「ぶえっくしゅん!!!」
「大丈夫ですか……?これ、あったかいお茶買ってきたので、飲んでください」
「あ、どう、むおおおおお!?!?」
「牛かよ」
「ねえ龍、この人は誰?」
「えーっと……どなたでしたっけ?」
「名字名前です……しがない作曲家です……あとファンです……どうも……」
急展開すぎてちょっとついていけないがつまり簡単に言うと私inTRIGGERのワゴン車。水中から十さんに引き上げていただいた(謙譲語)のち、タオルやらお茶やら渡してもらって至れりつくせりというかタオルめっちゃいい匂いするわくんかくんか…………ファンなら当たり前だよなぁ!?
……ごほん、取り乱した。一旦深呼吸しよう。鼻から息を吸うとまた匂いが入ってくるので鼻をつまんで口で息をすることにした。そうしている間も十さんは心配そうに私の顔を覗き込みながら背中をさすっていてください。現実は、TRIGGERの三人は集まって何やら話し合っている様子だった。全員テレビ越しやコンサートで見る姿とは少し印象が異なる気がしたが、まあ、アイドルも人間だしな。それに、そこにある歌の価値に変わりはない。
巷では印象操作が云々とか事務所の問題でTRIGGERは問題を抱えている、らしい。私にとって曲以上の個人的な執着はあまりなく、まして芸能界なんてものには縁のない生活をしているのでほー、で終わっていた。それより言いたかったのは、「え?じゃあライブは?新曲は?」だった。
しかしこうしてあのTRIGGERにしては質素なワゴン車を見ていると、噂は本当であったのだと思う。キラキラと輝く衣装を身に纏いステージで素晴らしい歌の数々を披露してくれた彼らは、今や地に伏していると言ってもいい。
あかん、未来がないとか言って盛り上がってたけど十さん達の方がヤバいじゃん……あかん……。い、いや。私だって明日の飯も危ういんだぞ。人の心配してる場合じゃねえ!
「お待たせしました」
「あ、はい」
リーダーである九条君が話し合いを終えたのかにこやかに近づいてきた。こ、こいつう……、私を最初見た時「うわ……」って言う視線だったのがファンと言った瞬間別人レベルである。私が普段見ている「いつもの九条君」だ。これがプロ意識、素晴らしい。
「女性一人の夜道は危ないですから、今日はこのまま自宅までお送りします。もしくは、迎えに来られる方がいれば連絡しますが」
「どうも……それが一人暮らしなので……」
「なら、このままで」
「あ、いや申し訳ないし」
「気にしないでください」
あーれー、と流されるがままに自宅のアパートの前までワゴン車が。うちの……うちの家賃滞納してるアパートの前にTRIGGERのワゴン車がある……これは夢かはたまた幻覚か。運転手はマネージャーさんらしくなんか色々と濃いオカ……女性が、「もう!なんでこんな深夜に……」とぷりぷり怒ってらっしゃった。あーすみましぇえん。
十さんは別れ際、「もう、あんなことしないでくださいよ。肝が冷えました……」と心底ぐったりしてます、といった落ち込みようであった。引き上げる際、十さん自身もかなり濡れそぼっている。エロエロビーストの本領発揮するのやめようか。両手で目を塞ぎながら「はい、さようなら。皆さん、新しい曲、期待してますから」と言った。
「TRIGGERの声、本当に好きなんで。私、なんていうか、いつか、貴方達に相応しい曲を作りたくて」
「…………ありがとな」
「何、貴女作曲家なの?」
「はい」
「ふーん……どこ所属?」
「フリーに近いです」
「でしょうね。聞いたことないもの」
「おいやめろ、それ以上ハッキリ言うな!私だって人間だもの!傷つくぞ!」
「あら事実を言って何が悪いのかしらあ」
おほほほほ、と口元に手を当てるマネージャーさん。お?やるかおらあん。しかしびっと手のひらをマネージャーさんから差し出されて首をかしげる。「はい?」ここまでの運賃請求かな?な、何も出せねえよ……と震えていると「違うわよ!名刺!それくらいあんでしょ!」といわれ、あ、ああ、あああ?と混乱しながら服の内ポケットから名刺入れを取り出す。グジョグジョで使い物にならない名刺のうち一枚、かろうじて文字が読めるそれをマネージャーさんに渡すとふん!と鼻を鳴らされた。
「何に使うんすかそんなもん」
「さあね。使うかもわかんないわ」
「はあ……?」
「姉鷺さん、そろそろ彼女も体冷やしますから……」
「そうね」
「じゃあなあばよ!」とばかりにさっさと去っていくワゴン車を見送りながら、私は呆然と夜の街に立ち尽くす。TRIGGERのイニシャルが刻まれたタオルを手に、「あひゅん……」という奇声が口から溢れた。
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