「風に乗るぞ!!振り落とされんなァ〜!!!」


吹きつける風に顔を向けて
必死で薄目を開けて、自分の位置を確認する。
まるで鋭い刃物を当てられているかのように肌が痛む。

偉大なる航路をひたすら突き進む
このサウザンドサニー号は現在絶賛大時化遭遇中だ。

船体と波がぶつかるたびに大きく揺れて
水びたしになる。
揺れで足元がおぼつかない上に
床が滑って歩きにくい。

本当にこのままじゃ振り落とされてしまう、
そう思って私は必死に掴まるところを探した。


びゅうびゅうと轟音が耳を覆う。
目を閉じても音が消えるわけじゃないのに、
私は反射的にぎゅっと目を瞑った。


「んナミすわぁん!!さァ!!俺の胸に!!」


目を瞑ったことで神経が研ぎ澄まされて
しまったからなのかはわからないけれど
私の耳に狙いを定めたかのように
しっかりと、甘ったるい声が届いた。


見なくてもどういう状況になっているかは
手を取るようにわかる。
それでも目を開けて、
ほぼ無意識に声のする方に視線を動かすと
案の定、デレデレと情けなく緩み切った顔で
呑気に両手を広げるサンジを、
ナミが思いっきり無視して
違う方向へと走っていくところだった。


数え切れないほど繰り返されてきた
このようなやりとりに、
わざとらしく悲しそうな顔をしてみせたかと思うと
次の瞬間にはロビンに向けて
同じような表情と言葉を投げかけていた。
もちろん、ロビンの対応はナミとほぼ同じものだった。
そこにもう少し辛辣な言葉がプラスされていたけれど。


こんなのはどうって事ない、
毎日繰り返されている事なのに
なぜだか今日はやけに腹が立った。
この大時化のせいなのか、
それとも別の何かなのか、それはわからないけれど。


それから、キョロキョロと視線を動かしたのちに
私と目が合ったサンジは、
先ほど2人に見せていたものと全く同じ、
この前上陸した島で食べたスイーツの
柔らかすぎるクリームみたいに
だらしなく溶けて、甘ったるい、
そんな顔でこちらに向かって近づいてきて、
それから、両手を広げて言った。


「NAMEちゅわァ〜ん!!!大丈夫!?
おれの胸に飛び込んでおいで〜ッ!!!」


普段であればナミやロビンと同じく
無視をするか適当な返事をしてその場をやり過ごす。


でも今日は、理由はわからないけれど
足が勝手にサンジの方へと向いた。


依然激しく揺れ続ける船体に
足を踏ん張りながらサンジの目の前へと立った私は
そのままサンジの胸へと思いっきり飛び込んだ。


「…えっ…え!?」


断られる・無視される以外の対応を
受けた事がなかったサンジは
おそらく今回もそうなると
心から信じ切っていたのだろう。

私の頭上からは、
サンジの素っ頓狂な声が聞こえ続けていた。

その様子があまりに可愛くて気を良くした私は
そのままサンジの背中に回した手に
さらに力を込めてぎゅっと抱きついた。


サンジの体が硬直したのが肌から伝わった。
それから、ぎぎぎ、と錆びたドアを動かすかの如く
ぎこちない動きの振動が伝わって
そっと私の背中にサンジの腕が触れた。


その瞬間、電流が流れたかのように身体中に
鋭いけれど柔らかい何かが走って、
心臓がばかみたいに脈を打った。


それからすぐに
サンジの腕に思いっきり力が込められて
私の体はさらにサンジに密着した。

雨や降りかかった波によって
お互いの服も体も濡れていて
本当は気持ちが悪いはずなのに
その湿度も温度も、妙に心地よかった。
サンジの匂いは雨のせいなのか潮のせいなのか
はたまた他の何かのせいなのか
すぐ近くに近づいた時にふわりと香る
いつものサンジの匂いとは違っていて
体温が少し上がった気がした。


サンジの体温が
こんなに気持ちが良いなんて知らなかった。
サンジと毎日同じ屋根の下で暮らしているというのに
それでもまだ知らないサンジがあるのだと
当たり前の現実を突きつけられて胸が高鳴った。


