相澤
耳と尻尾と鳴き声



年齢制限のある作品です。
1日1アンケの結果により『猫耳夢主を1-Aに放り込んで相澤先生落ち』を書きました。
本編の設定を使用していますが切り離してお読みください。






 それは登校中に起きた。
 シャーペンの芯を買おうと寄ったコンビニ、そこには異様な光景が広がっていた。店の中に何匹もの猫がいて、店員の姿はなく、唯一人間の姿をした男がレジの中に手を突っ込んでいる。
 微かな甘い匂い。
 おそらく匂いかガスの類で猫に変化させる個性を使った強盗だ。
 瞬時に判断すると息を止めて男の背後に回った。気付かれるよりも早く首根っこを掴んで抑制をかけて動きを封じる。ノーモーションで個性が使える可能性を考えて指先を噛み切り血も擦り付けておく。
 扉をあけ放ち換気をしてから通報し、警察が到着するまでの数分間、抑制をかけ続けて堪えていた。
 その時、僅かに甘い匂いの空気を吸ってしまっていたのだろう。
 強盗を引き渡すとき警察官の目が西岐の頭部に集中し、西岐自身もむずむずとした違和感を覚えて頭に触れた。
 ぴこっと動く柔らかい突起物がある。
 しかも突起物から自分が触ったという感触が伝わってくる。
 意識してみると頭部の突起物は思うように動かせる。
 同じくムズムズする臀部。窮屈に感じて身をよじるとズボンのウエストの僅かな隙間から細長い尻尾がスルッと飛び出した。
 髪の色と同じオレンジ色の耳と尻尾。
 つまり中途半端に猫化してしまったわけだ。





 教室に入るなり不躾なほどの視線に晒された。
 二十対の目を浴びて西岐の頭部に生えた耳がへにょっと下がる。

「あれ、れぇちゃんの頭にあんな耳あった?」
「あったあった」
「あったねー」
「あった気がする」
「いやねーよ!」

 クラスのみんなもだいぶ混乱しているらしい。ざわざわが教室中を満たしていく。
 賑やかしメンバーが詰めかけてくるものだから入口に立ったままどうしたものかと悩んでいると、背中にドンと誰かがぶつかった。

「んなとこに突っ立ってんじゃ…………は?」

 反射的に吐き出されたのであろう怒声が、西岐の姿を認識するなり萎んで消え、振り返ってみれば爆豪が西岐を凝視している。上から下までを順繰り眺めてまた頭に戻る視線。
 目つきの鋭さに恐怖を感じた西岐は群がっていたクラスメイトの隙間をすり抜けて教室の奥へと逃げる。
 不思議と猫耳が生えてから身が軽い。

「もしかしてコンビニ強盗を捕まえたお手柄雄英生ってれぇちゃんのこと?」
「え? うん」
「もうニュースになってるよ」

 緑谷に言い当てられてどうして知っているのかと疑問に思っていると、スマホ画面に表示したニュース記事を見せてくれる。あんな小さな事件がもうネットニュースに載っているとは。名乗ったつもりはなかったのだが制服で学校が割れてしまったようだ。
 西岐の思考に合わせてぴこぴこと動く耳。

「――み゙ッ!!!」

 自分でも予想しなかった声が出た。

「あ……悪い」

 後ろからいきなり耳に触れたのは轟の手で、驚かせたことを謝りながらも手を引っ込めることはなく、耳の感触を確かめるように撫でる。
 それが、もう、物凄くくすぐったいものだから西岐は堪らず身を仰け反らせた。

「やだ、やだ、も、とどろきくん、やだ」
「……駄目だな、西岐。それじゃ誘ってるようにしか見えない」

 首を振って逃れようとしてもすぐ手が追いかけてきてフニフニと耳を弄ぶ。
 恍惚とした表情で覗き込んでくる轟の顔がやたらと近い。

「待て待て、轟、向こうでちょっと落ち着こうか」
「いったん頭冷やそう、な」

 西岐がどうにも逃れられずにいると、教室の入り口付近で騒いでいたはずの切島と砂藤が轟の両脇を抱えて反対側のドアに引きずっていく。
 解放されてほっと息をつき、耳を庇うように押さえた。どうやらこの耳がウィークポイントとなってしまったらしい。

「大丈夫か」
「だいじょうぶじゃないです」

 机を椅子にして座っていた常闇が憐れみを込めて聞いてくる。
 元々くすぐったがりな方ではあるが猫耳になるとこんなにも過敏になるものかと困惑してしまう。

「ちゃんと感覚があるんだな」
「そうみたい」
「尻尾は?」
「ある……ね」

 人生で尻尾という部位に意識を向けたことはなかったが、個性で発動したものだからか難なく意識して動かせるし、感覚も当然ある。ゆらゆら揺らしてみればジッと見ていた常闇の手がおもむろに尻尾を掴んだ。

「――に゙ッッ!!!」
「おお……」

 唐突に与えられた刺激に尻尾も身体も硬直する。
 何故か常闇の口から感嘆の声が漏れる。

「や、め、ぎゃあ」

 これはもう、不可抗力だ。
 思い切り常闇の手を引っ掻いて、怯んだ隙に距離をとる。手加減が出来なかったから常闇の手にはくっきりと赤い筋が三本綺麗に走っている。
 フーッと息を吐いて威嚇すると常闇の顔に申し訳なさそうな雰囲気が漂う。
 見た目だけでなく中身もどうかなってしまったのかもしれない。コントロールが効かないまま、急に耳や尻尾を触られて気が逆立ち、落ち着かずうろうろと教室を彷徨う。

