▼
狗丸トウマと名前の個人的な接点は皆無である。同じ歌手(あちらはアイドルという形であった)として番組で共演することはあっても、会話など全くなかった。それはお互い眼中にないと言い換えることができるが、ようは赤の他人。しかし来たるべき日のためのメンバー、御堂虎於に言わせれば月雲了の手下の一人にその男を向かい入れることになって、名前は昨年の騒動をうっすらと脳裏に思い浮かべた。
「そこそこ気まずい相手って自覚あります?そして私いりませんよね?ね?」
「ん〜、僕には関係ない話だしなあ」
「おっと後半だけ耳詰まって聞こえなかったのかな?」
「す、凄い!ここに入れば僕もきっとスーパースターになれる!そういうので名字名前が出てくるのはとっても……わかりやすいでしょ?」
「狗丸トウマって、そういうのが嫌いなタイプでは」
「だろうね」
NO_MADがテレビ画面から姿を消してからライブの方もかなり下火になってきていると、名前は各所から聞き及んでいる。狗丸トウマの現在の状況がいかほどのものか名前には想像もつかない。しかし月雲了には勝算があるのもわかっていた。もともと一匹狼気質なNO_MADのボーカルを自らの元に引き込み、使い潰す算段が。怖い怖い、と他人事ではないその事実に名前が腕をさすっていると、狗丸トウマがいるという情報があった公園の前に車が停車した。二人が車を降りて敷地内に入ると、そこには情報通りに狗丸トウマがいた。
流行りがあれば、廃りもある。当たり前のことだが、その当事者に残す爪痕はきっと小さなものでないのだろう。名前は泣いていた狗丸トウマに話しかける月雲了の斜め後ろに立った。二人が会話している間、名前はじっとそれを見ていた。
「で、こいつは?なんで名字名前がいるんだよ」
「彼女をプロデュースしたのは、僕だからさ」
「…………へえ」
名前は意味深な間と視線の中に混じる、僅かな軽蔑の色を見た。事務所のバックアップでここまで売れているのは今更のようなものなので、名前は肩を竦めて短く「よろしく」と言うことしかできなかった。ただ一つ言いたかったのは、狗丸トウマ自身もまた、そんな世界に入るのだということ。彼自身が本来望んでいたような、誠実なアイドル活動とは決別するということ。自らを捨てたファンやメンバー、世間に対して、何かしてやりたいという思いに、忠実になるということだ。
名前には暑苦しいくらいの男だった。その熱量が月雲了に手綱をつけられてどうなるのか、名前はあまりいい予感はしなかった。月雲了の元以外での活動など今更できないと確信しつつ、一番信用できないのがこの男であることもまた自覚している。
「あんたのことは知ってるよ。たかだか一年足らず、しかもアイドルみたいに多方面に向けての華があるわけでもないくせに有名になったってな。同業の間じゃあんた、なんて言われてるか教えてやろうか?」
「できレース女?」
「ツクモのお気に入り?」
「うっ。いや、そこは月雲了のお気に入りかと」
「どっちにしても事実だししょうがないよね?ね、名前ちゃん」
「……。あんたらの関係、何なんだよ?ただのマネージャーと歌手、ってわけでもなさそうだよな」
「……相棒?」
「冗談きついって月雲さ〜〜ん。今めっちゃサブイボ出たんですが」
「冗談だよ」全くそうは見えなかったが、敢えて名前はそれをスルーした。
「ま、実際、今一番使えるのは名前ちゃんかもね」
「…………ちなみに」
「彼ら?あれは信用するような連中じゃないでしょ〜。で、君もこれからそうなるんだ。僕の駒になるってことはつまり、そういうことだよ」
「ああ、よくわかったぜ。あんたが胡散臭くて、一切信頼できるような人間じゃないってことは。……今のオレには、お似合いだがよ。名字名前を悪くいう権利すら本当はないってことも、わかってる」
「悪くいうも何も、事実だから、気にしてないよ。それより、狗丸君。私がこういうのはあれだけど、まじで月雲さんはやめておいた方がいいと思うけど」
「本当に酷いなぁ」
しかし、狗丸トウマは名前の経験に基づいたその忠告には耳を貸すことなく、結局、その手を取った。復讐に身を焦がしていると本人が言う割に、かつてミューフェス収録現場で見た狗丸トウマの背と同じように憂いを帯びたその雰囲気は、生き辛そうな人だなと、名前に微かな同情心を与えたのだった。
真実はいつも嘘に見えた