「、NAME…ちゃん、あの…」


絞り出すように出された声に
顔を上げようとした瞬間、
拡声器でも通しているのかというほどに
どこまでも通る真っ直ぐな声が聞こえた。


「でっけェの来るぞ〜!!!!!!」


こんなピンチだというのに
相変わらず楽しそうな船長の声が響いた刹那、
サニー号がひときわ大きく跳ねた。


海が絞り出した大きな音と
私たちの雄叫びと悲鳴が同時に発生して
私をさらに強く抱きしめるサンジごと飛び上がった。


「クソッ」


頭のすぐ上でサンジの低い声がしたのと同時に
体が強く打ち付けられた。
と言っても、私にやってきた衝撃のほとんどは
サンジが受け止めてくれたから
私は痛みも何もなく、
サンジの体越しに伝わった振動だけだったけれど。


気づいたらあたりはしんとしていて
さっきまで荒れ狂っていた海もすっかり凪いで
手のひらを返したかのように
太陽の光が燦々と降り注いでいた。
甲板に横たわったままの状態で、
少しの間呆然としていたように思う。


「NAMEちゃん、大丈夫!?」


サンジの声で我に返って頭上へと顔を上げると
サンジが心配そうにこちらを見下ろしていた。


「わ、私は全然大丈夫…サンジのおかげで…
っていうか、サンジこそ大丈夫?
衝撃すごかったんじゃ…?!」


自分で話している途中で
明らかにサンジの方が
心配すべき状況であることに気づいて、
私はがばりと身を起こした。
私が起き上がったことで
まだ横になったままのサンジの腕が優しく解かれて
久方ぶりに私とサンジの体に距離ができた。


「いや?全然。どうってことないよ。
NAMEちゃんは本当に怪我はない?
痛いところは?」


本当に平気そうに、
そして心から心配しているような様子で
サンジは体を起こして、
私の顔を覗き込んできた。
サンジの体が丈夫すぎるくらい丈夫なのは
知ってはいるけど
流石に痛いとこくらい絶対にあるだろ
というほどの衝撃だった。

笑っている場合ではないはずなのに
なぜか笑いが込み上げてきた。
だって、どう考えたって私よりサンジの方が痛いし
怪我しててもおかしくない状況なのに。
自分のことなんて1ミリも考えてない様が、
あまりにもサンジらしすぎる。


突然笑い出した私を
丸く目を見開いて見つめるサンジの顔を見て
私はさらに笑いが止まらなくなってしまった。


「ごめん、ごめん。なんでもないの。
ただあまりにも…」


「ちょっとー!!!こっち手伝って!!」


ナミの声に遮られたその言葉の続きを
伝えようかどうしようか考えて、言うのをやめた。
「あまりにも可愛くて」なんて
今言う言葉じゃないような気がしたから。
私の意図が全く掴めずに混乱しているであろうサンジは
ぽかんと少し情けない顔で私の顔をまだ見つめ続けていた。


「サンジ、守ってくれてありがとう。
ナミの手伝いしてくるね。サンジは休んでて」


そう言って私は立ち上がって、
まだ呆然としているサンジをそこに残したまま
ナミの元へと走った。


「ごめん!お待たせ!ナミも大丈夫だった?」

「なんとかね。…っていうか」


呆れた顔で腕を組んで、ナミはにやりと笑顔を見せた。

このままではさっきの海域に
また流されてしまうからというナミの指示で
船の進路を変更すべく
私より先に駆けつけたウソップ達が奮闘している横で
ナミは私の腕を掴み、さらに顔を近づけて笑みを深めた。


