改札の向こう。壁際に立つ佐久早くんが見えて、埋もれぎみになりながら改札を通った。当たり前だけど、ジャージでも制服でもなく私服って特別感がすごい。今日はお互いカジュアルだけど、普段は違うのかな。
まっすぐ佐久早くんの方に向かいながら、気づかれない間に前にしていたリュックを背負おうと思ったのに、下ろしている途中で見つかってしまった。
「……なにその飛び出てるやつ」
「バドミントン」
口にしていないといえ、これは紛れもなく初デート。他の中身は時が来たら披露するとして、こんな大荷物になったのは訳がある。
日程を決めたはいいけれど、場所はどこがいいんだろう。
遊園地?動物園?ショッピング?
ド定番の案は色々浮かんだものの、どれもなんだか佐久早くんと一緒にと思うとマスク姿でつまんなそうな顔が想像出来てしまう。反応は予想できないけど、家はまだ候補外として。
誘ってくれたはいいが、自分に決定権があると思っていないのかなんだっていいのか、佐久早くんは案を出してはこなかった。
リラックスできて、人との距離が取れて、空気がきれいな……あ!公園がいいかも。ちょっと電車乗るけど、あの大きい公園にしよう。
案を出せば、問題なく佐久早くんは首を縦に振ってくれて。
そんな訳で、この中身の詰まったリュックを持ってるのだ。
つまり、今日はピクニックデート。
途中のコンビニでお昼ごはんを買って公園に向かって歩き出すと、急にリュックが軽くなる。なんだなんだと振り帰ると、佐久早くんがリュックの持ち手を掴んで浮かせていた。
「……なんだ」
「思ったより軽いでしょ」
なんだの返事として正しかったのかはわからないが、とりあえず否定されなかったから良しとしよう。大したことない重みを肩に感じながら思う。持ってくれようとしたのかな。
駅と公園は目と鼻の先。桜の木が沢山植わっていて、春はお花見客で賑わっているけど、半袖に変わってきた最近はすっかりそれも落ち着いている。
「どの辺がいい?」
「あっち」
家から持ってきた長方形で大きめのレジャーシートは、いつ買ったかも忘れてしまったけど、見つけたとき開封防止のシールが綺麗に残ったままだった。未使用なら、佐久早くんと使うにはちょうどよかった。
荷物を置き、履いている白スニーカーの靴紐をぎゅっと縛ってバドミントンのラケットを出して佐久早くんに渡す。
「スマッシュ禁止だからね」
「……子供かよ」
刺はあれど、特に気にはならない。佐久早くんがどんな人かを結構理解してきているからかも。表情を見ても、そう悪くはなさそうに思える。
返事はしなかったものの、普通に笑いながら距離を取って、シャトルを下から打った。山なりにシャトルが行ったり来たり。順調に続く平和なラリーは、ものすごくピクニックっぽいし、ものすごく楽しい。ていうか、バドミントンも上手いって佐久早くん多才すぎる。
一頻り満足した頃、ようやくレジャーシートに座り、コンビニで買ったサンドイッチを一口。もぐもぐしながら隣を見れば佐久早くんがいる。佐久早くんはおにぎりを静かにもぐもぐ。さっきまで付けていたマスクはポケットの中かな。
定番の手作り弁当イベントは、勿論なし。それを彼に持ちかけるのは勇者だ。もちろん言い出さなかったけど、これはこれで何の気も使わなくて楽ちんかもしれない。そして、今のリラックスタイムなら言えるような気がする。
「臣くん、おにぎり何個目?」
「3個目。………え?」
最後の一口のサンドイッチを食べ終わると、隣に置いていたウェットティッシュで手を拭き、ペットボトルのレモンティーを一口の含んで彼を見る。完全に顔をこちらに向け、私の目を大きくなった黒目で見ていた。
「難しいね。呼び方変えるの。お、臣くんなら私のこと何て呼ぶ?」
