「お待たせしました」


そう言って、トレーをサンジの目の前に置く。


「おお!綺麗だなァ〜
色合いも盛り付けもおれ好みだ。」


サンジの表情を見て、一気に安心した。
初めて作る料理を人に出す時は
やっぱり少し、緊張する。


「この3つの候補からどれか一つにしようと思って」

「一つかァ、全部出してもよさそうだけどなァ〜」


その言葉が嬉しくて私は笑った。


「まず、食べてみて」

「そうだな。いただきます」


サンジは丁寧に手を合わせて、カトラリーを手にした。

まずは、マチェドニアから。


「このフルーツ、新鮮だな。
瑞々しさと香りがすげェ。
リキュールは…ラムとキュラソーかな?
無花果がベースで色味も落ち着いていて
こりゃァ大人のドルチェだ。」


それから、カッサータ。


「おぉ…クリーミーだが酸味がきいてて
思った以上にさっぱりしてうめェ。
アプリコットもチーズも柔らけェから
このゴロゴロ入ったナッツの食感が絶妙だな」


うんうん、と言いながら味わう姿が
可愛くて、嬉しかった。


私は横に立って見ていたけど
サンジが向かいに座ってよ、と言うので
お言葉に甘えて座る事にした。
目の前で好きな人が、自分の作った料理をおいしい
と言いながら食べているのを眺めるなんて
こんな幸せな事はないな、と思った。


最後に、ジャスミンとスイカのゼリー。

見た目は真っ赤なゼリーで、
ジャスミンが入ってる事はわからない。


「これは…ジャスミンかな」


口に入れた瞬間、香りの正体を当てられて
自分でも少し、高揚したのがわかった。


「正解!」

「いい香りだな…どうやって入れたんだ?」

「ジャスミンウォーターだよ。
知り合いの商店で作られてるんだ。」

「へェ!さり気ない香りでいいな。
シナモンの香りと相まってエキゾチックな味わいだ」

「チョコチップ乗せたりしても
合うかな〜とは思ったんだ」

「確かに。また雰囲気変わりそうだな」


そう言って、紅茶を一口飲んで
背もたれに体重を乗せて、サンジは真剣な顔をした。


「どうだった?」

「う〜ん…こりゃァ難題だなァ…」

「ふふっ、今日決めてしまわなくて全然いいんだよ。
まずは味を見てほしかったし。
お店に出せるかどうかだけでも…」

「そりゃァもう全部最高だよ。
正直にここを変えればとか言えりゃよかったんだが、
どれも完璧さ」


そう言って、お手上げと言ったように
両手を上げて肩をすくめるサンジ。
お世辞でも、嬉しかった。


「よかった。ありがとう」

「いや、ホント。ウチのクルーにも食わせてェよ。
俺ばっかり独り占めして…最高だな」


食べさせてやりたいと言っておきながら
最後は優越感に浸ったような顔をするサンジが
なんだかおかしくて笑った。


「個人的にこれが好き、とかある?
お店に出すかは別として」

「そうだなァ…」


サンジは3つのドルチェをじっくりと見つめる。
そして紅茶をまたひとくち飲んだ。


「おれはこれ、好きだな。」
 

そう言って、ジャスミンとスイカのゼリーを指した。


「へえ!理由、聞いてもいい?」

「なんか……NAMEちゃん、て感じがした」

「へ?」


あまりに予想外の理由に
うっかり気の抜けた声を出してしまった。
サンジはそれを全く気にする様子もなく
じっと私を見つめる。


「昨日、ジャスミンの花の話してただろう?
その話を聞いた時、なんだかNAMEちゃんに
ぴったりの花だなって思ったんだ」


サンジはゆっくりと話す。
サンジの話し方と声は、不思議なくらい
じんわりと脳に染み入るような力がある。


「本当は、今日ジャスミンの花束を
プレゼントしたかったんだけど見つけられなくて。
そしたら、ここにあった」


サンジは赤いゼリーの乗った皿を指差し、
それからテーブルの上に乗せていた私の手に触れた。
小さな店の小さなテーブルでは
向かい合わせに座っていても触れるのは簡単だった。