「見てたわよ〜サンジくんと。
あんたたちいつの間にそういう事になってたわけ?」


「いや…そういう事も何もないよ。
ただ魔が差しただけっていうか」


「何よそれ。
…それにしてもサンジくん…ププ
すっごい顔してたわよ」


「え?すごいって…」


私たちの会話に、進路の変更が完了したのか
ウソップも仲間入りしてきた。


「目ェ血走ってたぞ、アイツ」


「顔もガッチガチで、なんなら震えてたわよね」


ウソップも見てたのか、
と頭をよぎった考えは一瞬でどこかへいった。

緊張で目を血走らせて、固まりきった顔をして
震える腕で私を抱きしめたサンジの姿を想像した途端、
心臓と胃のあたりがぎゅっと締め付けられた。

さっき、自分の状態は顧みずに心底私の心配をしていた
いじらしくて可愛い姿と相まって
愛おしさが溢れ出してきた。


「…どうしよう」


「何がよ」


私が目を見開きながらナミに一歩近づき詰め寄ると
ナミは顔を顰めて少し後ずさって尋ねた。


「私、…なんか、目覚めちゃったみたい…」


顔の圧はそのままで、
でもぽつりとこぼすようにつぶやいた私の言葉に
ナミの眉間の皺が深くなった。


「…一応聞くけど、、何に?」


「サンジって可愛すぎる。
もっと、可愛いサンジが見たくなっちゃった」


私の言葉に、あからさまに引いたような顔をして
「勘弁してよ」というナミの後ろで
ウソップが大きくため息をついた。


「…あんまりいじめてやるなよな」


ウソップの呆れたような、憐れむような声が
虚しく響いて空へと消えていった。

それからというもの、
私の頭は可愛いサンジを見たいという思いでいっぱいだった。
とはいえ、何もないのに
突然抱きついたりするほどの勇気はなくて。
何かきっかけはないものかと狙うように
サンジを監視する時間が多くなった。


そうやって意識してサンジを見ているうちに
サンジが本当にずっと働き続けていることに気がついた。

なんなら本当にずっと、動き続けている。
サンジがぼーっとしたり
ダラダラしたりしている瞬間なんてなかった。


私たちの食事の準備やキッチン関係のことをすべてこなし
それ以外の時間はナミやロビンの下僕…
もとい、要望を叶える事に奮闘していた。
そんな忙しい最中でも、
律儀に私にも何かやることはないかと聞いてくる。


本当にまめで、律儀で、甲斐甲斐しくて
サンジをずっと観察していくうちにあの時みたいに
衝動的な感情とはまた違う、
ふつふつとじんわりと心に染み入るような
愛おしさが湧き出てくるのを感じていた。


ちなみにサンジはあれ以来、
何か動揺したり私を避けたりなどと
態度が変わってしまう事はまるでなくて
まったくもって今まで通りだった。
少し安心する反面、面白くない気持ちもあった。


そんなある日、何事もない平和な晴れた日。
ダイニングのカウンターに座って、
サンジに淹れてもらった
コーヒーを飲みながら
今朝ロビンから貸してもらったばかりの本を読んでいた。
晴れた日の午後に
ダイニングの小さい窓から差し込む光を感じながら
サンジが洗い物をする時の食器の触れ合う音と
蛇口から流れる水の音をBGMにするのが
とても心地よいと、少し前に気づいたのだ。

ロビンが貸してくれたその本は、
とある繋がりのないはずの2人の男が主人公で
バラバラの場所でまったく違う出来事が起こっていて
それが交互に展開されていく物語だった。
おそらくこの2人の物語が
後から交差していくのだろうと思ったけれど
どう繋がっていくのかまったく先が読めなくて
私は集中して、そして慎重に読み進めていた。

その本に集中していた私は、
突然がちゃん、とダイニングに響いた
何かが割れたような音で
弾かれるように現実に引き戻された。


「うわっ!」


キッチンから聞き慣れない、
サンジの動揺するような声が聞こえて
私は慌てて椅子から立ち上がってキッチンの中を覗いた。


「…驚かせてすまねェ」


サンジがひどく申し訳なさそうな顔をして
こちらを見ていた。
おそらく音と状況から察するに、
食器を割ってしまったんだろう。
サンジが食器を割るところなんて
記憶にないからとても驚いた。


