さいきさんち
迷子 けして人通りの少なくない駅前の広場。
縦横無尽に行き来する人混みの中にポツンと佇む幼い子供がいた。長い髪で顔のほとんどが隠れていて、ダボっとした白い服と相まって男なのか女なのか分からない。なんとも不思議な格好をした子供だ。
珍しく得た休日、時間を持て余してトレーニング用品を物色しに出掛けたエンデヴァーは、ふと視界に入ったその子供から視線が離せなくなっていた。
その子供は歩行も少し覚束ないほど幼い。息子と同じくらいの背丈だが、そこにいる子供の方がうんと幼げに見える。なぜ一人でこんなところにいるのかとらしくもなくハラハラしてしまう。
親はいないのか、迷子なのか、声をかけるべきか。ぐるぐる迷う。
ただ自分は子供には不人気だ。まず顔が怖い。
どうしようかと悩んでいる間に声をかける人物が現れた。親切な人が警察にでも連れて行ってくれるのだろうかと思いホッと息を吐きながら眺めていると、どうやら様子が違う。
「ねこちゃん?」
舌ったらずな声が聞き返す単語が不穏だ。手を引き連れて行こうとする方向は明らかに交番とは真逆。
まずいっ、と急いで足を踏み出し男の肩を掴んだ。
「この子に何か用か?」
子供の手を男から引き剥がして自分の後ろに下げ、ひと睨み。それで男が竦みあがる。
「――え、エンデヴァー!!!」
私服姿でもその眼光は一切劣らなかったようだ。悲鳴混じりにヒーロー名を叫び、身を翻して人混みへと走り去っていく。
何が起きたのか分かってない様子の子供がきょとんと見上げ、小さな声で「ねこちゃんは?」と聞いてきた。
「それより、親はどうした。名前は?」
我ながら子供相手の話し方ではないと分かっているもののそう簡単に変えられない。いつも通りの威圧的な声と共に見下ろすと見るからに怯えを浮かべてジリッと後ずさった。
「れぇちゃん」
ふわりと風に乗って届くかのような柔らかな呼び声が聞こえた。
振り向くと声の印象を裏切らない佇まいの男が歩いてきて、子供が男の方へと迷わず駆けていく。駆け寄った勢いのまま足にぶつかった子供を男が抱え上げる時の、その互いの表情で親子なのだとすぐに分かった。
「消えちゃうから見つけるの大変」
「ん、……わかんなくなったの」
「そうだね、知らない場所だと分からなくなるね」
頬を擦り寄せ言葉を交わす光景に目を奪われ、間抜けなほどぼんやりと突っ立っていたエンデヴァーにふと男が目を向ける。
「えっと、面倒をかけました?」
少し首を傾げて問いかけてきた。
腕の中で子供がエンデヴァーの存在を思い出したのか父親のシャツを引っ張り自分に意識を向けさせる。
「あのね、ねこちゃんいるよって、くるまいくの」
恐らく先程の不審人物からの言葉を報告したのだろう。しかし、あまりにも言葉足らずで誤解を招く発言だ。案の定、父親の目がスゥと細くなった。あからさまに警戒と怒りを纏ってエンデヴァーを見据える。
「拐かしですか」
「――ッ!」
とんでもない誤解だ。
「違う、俺は子供の保護を」
「証明できます?」
「っ……」
証明と言われて即座に尻ポケットに差していた財布を取り出し、ヒーロー免許証を突きつける。
大抵の者ならこれで通用するはず。
しかし男は『だから何』とばかり眉を寄せる。
「ヒーローが幼児誘拐なんて……」
「だから! 違う!」
いよいよ雲行きが怪しくなってこのままでは本当に誘拐犯にされかねないと焦り始めたエンデヴァーの耳に、無邪気な笑い声が滑り込んだ。
「おなまえはね、れぇです」
脈絡なく名乗ってふにゃふにゃと笑う。
何のことだと混乱するエンデヴァーを余所にふにゃふにゃ声がマイペースに話を続ける。
「ねこちゃんね、くるまいるよっておじさんがね、えんでばっていって、どっかいっちゃったの」
エンデヴァーにはこの子が何を言っているのかさっぱり分からないのだが、父親はそれで大方理解したのか纏っていた怒りが掻き消えて、子供と似たように柔和な笑みを浮かべた。
「なあんだ、すみません」
一瞬で切り替わる表情に感情が振り回される。間違えて誘拐犯扱いされたのに怒るどころがタジタジになってしまう。咳払いで取り繕い、意識的に表情を険しくしてみせる。
「知らない人にはついていかないよう教えた方がいい」
「そうですねぇ」
なんとも手応えのない返事が返ってきた。彼としてはもうエンデヴァーと言葉を交わす気は無いのだろうか。
それならばもう親も見つかったのだし、立ち去るべきかと思いつつも足に根が生えたように動かない。どうしてか、酷く名残惜しい。
まだこの二人の顔を見ていたいような気持ちになる。
「えっと、助けていただいたお礼にお茶でもどうですか?」
「どおですか」
親子から揃って誘いがかかる。
一も二もなく頷いていた。
create 2018/10/13
update 2019/07/14