「ギャー!!!」

 まただ。慌てて臣くんの後ろについて準備する。振り返って私の表情を確認して頭に手を乗せた。出口から女の子二人組が出てきてすぐ、古森くんが入り口を開ける。
 扉がしまって、右手を臣くんの右手と繋いで、左手を臣くんのブレザーの裾を掴む。後でしわがついて嫌な顔をされても苦情は絶対受け付けてあげない。

 何歩か歩いてピタッと足を止めた臣くんは明らかに何か出てきそうな良くできた井戸を凝視した。おばけの出待ちするなんて聞いたことないんだけど。
 つられて井戸を見ていると、おばけもタイミングを逃したらしくいまいちなタイミングで勢いよく飛び出した。一瞬ビクッとなったものの、待っていたせいですっかり怖い気持ちがそのへんにお出かけしていた。

「怖い?」
「さっきよりは平気……怖いけど」

 また少し歩くとヒラヒラするカーテンからお化けが出てくるのがなんとなくわかり、だんだん怖くなくなってくる。私がおばけの役だったら臣くんみたいなお客さんがきたらやりづらくて仕方ないと思う。

「あれもう出口かな?」
「だな」
「私結構平気かも。お化け屋敷」

 あの前評判はなんだったのか。ブレザーの裾をくしゃくしゃにする左手を離すと、ちょっと余裕ぶって歩く。その時だった。カーテンが擦れる音がして、振り返る。

『ワァァアアァ』
『まてぇ〜〜』
『ウォー!!!』

 ゾンビが三匹、ものすごいスピードで追いかけてきて、心臓がびくんと跳ね上がった。

「ギャー!!!」

 臣くんをグイグイ押して前に行かせると、どうにかゾンビから逃げ切って臣くんが開けた出口を出た。心臓がバクバクする中、古森くんの声がして、それからふと気付く。大きな背中に顔を埋めてぎゅーっと抱きついていたことに。引っ込みがつかなくなる前に離れると、臣くんが振り返ってちょっとだけ笑ったように見えた。

「みょうじ、怖かった?」
「古森くんの嘘つき!後ろからきたよ!?」
「前半はどうだった?」
「前半は……怖くなかったけど」
「だろ〜?お化けに言って気配出したり優しめにしてもらったから」

 だったら全部優しめにしてよなんて言いたいけれど、不毛な言い争いな気がして口を閉じた。

「……休憩しよ」
「ああ」
「じゃあまたなー」

 もう来ないよ!なんて心の中で憎まれ口を叩き、引っ込めた。臣くんが携帯を出したのを見て時間を聞くと、あと30分ほど休憩時間が残っている。
 氷でキンキンに冷えたジュースを買い、開放している屋上に向かった。思いの外人がいない。こんなときしか入れないというのに、出店にみんな夢中らしい。コンクリートの段差に座ると、ペットボトルの蓋を開けて一口ジュースを飲んだ。

「そういえば臣くん」
「……なに?」
「古森くんにこそこそ、なんて言われたの?」
「なまえちゃんには内緒」
「……まぁいっか」

 臣くんが内緒というくらいだ、多分教えてくれることはないんだと思う。マスクの片方の紐を外し、開けたばかりのペットボトルに口をつけた臣くんをふと見ると、喉仏がゆっくりと動く。大人みたいに送られる視線も加われば、色気以外の何者でもない。

「なんなの」
「…なんでもないです」

 臣くんの黒目に自分が映り、一瞬静かになる。耳にかかったまま、ぶらぶらしていたマスクを邪魔そうに外して、混じりあっていた視線を私の唇に移した。
 今はちょうど人がいなくて、ちょうどそんな雰囲気で。どうしたらいいのかちょっとだけ混乱して。冷たいペットボトルを握りしめて目を瞑る。
 恥ずかしい気持ちが膨らんでいくのに柔らかいものが触れることはなく、倍々にふくれる羞恥心を丸出しにして目を開けると、あと少しの所に臣くんの顔があった。

「……し、しないの?」
「…するけど」

 至近距離で言葉を交わしてすぐ、唇が触れ合った。ほんの数秒。たった数秒。さっきまでの距離に戻ってから手に持っていたマスクをつけて、じーっと私の顔を観察するように言う。

「いや、あの顔は反則でしょ」
「……ちょっと待って。ずっと見てたの?」
「…そうだけど」

 悪びれもなくそう言った臣くんになにか言い返したくても内容が内容なだけに言い返す言葉が見当たらない。逃げるように携帯を出して時間を見ると、もう交代の時間が迫っていた。すっぽかすところだったと慌てて臣くんに視線を戻すと、また悪びれもなく留目を打った。

「かわいいから見てただけだし」