「それに、シナモンの香りって、
官能的だと思わない?
この硬めのゼリーの舌触りと、
濃い赤の色と、芳香性が色っぽくて、
NAMEちゃんの顔が浮かんだよ」


「色っ…!?
そ、そんなこと、はじめて言われたけど…」


声のトーンと、表現の仕方がなんだか恥ずかしくて
素直にありがとうと返せなかった。
本当に、こんな私のどこが色っぽいのか
そこは全く理解できなかった。


「そうなの?
じゃあ…おれの前にいるときだけ、
そう見せてくれてたのかな」


サンジは少し照れたように嬉しそうに笑った。
全く他意の無い、純粋な笑いに見えた。
サンジの言葉ひとつひとつが魔法のように
私の頭をくらくらさせていた。


「そう…かな?」

「そうだとおれは嬉しいけど」

「それが…このドルチェが1番な理由…?」

「うん。どれも同じくらい美味しいから。
あァでも、NAMEちゃんの味がするドルチェなんて
他のヤツには食わせたくねェなァ」

「私の味って…」


なんとも言えない表現に私はつい笑ってしまった。
笑っている私の顔をサンジは頬杖をついて見ている。
そして、ゼリーを小さなスプーンで掬って
私の口元へ持ってくる。


「食べてみて?」


一瞬、戸惑ったけど
私はそっと口を開けて、ゆっくりと顔を動かす。
それに合わせて、サンジもゆっくりとスプーンを
動かして、優しく私の口の中へゼリーを落とす。


口の中に、ジャスミンの香りと
シナモンの香りがぶわっと広がって鼻を抜ける。
それから舌の上に、スイカのさっぱりとした甘味。
これは砂糖ではなくスイカそのものの
香りを纏った甘味。
甘ったるすぎず爽やかで
我ながら上出来だ、と思った。


「美味しい」


そう言うと、サンジは柔らかく微笑んだ。


「でも私って…こんなに美味しくないよ」

「へえ…確かめてもいい?」


サンジは、笑っているけど
その目は真っ直ぐと私を捉えていて
冗談ではないことが、わかった。


「…どうやって?」


これを聞いたのは、些細な抵抗だった。
サンジに完全に翻弄されているのが
悔しかったわけではないけど
負けず嫌いの本能が多分少しだけ、疼いた。

サンジは何故か嬉しそうに笑った。


「意地悪だな」


そう言って、サンジは食器の乗ったトレーを脇に寄せて
少し前のめりになり腕ごと伸ばし、
テーブル越しに私のえりあしに手を回した。
サンジがぐっと体重をかけて、
古いテーブルが少し軋む音がした。


ゆっくりと近づいてくる
サラサラの金髪が、隙間から差し込む
オレンジの光で反射して、
キラキラと綺麗で見惚れていたら
サンジの唇が私の唇に重なった。
私の目の前には金色が広がって揺れていたけれど
一瞬だけ離れてまた重なった唇から
今度は生暖かいものが口の中に入ってきて
反射的に目を閉じた。


唇が離れた後、ゆっくりと目を開けた。
すぐ目の前にはまだサンジの顔があって
見るからに熱を持った目で私を見ていた。
でも多分、私も似たような目をしていたと思う。


「…どうだった?」


しばらく見つめあった後、私からサンジに尋ねた。

サンジは、一瞬間を開けて、
何の感想を聞かれたのか、一瞬わからなかったようだった。
ああ、と思い出したような顔をした。


「やっぱりおれの味覚は正しかったよ」


そう言って、さっきまで纏っていた
色のある空気を少しだけ薄めて
自慢げに笑うサンジは、可愛かった。


「それは…よかった」


私の返事を聞いて、サンジはまた笑った。


「そっち、行ってもいい?」

「…うん」


そう言うと、サンジは椅子を引いて立ち上がり
私の横に移動して、
二つ並んでいるもう一つの椅子を引いて座った。

幅90センチほどしかないこのテーブルでは
隣に座ると、それだけで密着する。
さっきの向かい合わせでもドキドキしていたのに
この距離じゃ、心臓の音や振動が
直接伝わってしまいそうで
意味が無いのはわかっていても
少しだけでもそれを隠そうと
音のしないよう静かに呼吸をした。


