私は今日、生まれてはじめて仕事をさぼった。
営業時間が短い私の店は、
年末年始以外に休むことはない。
休みたいと思った事もない。
朝起きて、横を向いたらサンジがいた。
仕事、どうしようと思っていたら
サンジがブランケットごと私を抱きしめて
今日はずっと一緒にいたい、と言った。
明日が、出航の日だと聞いていた。
私は朝、サンジが持っていた
子電伝虫を借りて店に連絡した。
普段鳴る事のない電伝虫に出てくれるか心配だったけど
しっかり者の彼女は少し不安そうに通信を受け
私の声を聞くと安心したように笑った。
要件を伝えると、張り紙して閉めておきますね、と
快く対応してくれた。
「NAMEさん、今まで何があっても
休まなかったから少し心配してました。
ゆっくり休んでくださいね!」
経営者失格のこんな私に
明るく告げられた優しい言葉に
自分がいる、この場所のあたたかさを実感した。
「…いい子なんだね」
「うん。すっごく。
サンジが最初にナンパした子だよ。
サンジの事多分まだヤバいやつだと思ってる」
そう告げるとサンジは絵に描いたような
ショックを受けた顔をしていて
レディに嫌われた、などと呟いている。
その姿が面白くて私は笑った。
「NAMEちゃんが笑ってくれたからいいや…」
全然よくなさそうなしょんぼりした顔をしながら
サンジは私をぎゅっと抱きしめた。
外はもうすっかり明るくて
気温も少しずつ上がってきてるはずなのに
直接触れる肌の温もりが妙に心地よかった。
「…コーヒー、淹れようか」
「そうだな、じゃあおれ…朝メシ作っていい?」
「ほんと?やったあ!」
ベッドから出て服を着ようとすると
えぇ、着ちゃうの?と
サンジが驚くほど悲しそうな顔をしていたので
ぺしっと肩を軽く叩いて、
さっさと服を着てキッチンへ向かった。
キッチンへ向かうついでに小さな窓を開ける。
今日も相変わらず天気が良くて
ぬるい風が部屋に流れ込む。
タンクトップ一枚の私でも
少し動いたら汗ばみそうだった。
部屋に広がるコーヒーの匂いと
ベーコンと卵の焼けるじゅうじゅうという音
キッチンに2人で立って朝食の準備をする
あまりにも幸せすぎる時間。
もともとそこにあって
これからもずっと続くように
ぴったりとはまり合っているような時間だった。
キッチンに立ってる間も
サンジは何度もキスをしてきた。
朝食が出来上がって、
テーブルに向かい合わせに座った。
私の部屋に誰かがいることも
誰かと一緒にここで食事をする事も
そもそもこんな時間に家にいる事さえも
すべてがイレギュラーだった。
2人で食べる朝食はとても美味しかった。
食後はサンジが淹れてくれた紅茶を飲みながら
今度はソファに移動した。
ふわふわと柔らかく漂ってくる風と
遠くから聞こえはじめた蝉の声。
「…幸せだな」
「うん」
「…NAMEちゃんと一緒にいたら
どこにいたって幸せなんだろうな」
私は、何も言い返せなかった。
「NAMEちゃん。
ずっと一緒にいたいよ」
私は目を瞑って、願った。
それ以上言わないで、と。
「NAMEちゃん、おれと…」
「サンジ」
私はサンジの手を握って
サンジの言葉を静止した。
「だめだよ。それ以上はだめ。
私は、この島から出られない。」
「わかってる。でも…」
「サンジの夢と、私の夢は
一緒にいたら叶えられない。
私はサンジの邪魔をしたく無いし
サンジが夢を叶える事が、
私の夢になっちゃったんだよ」
私は、ただの人間で
いくらサンジや、サンジの船長さんが強くても
どう頑張ったって私が邪魔になることはわかってる。
思いだけじゃ超えられない壁もある。
これからサンジが向かう海は、そういう海だ。
でもそんなサンジだから私は恋をしたし
きっとこんな私だから、
サンジも恋をしてくれたんだと思う。
そう伝えるとサンジは、それ以上何も言わなかった。
何も言わずに私を抱きしめたサンジは、震えていた。
鼻をすする音が聞こえて
サンジが泣いてるんだとわかった。
私も涙が出てきた。
サンジは自分も泣いてたくせに
私が涙を流した瞬間目敏く察知して
身体を離して、私の涙を指で拭って、
