障子
ハニーバニー



障子くん宅にお泊りするお話です。かっこいい障子くんはいません。
本編の設定を使用していますが切り離してお読みください。






 切っ掛けは戦闘訓練で疲弊して気を失った西岐を家に連れ帰った日の翌日、あまりに申し訳なさそうにする西岐に『いつでも泊まりに来ていいんだから気にするな』と言い放ったことだったと思う。いつまでも迷惑をかけたと思われているのは心外だったのもあって、西岐の気持ちを紛らわすために言った言葉だが、別に社交辞令でもないから実際に泊まりに来るのはいい。
 それは本当に構わないのだが……。
 テーブルで揃って課題に取り掛かっていたはずの障子だが、とてもではないが集中できず頭を抱えていた。

「んんん、問題むずかしいよね」

 問題が解けなくて悩んでいると思ったらしい。隣に座る西岐も小さく唸りながら課題のプリントを睨みつけている。長い前髪で目元が見えないので睨みつけているような雰囲気がするという表現の方が正しいが。
 声につられて目を向けてしまった障子は視界に飛び込んできたものにまたダメージを受け、狼狽する気持ちが顔に出てしまいそうで、風呂上りにマスクを外してしまったことを後悔していた。
 そう、風呂上り、なのだ。
 西岐の濡れた髪がまだ火照っている頬に貼りついている。それだけでも十分破壊力はあるのだが、西岐は未だに自分の着替えを持ってこようとはせず、障子の服を借りて着ていた。触手を出すために大きく空いた肩口やサイズの合っていない襟元から必要以上に肌色が露出していて、健全な高校生男子である障子の精神を試しにかかってきているのだ。

「頼むから着替えは持ってきてくれ……」
「え? あ、うん、そうだね」

 障子の切実な訴えに恐らくなにも理解していないであろう相槌が返ってくる。帰ったらすっかり忘れ去り、次来るときも絶対持ってこないに違いない。
 こちらで買っておこう。
 そう心に誓って無理にでも意識をプリントに戻した。





 なんとかプリントの全項目を埋め終わり、食に興味を示さない西岐に苦労して夕食をとらせ、少しの時間だらだらとテレビを見て過ごしていればあっという間に就寝の時間が訪れる。
 九時を回ったあたりからすでに眠気を漂わせていた西岐は今にも床で眠りそうになっている。

「西岐、布団敷いたから、そっちで寝ろ」

 ぺちぺちと頬を叩きながら声をかけるとかろうじて頷きを返し、緩慢に身体を動かす。亀のようなその動きに溜め息を吐くと、障子の腕が西岐の身体を持ち上げる。力を抜きされるがままの身体は薄く軽い。その癖触れた皮膚は柔らかく、思考が痺れそうになって軽く頭を振って雑念を振り払いそっと布団に横たえさせた。

「しょうじくんはまた床?」

 半分寝言のような声で聞いてくる。
 布団は一組しかない。だから西岐が泊まるときは決まって障子が床で寝る。それが西岐にとって一番気にかかることらしい。

「じゃあ俺も床でねる」
「床で寝ても俺が布団に運ぶけどな」
「うううう」

 布団から這い出ようとする西岐を押さえつけると悔しげな声が歪めた口元から洩れてくる。
 うたた寝ならともかく西岐を床で寝かせるようなことをするわけがない。

「じゃあ一緒に寝ようよ」

 頭の横のスペースをぽんぽんと叩いて障子を促してくる。このやり取りも何度目になることか。未だに慣れる気がしない。うっと少々狼狽え返事に窮していると西岐の手が障子の服を引っ張り、脆くなっている理性がグラグラ揺れ始める。
 はじめは上辺だけでも毅然と断っていたのだが、最近は言葉がすぐ出てこなくなった。

「……狭くなるぞ」

 言うはずだった台詞ではなく、最早一緒に寝ると言ってしまったも同然の台詞が口を突く。

「うん、へへへへ、わーい」

 嬉しそうに笑って障子が寝られるように端に避ける西岐は、反則だろと思うくらい障子の胸を撃ち抜いてくる。人と一緒に寝るという行為がそれほど嬉しいのだろうか。
 障子の方はより理性が試され自分の首が締まる思いなのだが、目の前の生き物が可愛すぎた。もう誘いを断れない。促されるまま電気を消してから隣に横たわり身体に布団をかぶせると、じわじわと西岐の体温が伝わってくる。
 はっきり言って寝られるわけがない。
 眠る体勢になってさほど経たない内に隣から寝息が聞こえ始める。
 同じシャンプーを使っているはずなのに漂ってくる髪の匂いは知っているものよりずっと香しく感じる。
 気を許してもらっていると思えば微笑ましいが、全く警戒されていないと思うとなかなか複雑な気分になるのは、今自分が心の中で悶絶しているからに他ならない。
 起こしてしまわないようにそっと西岐の身体を引き寄せ、やんわりと腕に抱きしめ、いい香りのする髪に鼻先を埋める。
 塊になった息が重く口から吐き出される。
 どうか気付かれませんように。
 願いなのか、自らの呪縛なのか、胸の中で呟きながら掠め取るように口付けた。
create 2017/12/21
update 2017/12/21