「…昨日、サンジが言ったでしょ。
私が、さみしそうに見えたって」


私はテーブルの上に置いた
自分の手を見つめながら口を開いた。


「あァ…、綺麗だったとも言ったけど」

「そ、それはいいから」


サンジが隣で笑う声が聞こえた。


「それでね。私、ちょっと考えてたんだ。
さみしいなんて思ったことなかったから
びっくりしたけど、違うとも言い切れなかった」


「うん」


サンジの声は優しくて心地よかった。
隣で私を見つめている視線を感じていたけど
その視線も、柔らかいものに感じた。


「私、わかると思うけど…すっごい普通なの。
なんでもない、平凡な、先が見える毎日。
でも、不満があるわけじゃないよ?」


私がひとりで話続けるのを
サンジは静かに聞いていた。
その間もずっと、
私はサンジの顔を見ることはできずにいた。


「でも時々…部屋からちょっとだけ、海が見えるんだけど
その海を眺めるのが好きなんだ。
どこか、知らない場所に繋がってるような気がして。
もしかしたら憧れてたのかも。
今の自分と違う自分になることに」


サンジの手が、そっと私の手に触れた。
私は思わず、サンジの方を見た。
すぐ近くで見るサンジの瞳は
部屋から眺める海のように、
どこまでも続いてるかのような深みがあって
とても綺麗だった。


「まず、第一に…おれからしたら、
NAMEちゃんはすげェかっこいい女性だ。
自分の夢を叶えて、そして自分の足で立って生きてる。
これは、誰にでもできることじゃねェ」


サンジは優しく、でも力強く言った。
心がふわっと、温かくなるのを感じた。


「それは…みんなが協力してくれたから。
周りの人のおかげだよ。私、周りに恵まれてるから」

「第二に、そういうとこだな」


サンジは、長くて綺麗な人差し指を
スッと立てて、私の鼻先に優しく触れた。


「周りに感謝してるとこ。
そうやって、みんなが助けてくれるっていうことは
NAMEちゃんがそれだけ素敵な人だってことだ」


不思議なくらい、その言葉が自然に心に染み渡った。
なんだか、心が溶けていくような感覚で
その感覚をもって初めて、自分の心に
固まっている部分があったと気付いてしまうくらいに
私は自分の心に鈍感になっていたみたいだ。


「…ありがとう」


そんな月並みの言葉でしか
感謝の気持ちを伝えられないことを
とてももどかしく感じた。
それくらい、嬉しくて、温かくて
胸がぎゅっと締め付けられるようだった。


「思ったことを言っただけさ」


サンジはそう言って、私の方を向いて座り
私の椅子の背もたれに片腕を回した。
もう片方の腕で私の髪をゆっくりと梳く。


サンジが髪を梳いて、頭を撫でる動きがあまりに自然で
すっかりリラックスしてしまった私は
動くたびに揺れるサンジの髪の毛に見惚れていた。


「…サンジの髪の毛、綺麗だよね。」

「そうかな?潮風にいつも当たってるから
結構パサついてるよ」


そう言われたから、そっとサンジの髪の毛を触ってみる。
見た目よりも確かに乾燥していた。


「な?」

「ふふっ、ほんとだ。」


なんだかおかしくなって笑っていると
サンジがはぁ、と息を吐き出したのがわかった。
怒ったかな?そう思ってサンジの顔を見ると
サンジは少し困ったような顔をしていた。


どうしたのか、そう尋ねようとすると
その前にサンジが口を開いた。


「参ったな」


何に参ったのか、
何か困らせてしまったのか、と
さっきまで眠ってたかのように呆けていた
頭を必死に動かそうとしていると
また、サンジに唇を重ねられた。
今度はさっきよりも少し、
切羽詰まったようなキスだった。


薄いカーテンの隙間から差し込むオレンジの光と
サンジとの間に漂う、甘い空気に酔って
頭がどうにかなりそうだった。

しばらく見つめあった後
サンジは照れたように笑った。


「後片付け、手伝うよ」


「ありがとう」


そう言って、一緒にキッチンへ入った。


サンジは、いつも通りに見える。
私はこんなにドキドキしてるのに。
サンジは私の事をどう思ってるんだろう。
サンジの事をもっと知りたい。
こんな気持ちになったのは、はじめてだった。






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