まだ臣くんと呼ぶには反復練習が必要だと思いながら、絶対に無駄なのに、口を結んで顔に出そうな気持ちを抑える。おにぎりを食べ終わり、マイウェットティッシュでよく手を拭いた臣くんは、少し考えて言う。
「……なまえちゃんとか」
ちゃん……ちゃん?呼び捨てじゃないんだ。どうやら臣くんの中ではしっくり来たらしい呼び方はちょっと意外なものだった。これからそう呼んでくれるのか、一時的なものかはお互い模索している感じがもどかしくて恥ずかしい。
出たゴミを袋にいれてリュックにしまっていると、地元の駅で立ち寄った本屋さんの袋が見えて取り出す。色つきの袋の中身は月バリ。正直いうと、初めて手に取ったんだけど。テープをはがして雑誌を出すと、臣くんが「あ」と気付いたように言った。
「さっき本屋さんで見つけたんだ。この前古森くんが、今月号に臣くんが載ってるよって教えてくれたから」
「わざわざ買うほど載ってねーし」
「……臣くんも一緒に見る?」
「いい」
「じゃあしゃぼん玉する?」
「しない」
「私、寝っ転がっていい?」
「いいけど」
よく考えれば、臣くんは全部返事してくれるあたり結構律儀な気もする。公園内の歩道から離れた絶好の日陰は周りにほとんど人がいなくて、別の日陰では気持ち良さそうにお昼寝してるカップルもいたりして。
臣くんの後ろの空間に移動して、雑誌をレジャーシートの上に置き、うつ伏せになってページをめくる。大きな背中をこっそり見上げれば、ウェーブした髪は手を伸ばしても届かないところ。何ページか進むと、隣にいる彼が雑誌の中にいた。
「ほんとに載ってる!」
全国三大エース特集!という大きな文字を見ると、私すごい人と付き合ってるのでは……と何度か思ったことをまた思う。
「あ。若利くん」
「わかとしくん?」
降ってきた声に反応すると、臣くんは雑誌を指差した。牛島若利さん?知り合いなのかな。わざわざ臣くんが反応するくらいだ、多分気に留める存在ってことだと思う。
「強そうな人だね」
「強いよ、若利くんは」
「そうなんだ」
バレーボールを全然知らない私は、安易に何かを言うことはできなかった。この、牛島さんを若利くんと言う臣くんの表情を見て、私のことをなまえちゃんと呼ぼうとしてくれる臣くんの心情を推測したら、なんだかもっと特別な感じがした。
天気のせいか、そうでないのかはわからないけど、なんだかぽかぽかして、臣くんを見たら目が合う。最近よく触れられる髪に手がのびてきて、前髪をそっと分けられた。
「なまえちゃんさぁ。それ、もう終わりにして」
照れる。照れすぎる。なに今の表情。ちょっとふわふわした顔しなかった?
不自然じゃないように顔を背けて、三大エース特集のページが終わった雑誌を一旦閉じて起き上がると、本屋さんの袋に戻してリュックにしまった。
持ってきていたしゃぼん玉をついでに出し、キャップを開ける。もう一度やるかは聞かず、液を付けてストローに息を入れれば、ふわふわとしゃぼん玉が飛ぶ。青空を背景に弾けて消えたのを見届けた。
「私、シャボン玉やるの小学生ぶりかも」
「……じゃあなんで家にあんの」
「この間スーパーに売ってて、今日やりたくなって買ったの」
「ふーん」
「やる?」
「やらない」
「あはは」
それでも、今日の臣くんはいつもよりも少し柔らかい。キャップを閉じ、他に何かないかとリュックを開けると、まだもうひとつ。
「フリスビーもあるよ」
「……やっぱ犬っぽいんだな」
「誰が?」
「なまえちゃん」
嬉しいような、嬉しくないような。ああ、でも。
前に聞いた言葉を思い出して、やっぱり嬉しいかもなんて思って、見えない尻尾が勝手に揺れているような気がした。