本の匂いは、結構好きだ。しょっちゅう来る訳じゃないけれど、今日はバイトもないし、返却する本があったから図書室に来てる。
 返却を済ませてから新しく入った本の棚を見ていたら、ずっと読みたかった本を見つて、パラパラめくった。少し読んで、良さそうなら借りよう。そう思って窓際の椅子に座ったのは随分前だ。


 あまりに続きが気になって、もう少しを何度も繰り返す。そんなことをしていたら外が暗くなってきて、時計を見ればなかなかの時間になっていた。読みかけの本を借りると、バッグを肩にかけて図書室を出る。

 部活に入っていないからか、何気に暗くなってきてから学校出るの初めてかも。そう考えながら靴を履き替えて外に出ると賑やかな声がした。

 適度に広がって歩く集団はバレー部だ。ジャージですぐにわかって思わず背伸びをして探してしまう。
 わかってはいるけど、バレー部って人数多いな。その中でメンバーに選ばれて、他にも色々招集がかかるんだから佐久早くんはやっぱりすごい人だと改めて思う。

「……みょうじさん?」

 ちょうどぼんやりしていた間に呼び掛けられて、返事もできずに見る。ちょうど探してたんだ、とはさすがに言えなくて佐久早くんが声をかけてくれたのが嬉しくて、下を向いて頬が緩むのを我慢した。

「どうしたの、遅いけど」
「図書室で本読んでたら暗くなってたんだ」
「……一緒に帰る?」
「帰りたい、けど……でも部活の人は?」
「ああ。もう行った」

 佐久早くんが視線を動かした方を見ると、後ろ髪引かれている先輩を含んだ部員達をにこにこ笑顔でぐいぐい押していく古森くんが大きく手を振っていて、私も古森くんが見えるように手を振る。古森くん、さすが。
 すごく嬉しい気持ちを堪えながら校門を出ると、さほど距離が開いていないせいか、バレー部の人たちからの視線が気になって思うように話せなくなる。

「こっちから帰るか」

 私が全然喋らないからか、佐久早くんが脇道を指差してそう言うと、私は頷いた。

「佐久早くんって、実は優しいよね」
「…みょうじさんにはね」

 こんなことをさらりとそれを言ってのけるけど、多分狙ってる訳じゃないと思う。それがわかるからこそ、私は動揺させられっぱなしだ。佐久早くんにはきっと勝てない、そう常々思ってる。

 少し進んでいくと、小さな公園が視界に入った。ブランコと砂場と滑り台、それと申し訳程度のベンチだけ。もちろん小さい子はいない。

「こういう時、公園に寄りたくなるよね」
「…なんないけど」
「私ブランコ乗りたい」
「乗っていーよ」

 お許しが出て、黄色いフェンスの中に入ると、バッグをリュックのように背負ってブランコに乗る。スカートがめくれるのが気になって上まで高くはいけないものの、ちょっと揺れただけでも十分楽しい。佐久早くんはサッと払ったブランコの回りのフェンスに軽く座って私と向かい合った。ゆらゆら揺れる私を静かに見て、何か考えるような表情で。この青春っぽい感じ、前にもあったかも。

「……みょうじさん、覚えてる?前に言ったこと」
「覚えてるよ」
「あれ、変わったから」

 あまりにも突然だった。恐らく、あの時の朝に言われたこと。
 予想される続きの会話がいつくか浮かぶ。悪い方よりも、良い方ばかり。この状況で意外と冷静な自分にびっくりしているものの、そんなのは一瞬で終わる。

「やっぱりみょうじさんは、彼女がいい」

 ブランコを止めようとした砂の音にかきけされた私の驚きの声は、暗がりに消えた。
 好き。幾度となく思っては引っ込んだ言葉がしっかり私の目の前にある。答えは迷わず、簡単に口から出た。

「私も、佐久早くんの彼女がいい」
「……あー」
「なに」
「今こっち見ないでくれる。みょうじさんのこと触りそうになるから」

 いいのに。そんなの。言われたら、嬉しいに決まってるのに。佐久早くんがそう言ってくれるなら、いつだって。言うことなんて全く聞かず、佐久早くんをじっと見たら、目をそらされて思わず笑い、ブランコから立ち上がる。

「佐久早くんはさ、私が手繋ぎたいって言ったら、繋いでくれる?」
「……多分、普通に繋ぐ」
「嫌じゃない?」
「当たり前じゃん」

 外が暗いおかげで、私の顔がよく見えなくてよかった。公園の時計の針は思ったよりも進んでいる。帰らないとね、と佐久早くんを言うと、バッグを背負い直して佐久早くんの後に公園を出た。思ったよりも街灯の明かりが弱い。

「この道結構暗いね」
「うん」
「あー暗いね、佐久早くん」

 佐久早くんを後ろから見上げたまま、わざとらしくそう言う。暗いのは、事実だもんね。
 少しの沈黙が起き、振り返って私を見た佐久早くんは、いつか見た表情をしていた。

「みょうじさん、絶対怖がってないだろ」
「あー、怖いなー」

 もうむしろ笑顔でそう言ってるのだからバレバレ。ちょっと今テンションがおかしい。視線を下ろすと、手のひらが心なしかこっちを向いていて、佐久早くんの顔を見たら何か待っているように見える。気のせいではないと、そう思うことにした。

 恐る恐る人差し指で佐久早くんの指先を触ると、小さくビクッとする。無理してくれてるのかもしれない。不安になって手を引っ込めようとしたら、佐久早くんの指先に捕まって、あっという間に大きな手におさまった。

「電車、混んでるかな」
「だろうね」
「途中まで一緒だね」
「ああ」

 大通りに出たらこの手を離すのかもしれない。
次に手を繋ぐのはまた先かもしれない。

 答えの出ない疑問のようなものを頭の片隅に残しながら、何気ない会話は過ぎていく。心地良い時間も、いつかは一旦終わりが来る。
 明日は絶対に早く家を出て、教室で話すんだ。ふたりで。

 あの明るい大通りに出るまでは、静かに暗がりの道に溶けていよう。