「西岐」
「しょうじくん……」

 それまで遠巻きに静観していた障子に引き寄せられ、向けられた気遣うような障子の視線は他の者にはないもので西岐の涙腺が緩みかかる。

「先生には俺から言っておくからもう帰れ」

 障子に言われるまま本当に帰ってしまおうかとも思ったのだが、たかが猫の耳が生えた程度のことで授業を休んでいいのかと躊躇ってしまう。
 そうこうしているうちにチャイムが鳴り、開け放たれたドアから相澤が入ってくる。いつになくざわざわと落ち着かず席にもつかないクラスメイト達に何事だと視線を巡らせて、西岐と目が合うなりすぐさま状況を理解したのだろう。視線を尖らせた。
 駄目だ怒られるやつだと確信したときにはもう相澤が目の前まで来ていて、軽々と肩に担がれる。

「飯田、適当にHRやっとけ。西岐は保健室で休ませる」

 西岐の抵抗など相澤にかかれば微々たるもので、早々に諦めて身を預けていれば、相澤は短くそう言い捨ててみんなの注目を集めながら教室を後にした。




 確か相澤は保健室に連れて行くと言っていたが、実際に連れてこられたのは仮眠室だった。
 使う機会のないその部屋の中は初めて見る。ソファーとテーブル、給湯セットと丸椅子、小さな棚。部屋にあるのはそれだけで仮眠室という名のくせに寝具の類は見当たらない。
 相澤はソファーに腰かけ、膝に西岐を乗せる。
 向かい合わせにやや見下ろす形になって西岐は観念したように項垂れた。

「で?」
「……えっと、あの、コンビニ強盗にやられました」
「うん」
「時間が経てば治るそうです」
「へえ」

 極端に言葉が短い。
 完全に怒らせたということだ。

「ごめんなさい」

 何が逆鱗に触れたのかはよく分からないのだが、怒らせてしまうのは嫌なのでひとまず謝ってみる。が、特に効果は得られず、相澤はじっくりと西岐の有様を眺めている。どうにか逃げられないものかと思い巡らせていると、相澤の指が頬に触れてきた。
 指の背で暫く頬を撫でていたかと思うと、指の先が顎の下をくすぐる。

「……ん」

 それが妙に心地よくて抗えない。
 すると今度は軽く爪を立てて喉を引っ掻く。

「まんま猫だな」

 もっと撫でてほしくて喉を仰け反らせると応えるように指が動き、もう片手が頭に生えた耳に触れ指の腹で擦り合わせる。
 ぞわぞわしたものが背筋に走り、身を震わせる。
 味わったことのない感覚。こみ上げる気持ちよさに目を細めてしまう。

「もっと?」

 優しく柔らかい問いかけを、とろけた頭で聞く。怒っていると思っていた相澤はとても上機嫌な顔で西岐を覗き込んでいる。相澤のこういう顔は、すごく好きだ。

「も……っと」

 促された言葉をそのまま繰り返すとシャツの上を手のひらが滑り、あっという間に到達したウエストの隙間に指を差し込んだ。そして優しく、トントンと尻尾の付け根を叩く。

「――み゙ゃっ、あ、やっ、それやだ」

 トントン、トントンとリズムよく付け根を叩かれると、先程よりも強いぞわぞわしたものが尻尾を中心に渦巻く。心地いいような、落ち着かないような、処理しきれない未経験の感覚に怖くなる。しかし逃げようとするには身体に力が入らず、そればかりかひとりでに腰が浮いてしまう。

「気持ちよさそうに見えるけどな」

 くつくつと喉で笑う相澤。
 最早、もっと撫でてほしいのかやめてほしいのか分からなくなって目の前の存在に擦り寄る。
 やはり内面まで猫化してしまったのだろうか。口から猫の鳴き声のようなものまで出てきてどうにかなってしまいそうになったその時。
 頭上と臀部で何かが弾けるような音がして、それまであった奇妙な感覚が掻き消えた。

「わっ」
「……っ!」

 西岐と相澤、同時に驚いて見開いた目が互いを映す。

「消えた?」
「……消えたな」

 頭に手をやってみるが猫耳らしき感触はなく、臀部からもいつも通り何も生えていない。すっかり元に戻ったらしい。
 相澤はつまらなさそうにソファーの背凭れへ身を預けた。
 直前まで翻弄されていた西岐も息を吐いて脱力し、相澤の膝の上で寄り掛かる。波のように押し寄せてきた何かの余韻だけが残っていて、胸がどきどきと忙しない。
 名残惜しそうに相澤の指が喉を撫でてくる。
 もうただくすぐったいだけで西岐は笑いながら首を振った。
 なんだか、物寂しいような。
 残念なような。
 猫とはああいう感覚を持っているのだろうか。

「……きもちよかったなぁ」

 ほうと息を吐き、うっとり目を細める。
 吐息だけの笑いが聞こえる。

「スケベだな」

 耳元で声がしたと思ったらぐるんと視界が回転し、西岐の身体がソファーに横たわる。

「――で、おしおきと……さっきの続き、どっちがしてほしいって?」

 肩に手が、足の上に膝が置かれていて動けそうにもない。
 見開いた目に映るのは相澤の不敵な笑み。
 ああそうだった、怒られていたんだったと思い出しながら西岐はにゃあとひと鳴きするのだった。
create 2017/12/22
update 2017/12/22