横断歩道を渡りきって駅に入る直前で、名前の後ろで御堂虎於が「おっと」と胸ポケットにかけていたサングラスを取り出し帽子を深くかぶり直した。名前が振り返って眉をひそめると、「いや、ちょっと知り合いがいたもんでな」と言う。まあ、御堂虎於自身もお坊っちゃんで有名人ならそんなこともあるかと名前が再び歩き出そうとすると、目の前にばん、と赤い髪の少年が立っていた。怯んで半歩下がった。

「アイドリッシュセブンです!ライブをするので是非来てください!」

思わず受け取ってしまったフライヤーにはおそらく七人グループなのだろう、整った顔立ちの少年や青年が笑顔で写っている。名前は軽く会釈をしてフライヤーを覗き込む。フライヤーを拒んだ御堂虎於も、名前の手元を上から覗き込んでにやりと笑っていた。

「逢坂家のご子息がアイドル、ねぇ」
「え?どれどれ」
「こいつ。この白髪は逢坂グループのトップの息子だぜ。俺も何度か会ったことがある。家出したって聞いてたが……」
「金持ち系アイドル流行ってんだ……」

確か十龍之介もそうだったな、と名前は思い出した。ああいや、あの人はキャラづけだったっけ。百のスポーツサークルで顔を合わせた時に、名前は十龍之介のしまんちゅっぷりに驚いたものだった。芸能界にいればそれなりにセレブと呼ばれる人間と関わる機会も多かったが、一介の歌手に過ぎない名前にとってはあまり縁のない世界には違いなかった。逢坂壮五、と書かれた上にある写真の顔を見ながら、アイドル流行りの世の中、もしかしたらいずれどこかで共演することもあるかもしれないと、若者たちを応援する気持ちで名前はフライヤーを折りたたみポケットに入れた。まあ、埋もれていく方が多いこの世の中、確率自体はかなり低いとはわかっている。
一年前と違い、今や名前は変装をして日々を過ごす身だ。住居もツクモと提携しているセキュリティの高いマンションで、いよいよもって自分は芸能界の一員なのだと名前は自覚するようになった。
御堂虎於を連れてライブの現場入りをすると、顔見知りスタッフの何人かから、「名前さん誰ですかあのイケメン」と部屋の隅の方で問いただされたが、名前は苦笑いを返すことしかできなかった。「仕事なんで、彼、ちょっと見学させてやってください」と名前が携帯を弄っている態度の悪い御堂虎於を指差すと、女性スタッフがわあ、と群がっていく。これがイケメン効果…………。迫力のあるその部屋の一角に、しらーっとした表情をしながら名前は喉の調整をする。今日はホールライブなので、御堂虎於には裏で見ていてもらうことになった。絶対にフラフラ歩き回らないように、と釘を刺してからギターを肩にかける。なんだか、いつもより疲れると思った名前であった。

「いい女がいたら先に帰るけど」
「絶対に、ここで、待っているように」

自分が連れて来た男がスタッフ漁りをしていたなどと噂されれば、名前自身の今後の評判にも傷がつきかねない。いいな?と半分額に青筋を浮かべながら地面を指差して動くなよ、と名前が圧をかけると「わ、わかったって」と案外すんなりと御堂虎於は引いた。女性からの痴話喧嘩とは違うマジギレには、どうやら慣れていないらしかった。月雲了の見立ては良くも悪くもよく当たる。その答えに満足して、名前はもはや慣れたステージの上に歩き出した。この頃には未だマイクこそ持たないものの、冷や汗をかくことはなくなっていた。
ライブの終わりには、名前が成人していることを知ると御堂虎於が酒を奢ってくれた。小洒落たバーには人生で初めて入ったが、なかなか豪華で名前は大満足だった。何より、高いものをバンバン頼んでもいいというのは貧乏だった名前には夢のような贅沢である。ただし、横で高い酒や料理を山ほど飲み食べる名前に、御堂虎於が珍獣を見る目で見ていたことを、本人が知ることはなかった。
誰もが自分の神様を持ってる