「サンジ…大丈夫?」


「おれは全然。邪魔しちゃったよね、ごめんね」


そう言ってへらっと力なげに笑ったサンジは
割れた食器を拾おうとしたのか、
その場にしゃがみ込んだ。


「あ!待って!」


私は大急ぎでカウンターから出て
サンジのいるキッチンの中へと回って
割れた食器を拾おうとするサンジの手を掴んだ。


「えっ…?」

「サンジの大事な手、怪我しちゃったら大変だよ。」


料理をする神聖な手を、怪我させてはいけないと
本当にその時、咄嗟に感じたのだ。

私はサンジの手をぎゅっと握りしめて
サンジの目を覗き込んだ。
するとサンジはみるみる瞳をまんまると見開いて
そして口を少しだけ開いたまま、固まった。

そのサンジの表情を見たとき、
身に覚えのある感情が私の体を駆け巡った。

紛れもなくこれは、あの大時化の時に感じた、
可愛くてたまらないサンジを見るときの気持ちだった。


「NAMEちゃん……お、おれ」


サンジは何かを言おうと口をぱくぱくと動かしていたけど
私は正直その言葉がまったく耳に入ってこなくて
ひたすらに、その動揺するような
サンジの様子に見入っていた。

そしてサンジの手を握りしめていた手を
ゆっくりと動かして
サンジの指、手のひら、手の甲の感触を堪能した。


「…サンジの手、あったかいね。
それに思ったよりも分厚い」


「…NAMEちゃん、」


サンジの目をまた見つめ直した。
さっきよりも細められたサンジの目は
まだ少し揺れていて
綺麗だな、と純粋に、そう思った。


そう、サンジは綺麗だった。

今までそうやって意識した事はなかったけれど
少し目つきの悪い三白眼の目だって、
それだけ見れば少し野生的で男らしいし
鼻筋もシュッと通っていて唇の形も整っている。
輪郭だって、顎もエラもしっかりとしているけれど
綺麗で繊細なラインを象っている。

私はサンジの手を握りしめたまま、
サンジの顔に見入っていた。

するとサンジは突然、
言葉にならないようなうめき声を出して
少しだけ暴れた後、
しゃがみ込んでいた自身の膝に顔を埋めた。
私に握られたままの手は、決して振り解かずに。


「さ、サンジ、どうしたの…!?」


私は突然のサンジの奇行に少し驚いて声をかけた。
サンジは、膝に埋めたままくぐもった声を出した。
後頭部や襟足までも可愛いと思った私は、
相当重症なんだと思う。


「NAMEちゃん…わざとやってる…?」


そう言ってサンジはほんの少しだけ顔を上げた。
ちら、とこちらの顔色を伺うように
下から覗き込む様子は
そっちこそわざとやってるのか?
と聞きたくなるほどに可愛かった。


「何のことかわかんないけど…
それはこっちのセリフだよ」


「なんだよそれ…」


私は素直に答えたというのに意味がわからなかったのか
サンジはまた顔を伏せた。
そのいつもとは少し違う、子供っぽい話し方がなんだか嬉しくて
私は自分の顔がにやけるのをこらえて唇を噛んだ。


「嫌だったら言って?やめるから」


「…嫌なわけねェ」


サンジが、嫌だなんていうわけがないのをわかっていた。
そのサンジの優しさに付け込んでいる自覚はあった。


「よかった」


ずるいと言われても仕方がないけれど
やめるつもりもなかった。
こんなに可愛くて、愛おしくて、温かいものを
手放すことなんてできなかった。


私はサンジから手を離して、床に落ちたままになっていた
食器の破片を拾い集めた。
サンジは食器にもこだわりがあるから
おそらく結構いい食器なんだろうなと思いながら拾う。
破片は細かく飛び散っていて
慎重にひろう必要があった。
やっぱりこれは、サンジにさせるわけにはいかないなと思った。


「でも、珍しいね、サンジが食器割るなんて。
体調、悪いわけじゃないよね?」


私に言われるがまま、落ちた食器には手を出さずに
キッチンの床に座って壁にもたれかかっているサンジは
「ああ」と思い出したように懐からタバコを出して火をつけた。



「…NAMEちゃんに見惚れてたんだよ。
一生懸命本を読んでる顔が、綺麗だなって」


「…!」


心臓が、自分でも驚くほどに飛び跳ねた。
今まで何度だってサンジから言われてきたその言葉に
恥ずかしいくらい反応してしまった私は
破片を拾う手の動きを止めてちらりとサンジの方へ視線を動かした。


私と目が合ったサンジはタバコを咥えたまま
にっこりと笑った。
その顔は、さっきまでの動揺していた可愛いサンジとは
別の男のようで私は自分の顔が熱くなるのを感じた。


「…そう?」


私はばれないように慎重に、でも素早く顔を動かして
破片の片付けを再開した。

どうやら、この可愛い男の反撃が開始されたようだった。







主人公からガンガンいく感じのを書きたくなって書いてみましたが
結局こうなるのね…て感じでした…

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