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つい半年前まで路上ミュージシャンだった名前が、今やブラホワ出場候補者の中に名前が入っている。事務所の力に震え上がりつつ、先日のRe:valeとの共演の受けが良かったのか、近頃はラジオの仕事も増えていた。名前は自分の容姿が卑下でもなく凡庸であることを自覚しているので、正直なところテレビ出演より、比較的自信のある声での活動はありがたい。テレビ出演した時の名前の評判はすこぶる悪いのだ。顔出しの喋りはライブの前後程度に留めておきたいところだね、と名前の向かい側に座る月雲了はデスクトップに表示された今後のプランに付け加えた。しかし、そういった硬派な歌手気質は、アイドルのようにトークと歌を両立している者達より清廉潔白に視聴者の目に映るだろう。一長一短だが、悪くはない。
名前の細かいマネージメントは月雲了がチェックしているとはいえ、活動方針は基本放逐されており割と好きにやれていた。あの後、一度出演したNEXT Re:valeでは8割百にフォローされつつバラエティデビューを果たしたのだ。思えばあそこの時点で既に適性は見えていた気がする。頭が痛くなって名前は膝を抱えた。ほぼ一般人のテレビ出演とか誰も見たくねえよ。
「それで、百とは仲良くやってるんだろう?」
「えーと、"今度スポーツ仲間とテニスするから友達誘って名前ちゃんも来なよ〜"だそうです、はい」
「君たちのプライベートな付き合いは聞いてないんだけど」
「この間ブランドのネイル貰いましたよ。まじイケてる……」
「あんまりRe:vale言ってると……悠くん拗ねちゃうよ」
「すこぶるどうでもいい奴〜」
「あらら、まあ女の子の気持ちは移り変わりの激しい嵐のようなものだしねえ。よし、僕の方から悠くんには名前ちゃんが二度と顔を出すなって言ってたって言っておいてあげる」
「月雲さんまじドン引きだわ」
「名前ちゃんは気難しいなあ」
自分の胸に手を当ててよく考えろ、と名前は冷ややかな視線を月雲了に送る。名前は初めこそ月雲了のことをいい人だと思っていたのだが、最近はいい人と陰気臭い人の割合が大分傾いていた。どちらにかは言わずもがなである。
「まあ、勘違いは、しないことだよ。百のところは小さい事務所だからねえ。千は星影、百はツクモ。仲良くして釣り合いをとっているのさ、多分名前ちゃん個人に好意があるわけじゃないと思うよ?」
「日本のトップアイドル相手に舞い上がれるほど自分に自信ないです」
「それならどうぞご自由に。一般人あがりの名前ちゃんは期待しやすいかもしれないけど、あくまで僕のプロデュースする商品として、そこんとこ、忘れないでね?」
「わかってますって。ツクモじゃなきゃ、私は埋もれて終わりの平凡シンガーですよ」
「ふふふ〜、そうだねえ」
「それじゃ、仕事の時間なんで。いくつか作ったデモは提出しときましたから」
「了解。いってらっしゃ〜い」
「はい、いってきます」
自信が無い、わけではない。そうでなくては路上で1人歌うことなどできるものか。しかし誰よりも輝かしい才能を持っているかと問われると、それは途端に線香花火のように小さな光になってしまう。スーパースターになれるのはさらにその中のほんの一握り。本来なら土俵にすら立てなかったであろう、名前の平凡だった人生。そんな中、おそらく一度きりのこの大きなチャンスを手放さないように、必死で走る以外名前に道はなかった。真っ暗な中、細い糸の上を全力疾走で綱渡りしなければならないような恐怖感が常に背中に這い寄ってくる、そんな感じだ。
歌うことは楽しいはずだ。音楽が好きだ。なんでかはわからないけれど、音が耳に入ってくるという現象そのものが、名前にとっては何よりの娯楽なのだった。
月雲了と話して自分がどうしてツクモプロダクションに入れたのかを再認識したせいか、名前はその日の仕事中どこか落ち着くことができなかった。普段なら間違えない歌詞の一つを誤って2番の歌詞にしてしまったり、プロとしてあるまじき行為。名前が冷や汗だくだくでなんとか収録を終えると、マネージャーが次の仕事は「ミュージックフェスタ」略してミューフェスのゲスト出演だと言う。ミスター下岡がメインパーソナリティを務める長寿番組で、数々のヒットアーティストが出演している。ミスター下岡自体がツクモの系列の人物なので、枠が回ってきたということだ。さらに、近々年末のブラホワ出場権を貰えるJIMAの新人賞もある。女性アーティスト部門での入賞を目指している名前にとっては、いい宣伝の機会になるだろう。名前も気持ちを切り替えるために頬を二、三度叩いた。
「よし、共演者は?」
「TRIGGER、NO_MAD、Re:vale、本庄奈々、secret、花巻すみれ……うわ、年末前だからですかね。オールスターって感じです」
「……やっぱ焼肉食べて帰ろうか」
「いいですけど、打ち上げってことにしましょうよ!これ穴開けたら芸能界ではオワコンです」
「まじか……」
「まじです。あ、そういえばさっき、受付に名前さんのファンだって方が来てましたけど」
「知り合い?」
「いえ。でも問題なさそうなものだったんで伝言そのまま伝えます。"路上から好きでした。ブラホワ見ますから頑張ってください"だそうです。本社に来るなんてちょっと非常識ですけど、ずいぶん古参な方ですね」
「え、あ、ふうん。そっか。……うふ」
名前の顔がわかりやすく崩れたので、マネージャーが慌てて頬を持ち上げて立て直した。これからミューフェスだというのに、流石にテレビに映せない顔だ。有名になってファンレターは少しずつ貰うようになっていたが、流石に無名時代の自分を知っている人からは未だなかった。それも、好きだった、というからにはちょくちょく足を運んでいたのだろう。神出鬼没だった自覚のある自分の歌を見てくれていた人がいたというのは、名前にとってとても嬉しかった。好きでい続けてくれる人がいることのありがたさというものを知った今の名前には、過去の自分も肯定されたような充実感である。
ニコニコ顔の名前に、マネージャーもこれでミューフェス成功するならいっか、と諦め顔で苦く笑った。
それでは移動しましょう、とマネージャーが名前を促した時、廊下の方から突然、大声で叫ぶ声が聞こえた。
ハロー、ハローで世界征服