▼
「よお」
「左右の女をどっかへやってから出直してこい」
親指でびっと首を切った。「こわ〜い」煌びやかな衣装を纏った女性たちが名前の般若の形相と言動に対してゆるゆるの返しをする。名前が月雲了に呼び出されてやってきたバーに先客として居た御堂虎於が、ひらりと手を振った。その態度に若干いらついたものの、名前はそれ以上強い物言いもできずに御堂虎於と女性たちから席二つ分ほど距離をとったところで、バーのカウンターに座った。ピンクのオーラを垂れ流すお姉さん方が一人の男に群がるその様子は、客観的に見て少々異様な光景といえる。名前は早々に切り替えて女性はいないものとすることに決めた。
「月雲さんに呼ばれて来たんだけど……」
「俺もだ。で、早めについて暇だったから、彼女らと話をしてたわけ」
「御堂君ってそのうち病気になりそうだよなあ」
「いきなり下ネタをぶち込むな。……仮にも女だろ?」
「いや、御堂君好みじゃないしいいかなって」
「さては根に持ってるだろ」
「正解」
意外と根に持つタイプであることを自分でも自覚している名前だった。頼んだグラスの中身を転がしながら、しかし全く悪びれる様子のない御堂虎於に名前が何か言おうと口を開きかけた時、「いや〜お待たせお待たせ」と、へばりつくような低音がバーカウンターに響き渡る。予定時刻ぴったりの登場に名前は無表情で振り返って「どうも〜」とのんびり挨拶した。名前と御堂虎於の間の、名前寄りの席に座った月雲了は相変わらず高級スーツに身を包み、陰気臭い笑みを浮かべていた。
御堂虎於が呆れたようにため息をつく。
「つれないねぇ了さん」
「流石の僕も、若い男と女を並べられたら選ぶ方は決まってるよね?」
「そうだな。で、この面子で呼び出したってのは、また、悪巧みか?」
「またとは失礼な〜。これから、だよ」
「このお酒美味しいなあ」
「名前ちゃんはほどほどに」
「それは酷い。くそ、仕事終わりなんだからいいじゃないですか」
「いや名前、飲みすぎはやめとけ……」
御堂虎於が若干ぐったりと項垂れて、肩を落とした。その様子に名前は首を傾げたものの、月雲了だけがうんうん、と同意するように頷いていた。
「悪酔いすると面倒だからね〜君」
「そうなんですか?」
「うん。飲み会行かないみたいだから自覚ない?僕らと行ったとき後半記憶ないでしょ」
「いや、ありますよ……普通に帰るとこまで……」
「それはほぼ夢だから信用するな」
「……まじか?」
それは申し訳ないことをした、と名前は反省した。これからは飲み会は自粛しなければなるまい。そこでふと名前は思い出す。自分が百のスポーツサークルでどれだけ酒を飲んだか……と。さっと顔が青くなった気がした名前はラビチャで自分の罪の重さを聞くことに恐怖を覚えた。何もなかったことにして次回からは酒を飲まない。両手を合わせ、平和解決を望んだ名前に、頭上にはてなマークを浮かべた御堂虎於。月雲了は名前の行動にはだいぶ規則性があることがわかっていたので、何も言わずに水の入ったグラスを目の前に差し出した。
閑話休題。
話を戻そう、とカウンターのテーブルを月雲了がとんとん、と二回叩く。周囲の女性たちはいつのまにか名前たちの前からいなくなっていた。
呼び出されるまで毎回話の内容を教えてもらえない名前は、渡されたコップの水を飲み干し、若干背筋を丸めた状態で月雲了の言葉を待った。
「名前ちゃんのプロデュースもひと段落しそうなんだよね。今年のブラホワも名前ちゃんが優勝するし」
「そうとは限らないですよ……今年人気が出てくる歌手もいるでしょうし」
「いやいや、今年ブラホワ優勝して歌手としての地位を確固たるものにする。そこまでが僕のプロデュースだから、安心していいよ」
「俺必要なのか?この状況」
「もちろん。とは言っても君は来年か……再来年か」
「そういえば、御堂君って何歳……?20歳?」
「だいたいあってるよ」
「年下じゃねえか……もっと慕ってどうぞ」
「名前は威厳がない上にお気楽すぎだからな」
「失礼な」と名前はギラついた目で御堂虎於を見据えた。間に挟まれた月雲了は「ちょっと〜痴話喧嘩は僕抜きでやって来れないかなあ」と口を尖らせる。だいたい月雲了以外では自分が最年長でありながら、一切それらしい扱いをされないことに名前は不満を覚えていたところだった。理由は御堂虎於の言った通りなのだが、本人が自覚したところで直せるものでもない。
月雲了は態とらしく大きな咳をして、その細い指を二本立てた。
「あと目をつけてるのは二人だよ」
「へえ」
「N O_MAD。名前ちゃんは覚えてる?」
「ああ、はい、覚えてますけどね。でも彼ら、もうめっきりテレビじゃ見ませんよ」
「そういうのがいいんじゃないか」
「了さんの性癖は俺と名前を見ただけでもだいぶ割れたと思ってたが、さらに上をきたな」
「…………。わかったぞ、えーっと、狗丸トウマだ」
「ピンポーン」
「あ…………これ嫌な予感するわ」
「ピンポーン」
「あああああ」
「仲良くしてあげてね、名前ちゃん」月雲了の言葉に手の中のグラスがみし、と嫌な音を立てた気がした名前だった。御堂虎於はそんな名前を見ながら、心内で「やっぱり要らないだろ俺」と、冷静に考えていた。
宙にはほど遠い