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「さあ今週のMW、まず最初のゲストは人気絶頂、TRIGGERのみなさんです!」
司会のアナウンサーの言葉で登場したTRIGGER。女性たちの甲高い歓声が響き渡り、その人気を如実に表している。 名前は同じ時期にブレイクしたこともあってTRIGGERと共演することも少なくはなかったが、今まで亥清悠の監視があったためか会話をしたことは少なかった。ただ十龍之介だけは個人的な付き合いがあったので、毎回現場入りすると笑顔で会釈をくれる。まあ、話題は専らスポーツばかり、浮ついた雰囲気も何もない。
名前は本番前に携帯をいじくっていた。中身は月雲了からのメールで内容はスキャンダルに関する記事の知らせだった。先日の御堂虎於の同行を見事にすっぱ抜かれていたらしい。まああれだけ目立っていれば当たり前か、と名前は息を吐き出して、「なんとかしておいてください」と返信した。昨日今日の出来事、記者は流石に仕事が早いと名前は思った。噂されるのが好きな人などいないだろうが、活動に支障が出ない範囲なら仕方ないと諦めている節もある。それにあちらも仕事、程よく付き合っていくのが賢いやり方だ。
「それに、記事で盛り上がるまでが月雲さんの作戦だろうしなぁ」
やれやれ計算高い、と名前は携帯の画面を落とした。炎上商法というものが世の中にはある。そこまでいかずとも、人の負の面を引き出しての話題作り、自分がやるとなれば話は別だ。逆に祝福ムードで周りに接されるのも困惑する。
「名字さん、お疲れ様でした。ちょっと今お時間ありますか?」
生放送の音楽番組終了後、名前は九条天に声をかけられて「は?」と思わず素で返してしまった。とにかく予想外すぎたのだ。片手で数えられるぐらいしか会話をしたことのない人間に急に話しかけられれば誰だって背筋が伸びるというもの。名前はこのストイックなトップアイドルに対して何か問題でも起こしただろうかと思案したが何も思い浮かばなかった。九条天が仕事に厳しい人間であるというのは業界内でも有名な話である。
「うちの龍……十龍之介と親しいと聞いたのですが」
「ああ……先輩の誘いで何度か芸能人のサークル的な集まりに行ったんです。そこでまあ、ちょっと話すことも多くて。別に特別な関係というわけではないですよ」
「そうですか。ですがうちのグループ内で噂でも女性関係の話が出るのはなるべく避けたい。しかもただのグラビアモデルより、貴女の立場は現実味も伴います。できれば今後は控えてもらえますか?」
ぴりつく雰囲気に、名前は自分もとうとうそう言われるまでになったのかと、ぼんやり他人事のように感じていた。そして、同時に仕方がない、と諦めた。十龍之介という穏やかで心優しい友人との接点が途切れるのは心苦しいものがあったが、お互いの仕事に関わる話となれば致し方ないものがある。心の中では微妙な気持ちになりつつも、名前は九条天の目を見据えて「分かりました。配慮が足りず申し訳ありません」と頭を下げた。ここで頭を下げるのには、九条天自身と名前の噂を立てないためでもあった。九条天もそのことはよくわかっていて、「別に個人間のラビチャまで制限しようというんじゃありません。ただ、会うのはお互いのためにも。僕も名前さんのステージは尊敬しています。少しきつい物言いですみませんでした」と謝った。少し……?と名前は疑問に思うところもあったがそこはそっとスルーすることにした。
「九条さんは本当にTRIGGERを大切にしているんですね」
「ええ」
「光栄です。そんな貴方にプロだと思ってもらえたこと」
「……ありがとうございます」
「あの、九条さん」
「はい」
「突然こんなことを聞くのがおかしな話なのはわかってるんですが……今日の私のステージ、歌……よく聞こえました?」
名前は、誰かに自分の評価を聞いたのが初めてのような気がした。九条天は数拍時間を置いてから、薄く笑みを浮かべてすっと視線を右に逸らす。「貴女の歌は……、本物でした」名前はその返答に満足して頷いた。
「ブラホワ優勝してもチャートで一位を取っても、ほら、私って一般人出なんで、基本実感がないし、関心もないんです」
「そうなんですか?」
「でも、九条さんくらいの方に褒められれば嬉しいものですね」
「もう少し自分の歌に自信を持ってもいいかもしれない」と名前が小声で溢すと、九条天が意外そうな面持ちできょとんと間を置いた。この表情はテレビでも見たことがないと、名前は僅かばかり得をした気分になった。
「今、少し興味が湧きました」
「はい?」
「名字名前という歌手に。貴女がどういう気持ちであの場に立っているのか、それが何なのか……知りたいです」
「あれ、これ口説かれてる?」
「…………違います」
「あっはっは」
あまりはっきり言われると傷つくと名前は空笑いした。自分こそ、あそこまで徹底して他者に奉仕できる九条天の精神を覗いてみたいと思う名前だった。何せ歌っている間に名前はファンのことなど考えたことがない。なんて独りよがりな歌手だろうと呆れさえ覚えてくる。それでもファンがいて、ついてきてくれる。そこにどんな価値を見出すのか名前はまだ決めかねていた。
「また、一緒に仕事をしましょう」
「え…………」
「今日はお疲れ様でした」
九条天は言うが早く、スタッフに頭を下げながらスタスタと歩いて行ってしまう。アーティストとしての在り方が真反対な九条天。そうしてその小さな背中を見送りながら、名前は立ち尽くした。
スポットライトに目を細めて