同級生に和泉一織という男子がいる。どうやら最近話題のあい、……あい、なんとかのメンバーらしい。最近やけにテレビで顔を見るようになったために知った事実だった。
生憎人の名前や顔を覚えるのが苦手な私は超大物以外を除いて、俳優やら芸能人やらにはとんと疎い。それでも同級生の名前と顔くらいは覚えていたので、初めて画面を見たときはびっくらこいた。両親にこいつクラスメイト!と画面に指をさして叫んでしまったのが今や懐かしい。何より彼はクラスで浮いている方の人種で、必要最低限以外の関わりを完全にシャットアウトしている。隣の席になったから話すなんてこともなく(寧ろ私は常に正反対の位置である)、そんな一匹狼の和泉一織を観察する日々が続いていた。私は興味を持てばそこそこやりこむタイプで、芸能人が同級生というのも中々面白いし、滅多にあることではないだろう。ただ、こんなに無愛想な和泉一織がテレビ画面の向こうで笑顔で観客に手を振っているのを見ると、誰だよお前、と顔が真顔になった。営業スマイルって恐ろしいっすね。
そんな仮面少年和泉一織だが、この度無事風邪をお引きになられたらしい。
担任が「誰か明日提出の書類持って行ってやれ」と言ったのを皮切りに、はいはい!と手を挙げる男子女子諸君。え?こういうのって普通女子だけなのでは?意外に男子人気もあったことに驚いた。
「じゃんけんもめんどいし、名字ー」
げ。どうでもいい、あるいは面倒くさいと手を上げない側の人間だった私だったが、南無三、自分が仕事ほぼゼロの保健委員である事を失念していた。
ファイルにまとめられたプリント類が私の机まで回ってきた。帰りに本屋に寄って行こうと思っていただけに大誤算である。
「先生、芸能人の家に女が行くのは良くないと思います」と私が悪あがきをすると、それなら同じ寮の四葉環に渡しておけと言われた。誰だよ、と思ったが、周囲の反応からしてどうやら和泉一織と同じグループに所属しているアイドルのようだ。それなら顔を見ればわかるかな、と放課後になって私は友人から聞いたクラスの前で四葉環とやらを待っていた。
ちなみに羨ましい、と私に言った友人は彼氏持ちで放課後デートの予定があるそうだ。ちくしょう、世の中不公平だ。これを届けたところでアイドル和泉一織とカレカノになれるわけでもない。かー、ぺっ!
「っと、そこの君!」
「……?あ?誰?」
私はすたすたと去って行く後ろ姿に慌てて声をかけた。やさぐれていて危うく見逃すところだった。確かテレビで見た、水色がかった髪色の男子が鞄を指に引っ掛けて教室から出てきたところを呼び止める。あからさまに面倒臭そうな表情で私にガンを飛ばしてくる彼が四葉環、とやらだろう。
「私風邪で休んだ和泉君と同じクラスの名字名前なんだけど、今日急ぎの書類がいくつか配られたから、君から和泉君に渡しておいてくれないかな」
「なんでオレ?」
「や、だって同じ寮なんでしょ」
「あー……、そっか。そういや、いおりんにたのまれてたかも」
よろしく、と彼の開いている鞄の隙間からファイルをねじ込む。あまりに中身がスカスカすぎて引っかかることはなかった。見るからに置き勉してそうだもんね君。
しかし、アイドルをしているだけはあり四葉環もかなりのイケメンである。基本面食いの私としては花マルをあげたい。ちなみに私の好みはTRIGGERの十龍之介のように大人なタイプ。彼だけはユニット名も名前も覚えていた。
「あー、なんだっけ、あ、あい、あい……」
「アイドリッシュセブン?」
「そうそうそれそれ。和泉君も君も同じユニットで今度ブラホワ出るんだよね?応援してるから頑張って」
「ユニット名もわかってねーのに、頑張れって、意味わかんねーし」
「顔は覚えてるからギリセーフだろ」
「何それ、ウケる」
和泉一織と四葉環はあいどりっしゅせぶん。覚えていられるかは別として、今はユニット名とメンバーを2人把握したのだから、立派なファンだと思ってもらって構わない。え?あいどりっしゅせぶんは7人グループだって?細けえこたぁいいんだよ! とにかく仕事を終えた私は、四葉環に別れを告げるべく踵を返した。既にこの男にはもう用はないし、私は私でおひとりさまコースとはいえ放課後の予定があるのだ。だいたい、アイドルをしている彼らは当然のように彼女はいないだろう。つまり、私とアイドルである彼らの恋愛指数はほぼ同程度と言っていいのでは……?閃いた、これでしばらくは生きて行けそうだ。ありがとうアイドル!歌じゃなくても人に希望は届けられるんだ!
軽やかな足取りで帰宅した私は、そのあと無事に彼らのユニット名を忘れた。
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