意する。

「誰か適当な奴にサンタやらせればよかったんだ」
「彼もまた、大人からプレゼントされるという経験がないのでしょう」

 何度も頷きながら黒霧は手元の黒い渦を大きく広げていく。
 そこから色とりどり、大きさ様々な包みが出てくる。
 この場にいる者たちが用意し、預けていた、西岐へのクリスマスプレゼントだ。
 西岐はこっそり準備をしていたつもりかもしれないが日々を間近で過ごす連中にはとっくにばれていたし、みんなを喜ばせようと奔走する彼にサンタが訪れないなんて可笑しいと思うのも当然の流れだった。唯一気付いていないのは渡我だけだ。
 クリスマスなんてものは正直どうでもいいが、西岐を喜ばせたいのは荼毘とて同じ。
 黒霧のモヤの中に浮かび上がった小さな箱を手に取ってそれを西岐の顔の横に置いてやる。

 抱きかかえるくらいうんと大きな包みや、枕元に置いておくには心配になるくらい高級そうな箱や、とにかく気持ちを目いっぱい込めた贈り物で西岐の周りが埋まっていく。
 プレゼントを置くごとにくしゃりと頭を撫でられ、嬉しそうに表情が綻んだ気がした。





 朝、渡我が目を覚まし、部屋から出ようとして扉に何かが引っかかるのに気づいた。
 外開きのドアがほんの少し開くと、足元にいくつも包みが置かれている。
 一目見ただけでプレゼントだとわかるラッピングされた品々に寝ぼけていた眼が大きく見開かれていく。
 ノブの向こう側に引っ掛けらていた紙袋がカサッと音を立て、引き寄せられるようにそれを手に取って何が起きたのか一瞬で理解した。
 目に入るたびに可愛い可愛いと言っていたキャラクター。紙袋にもラッピングにもそのキャラクターが描かれている。扉を半分空けたまま部屋の入口にぺったりと座り込んで包装を剥がしていけば、やはり中身も同じキャラクターが描かれたキーホルダーとミニタオルが入っていた。
 これをくれる人の心当たりは一人しかない。

 しかしプレゼントは一つではない。いくつも置かれた包み。ひとつずつ開いていくと、アクセサリーだったりぬいぐるみだったり、不器用な男たちが一生懸命考えたのであろうものが出てくる。
 自主的にクリスマスプレゼントを贈るような人たちではない。
 彼が何かしたのだ。
 少し前に『サンタが来たことない』ということをぽつりと言ったような気がする。
 だから、それで、こっそりプレゼントしてくれたに違いないのだ。

 渡我はキーホルダーとミニタオルをぎゅうっと顔に押し当てた。

「……っれぇくん」

 そして弾かれるように顔を上げるなり立ち上がり、彼の部屋へと飛び込んだ。
 バアンと派手な音を立てて開いた扉を振り返った西岐はベッドの上でプレゼントに囲まれて困惑の表情を浮かべている。

「トガちゃん……サンタさん……来た」

 包みの一つを開けたのだろう、大きなぬいぐるみを抱えて頬を紅潮させる西岐を一目見て渡我はハクッと無意味に口を動かした。西岐からのプレゼントに感激してお礼を言おうと思っていた口が何も言えなくなったのだ。
 キラキラした目が渡我を見上げてきて、放つべき言葉が入れ替わる。

「わ、私にもサンタさん、きたの」

 持っていたキーホルダーとミニタオルを西岐に見えるように掲げると、分かりやすいほど西岐の視線が食いついた。

「へ、へえ! そう! すごおい!」

 明らかに自分の時の『サンタが来た』の発言とまるで違う棒読みなセリフで驚いて見せる様子に、渡我の頭はいつになくフル回転していく。
 西岐の身にも想定外のサンタが訪れたようだが、渡我へのサンタ役を降りる気はないらしい。
 サンタから貰ったのだというスタンスを守ってあげた方がきっといいのだ。

「れぇくんもプレゼントいっぱい……何もらったの?」

 ベッドのふちに腰を下ろし、横からプレゼントの解封を眺める。
 あの男たちがどんなものを贈ったのか気になった。

 ぬいぐるみ、時計、靴、アクセサリー。ありふれたプレゼントのようにも思えるが、どことなく気持ちが滲み出ている気がするのはうがった見方をしているからだろうか。
 その中でもアクセサリーが特に重い光を放つ。
 質のいい小さな箱にちょこんと鎮座するピアスと、また別の箱に綺麗に収まっている指輪。

「重ッ……」

 贈った相手が透けて見える。
 所有欲の塊でしかない貴金属に全力で引いてしまう。
 しかし贈られた当の本人はその意図など分かっていないらしく『ピアスあいてないんだよねえ』だとか『指輪すきじゃない』などとのほほんと呟いていた。





「それで、弔くんはれぇくんを貰ったのです?」

 昼になってやっと起きてきた死柄木たちに事の顛末を教えてもらった渡我は、協力の報酬をプレゼントに貰えたのかということに興味が惹かれた。
 それは渡我だけではなかったらしく居合わせたそれぞれがそわそわと落ち着かなくなった。特に向かいに座った荼毘の突き刺すような視線はなかなか笑える。
 一方で死柄木はつまらなそうにポケットをまさぐって数センチ四方の小さな紙きれを渡我の目の高さに掲げた。
 『独占券、十分間有効、一回限り』
 手書きでそう書かれた紙きれ。

「十分って!!」

 すかさず噴き出すトゥワイス。

「いや、でも、独占かあ、おじさんもそれがよかったなぁ」

 羨ましそうにまじまじと横から眺めるコンプレス。

「はっ、くだんねぇ」

 心底ほっとしたのか鼻で笑う荼毘。

「肩たたき券みたいですねえ」

 ほっこりする黒霧。
 というか恐らく彼が一枚噛んでいるのではないだろうか。時間制限があっても約束を反故したことにはならないと。西岐一人でそこまで頭が回るとは思えないのだ。
 だとしたら、あのほっこり顔も演技なわけでなかなかに食わせ者だ。

「まあいい、後で膝枕してもらうわ」

 なんだかんだ悪い気はしていないらしい死柄木は、大事そうに券をポケットに戻した。

 フッと空気が動いた気配がして、建物の入口あたりが騒がしくなった。足音や物の擦れる音や話し声がだんだんと近づいてきて、離れた拠点にいたはずのメンバーが顔を揃えた。手に持っていた荷物を各々が好きなところに置いては、やれ疲れただの、こういうのは久しぶりだのと言いながら荷物を広げていく。
 組み立てられていくクリスマスツリー。
 テーブルに所狭しと並べられていくオードブル類。
 大きなケーキが中央に鎮座し、皿の隙間を縫うようにグラスが置かれていく。

 賑やかさにつられて部屋から出てきた西岐が目を真ん丸にして、ソファースペースを見渡した。

「たまにはワイワイやるのもいいんじゃないかしら」

 マグネが軽快にボトルの栓を開ける。マスキュラーが強引に西岐へグラスを押し付け、そこへボトルの中身を注ぐ。未成年が相手だからノンアルコールだ。
 大人用のアルコールも勿論買い揃えていて、死柄木がそそくさと開け始めている。

 琥珀色の液体をグラス越しに凝視していた西岐の頬が、じわじわと赤くなっていく。
 炭酸が弾けるように目の中のキラキラが増していく。

「じゃあ、じゃあ……」

 上ずった声が零れ落ちて、集まったみんなの視線が暖かいものになる。
 メリークリスマス。
 放たれた一言に全員がグラスを掲げた。
create 2018/12/22
update 2020/03/16