心配そうな顔をした。
心配そうに私を見つめるサンジの
目も鼻も真っ赤で、
私はなんだかおかしくなって笑ってしまった。
「サンジのがうつったんだよ」
と言ったら
「面目ねェ」
と本当に申し訳なさそうな顔をするから
私はまた笑ってしまった。
私はサンジの頭を撫でる。
サンジの後頭部は丸くて、とても綺麗な形をしていた。
その頭の形さえも、絶対に忘れないように
何度も何度も確かめるように、ゆっくりと撫でた。
「サンジの事ずっと覚えてたいから
色んなサンジ、見せて」
そう言うとサンジは少し驚いた顔をして
くるくるの眉毛を少し下げた
「NAMEちゃんには敵わねェな」
そう言って私に覆い被さる瞬間に見えたサンジから
さっきまでの少し情けなくて可愛い面影は消えていた。
艶を帯びて、欲に燃えて熱を持つ目は
紛れもなく男の人で、
私の心臓は途方もなく脈打った。
外は少しずつ太陽も傾いてまだまだ明るいけれど
先ほどまで薄いカーテンの隙間からでも
強く差し込んでいた夏の日差しも、幾分か弱まった。
サンジの意外にもしっかりと筋肉のついた体には
逆光で影になってもわかるほど
小さな傷がたくさんついていた。
私はその傷をひとつでも見逃すまいと
ゆっくりと指でなぞる。
そのたびにくすぐったいとサンジは身を捩ったけれど
私の頭を優しく撫でて、
結局は、私のされるがままになっていた。
ぐぅ…
まったりとした空気を壊したのは
なんとも情けない、腹の虫の音だった。
どんな時でも、お腹は減る。
とはいえ、お腹が鳴る側としては
恥ずかしいのもまた事実だった。
「何か作ろっか」
サンジは嬉しそうに笑った。
「うん」
サンジのシャツは、汗をかいたので
今は洗って干している。
私の服は当然入るわけがないのでサンジは仕方なく
上は着ずに下着一枚でキッチンへ向かった。
油がはねて火傷するといけないと思い
私のエプロンを貸すと
意図せず裸エプロンの状態になってしまい
私はお腹を抱えて笑った。
サンジはNAMEちゃんが笑ってくれるなら
なんでもいいやと言っていた。
サンジの好物が食べたいという私のリクエストに答えて
辛口の海鮮パスタを作ってくれた。
シンプルなパスタは、奥が深い。
パスタの茹で方からソースの作り方まで
サンジの料理をする一挙一動がまるで魔法みたいだった。
私はサンジの隣で、
店から少し持ち帰ったフルーツでグラニータを作った。
隣を見るたびに、真剣な顔で料理をしてるけど
裸にエプロンをつけている姿がおかしくて
やっぱり何度も笑ってしまった。
「いただきます」
出来上がったパスタを、じっくりと味わう。
パスタの歯応えも、舌を刺激する辛みも
鼻を抜ける海鮮とにんにくの香りも。
サンジも同じように、
私の作ったグラニータをじっくりと
舌の上で転がして味わっているようだった。
「…明日」
「…うん。」
「朝早く、出航する予定なんだ。
ログが溜まるのに、6日かかったから」
「そっか。
…いつごろ、出るの?」
「出来るだけ新鮮な食材を積んでいくつもりだから
明日朝イチで、市場に行くつもりだ。
…夜明けの頃には、この部屋を出ようと思う」
「…わかった」
私は、それ以上何も言う言葉が浮かばなくて
誤魔化すように、アイスティーを一気に飲んだ。
私達はその後も、いろんなことを語り合って
唇を重ねて、そして愛し合った。
私達が揺れるたびに、枕元に生けてある
サンジがくれた花々の匂いが弾ける。
花の香りはどれも甘くて官能的で濃密だった。
首を反らせると、花瓶からこちらに伸びる花弁が見えた。
最初にもらったゼラニウムが
少し開けた窓から入る風に揺れている。
手を伸ばして葉を擦ると、
バラによく似た甘い香りが広がる。
「いい匂いだね」
隣からサンジの声が聞こえて、顔を戻した。
葉に触れた指を、サンジの鼻にくっつけると
サンジは笑った。
そのままサンジに口付けを落とす直前に
一瞬だけゼラニウムの花に目をやると
少し枯れかけた花弁が、枕元にはらりと落ちた。
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